二十二節 王都襲来4
Side 秋里 綾人
まるで肉の塊のような『魔獣』の大きな触手から繰り出された一撃は、俺も光も吹き飛ばされた。
清澄が結界魔法で俺たち2人を守り、そして同時並行で治癒魔法を展開した。
流石の器用さだが、清澄に治癒魔法はあまり使わせたくはない。
できるなら、俺たちの補助に魔力を回してほしい、なんて思った瞬間には、清澄は魔力回復ポーションを飲んだ。
「何本目だ?」
「四本です」
「ちっ、触手を減らしても核が全く見えて来ねぇ」
四本、清澄が飲める回復ポーションの限界値が来たのだと、嫌な意味で冷や汗が流れる。
騎士団所属の人間ですら、ポーションは二本飲んだところで酩酊する。
清澄は魔力が多い方だが、その清澄ですら危険なレベルの回復ポーションの飲み方だ。
これ以上飲んだ場合、清澄の魔力回路が焼ききれる可能性だってある。
そうなれば、清澄は二度と魔法を使えなくなる。
俺と清澄の会話を聞きながら、光がジッと前を見ていた。
「お二人は『蝕毒』を『魔獣』と判断しておりますか?」
光の言葉に「ああ」と小さく答え、清澄もまた「ええ」と小さく答える。
『魔物』と『魔獣』の違いは思考を持つかどうか……。
あの『魔獣』は思考があり、そして学習している。
現に俺と光の攻撃パターンを邪魔するために触手の薙ぎ方が変わるし、もっと厄介なのは……。
『ぎょああああああああ!!』
「ちっ、やっぱりこの咆哮。」
「ええ、間違いなく魔力の制御を狂わせています」
「ああ……さっきもこの咆哮の揺らぎで、火力の狙いをずらされている。」
先程から感じていた。『蝕毒』が吠えるたびに、俺の『業火』が当たる場所が微妙にずれる。
僅かな修正を清澄が結界魔法でする度に清澄の魔力は擦り減っていく。
それと同時に、光の足場を少なくしている。
「あと大きくなっていますよね?」
光の言葉に俺も、清澄も頷く。
「多分ですが、死体も取り込めば大きくなるのでしょう……。先ほどまで足元に合ったご遺体が。」
清澄の何とも言えない言葉に、確かに先ほどまであの『蝕毒』の足元近くに合った遺体が消えている。
「取り込むものは生きていなくてもいいってことですね」
光もまた、嫌そうな顔でそう言った。
「長引けば、長引くだけ厄介だ」
そう言いつつも、あの肉の壁を打ち抜ける手段が思いつかない。
ただ、清澄の視線が光に向いていた。
そして光は、自分の持つ剣をじっと見ていた。
「何か、考えがありますか?」
清澄の声に、光はハッとしたようだった。
「あの肉の壁から核までを剥き出しに出来るかも、しれません」
悩んだように光が言った言葉に俺たちはギョッとしつつ、彼女を見た。
「ただ、この剣が持つかどうか……。ぱっと見ではいい剣だと思うのですが、どの程度の耐久があるか。私の『刀』なら間違いなく出来ると言い切れるのですが」
そう言いながら手に持つ剣をじっと見ていた。
……いい剣っていうか、それ名剣だ。
「その剣は我が家の家宝の剣の一つです」
苦笑いでその剣……昌澄が帯刀していた剣を指さす清澄。
「……え゛っ!?」
驚きながら持っていた剣をまじまじと見る光。
「ついでに言うなら、その剣は名工が打った最高峰の剣だ。魔力を乗せることが出来る我が国で5本しかない剣の一本」
俺が補足するように言えば、光が何とも言えない声で「どうりで使いやすいわけです」と納得した顔をしていた。
「だとしたら、突破口はありますね」
そう言いながら光が昌澄の剣に掌をかざした。
「先ほどお見せしました『一条の血統魔法』……『闇』の魔法です」
そう言いながら剣に魔力を乗せて、掌から浮かび上がった黒の魔法陣。掌を剣の先までかざすようにスライドさせていけば、その剣の刀身が、真っ黒く染まっていく。
「『闇』は全てを灰に返します。消滅の魔法。ですが、私は魔力量が多くない方なので、『刀』を媒体にこの能力を使います」
そう言いながらも昌澄の剣に、その魔法がゆっくりと馴染んでいくのが見えた。
「これで『蝕毒』の肉の壁を突破させます。しかし、核は壊せない。」
そこで光が俺を見た。その目に宿る強さに、思わず口端を釣り上げた。
「核は剥き出しにするから俺に焼けってことだな?」
「ええ、その通りです」
「あと、」
次に清澄の顔を見た光。清澄も言いたいことは分かったようで笑った。
「ええ、その剣を安定させたままとなると、触手の攻撃を避けられない。一本道の結界を作ればよろしいですね?」
「そうです」
やることは決まった。
三者三様に前を見る。
清澄の魔力が一気に高まるのを感じた。
ほぼ同時に、『蝕毒』の触手が動き出した。
「走りなさい!」
清澄の声に俺と光は一直線に走り出す。
振り下ろされる触手が地面に叩きつける寸前に清澄の結界魔法が防ぎ、
俺たちに『道』を作る。
身体強化と剣への魔力付与。その状態の光が、一直線に『蝕毒』に突っ込んだ。
飛び上がって脳天。そこに黒く染まった剣を突き刺す。
『ぎょああああああああ!!』
魔力の籠った咆哮。
それに伴う波動。
それらに耐えるように上に飛んだ。
――波動は、『蝕毒』よりも高ければ受けない!
逆に『蝕毒』の脳天で波動に耐えながら剣を突き刺す光の、魔力が大幅に高まる。
「はああああああ!」
黒い靄のような、まがまがしい魔力が、稲妻のように光の突き刺す剣から漏れ出てくる。
そして稲妻が竜巻のように剣を軸に、肉の壁を削り取っていく。
台風のように中心から黒の竜巻が、下に、下にと、赤い血と肉をまき散らしながら下がっていく。
ただ、黒に触れた血肉は、灰のようにさらさらと消えていく。
「ははっ、味方でも怖ぇ……あれが俺に効かなくて良かった」
その瞬間に見えたのは赤く、煌めく、宝石のような珠。
――核だ!
「『燃えろ!』」
俺の放った魔法が、光の作った黒の竜巻の中を通り、核を包み込む。
業火の温度は急激に上がり、核の周りの血肉が炎に溶ける。
ビシビシっと核に亀裂が見える。
――が、火力が足りない!
「ちっ、とっととくたばれ!」
『ぎょああああああああ!があああああああ!』
まるでもがき苦しむかのように『蝕毒』が奇声を上げ続ける。
俺も、光も、魔法を止めることはない。
「届いてっ!」
グッと奥歯を噛み締めるような光の声。
魔力が急激にすり減っているのを感じた。
燃費が悪いって言っていたが、そんなレベルでないほど、一気に削れる魔力。
そう言いつつも、俺の魔力も底を突く寸前。
どうする?
このまま焼ききれるか?
――だが、今を逃せば光も、俺も、ガス欠。
つまりは、コレが、最初で最後のチャンス。
そう言いつつ見た核には亀裂がいくつも入っている。
が、まだ丸い形を保っている!!
「綾人!退きなさい!」
響いた声に思わず上を見た。
清澄の魔力が、頭上に巨大な青の魔法陣を描き出していた。
一つじゃない。
いくつも描き出された青の魔法陣は何重にも重なっている。
ああ、なるほど。
熱したものを急激に冷やす。
そう言う事か。
俺は業火の魔法を止める。
気が付いた光も龍の如く走ってきた水魔法が通る寸前に、闇魔法を止めた。
ザバーーッと水が通る音。
パキッと、割れる音が響いた。
ド――――ンっと派手な爆発音が響いた。
水蒸気爆発。
その言葉が頭に浮かんだとほぼ同時に、熱風、突風、真っ白い爆風が体を覆ってくる。
肌を刺すような熱風と、耳鳴りだけがしばらく残った。
一瞬にして過ぎ去った爆風は、多くの瓦礫も吹き飛ばしたらしい。
瓦礫に混ざって粉々に吹き飛ぶ赤い欠片。
核、粉々だな。なんて思わず笑う。
さっきまでうるさいほど鳴り響いていた咆哮も、もう聞こえない。
いつもはそんなに高く見えない時計塔が、周りが更地になった所為か、妙に高く見える。
どうやらあの『蝕毒』の残骸はあっちこっちに吹き飛んだが、昆明の結界魔法でせき止められている。
片付け大変そうだな。
それにしてもめっちゃ、いい天気じゃねぇか。
綺麗なまでの快晴の青空。
それを見ながら思わず笑う。
動けねぇ。
それに気づいてか、清澄が俺に魔法を展開しようとした。
「俺は問題ねえ!光の方を!」
ふり絞るような声でそう言えば、俺と清澄の視線の先で、剣を握ったまま、まるで糸の切れた操り人形のように動けなくなっている彼女の姿が映る。
ありゃ、気を失っているな。
そんな限界まであの魔法を行使し続けた従妹殿に、少しだけ、もう一人の従妹であり、彼女の実の妹……香の姿を重ねた。
清澄がそちらに魔法を展開しようとして、魔力不足に気が付いたようだ。
ま、俺は男だ。落ちたところで傷が出来るぐらいだ。
なんて笑いながら、重力に逆らわず下に落ちていく。
視線の先では転移魔法で光を受け止めた清澄が見えた。
久々に、こんな無茶したな。でも、悪くねえな。
なんて思いながら出来るだけ、力を抜いた。
ただ、その瞬間、急に浮遊感が収まった。
「ぶ、無事ですか、綾人さん!?」
……なんで、ここで、
昌澄に姫様抱っこされないとならないんだ。
なんて思いながら、昌澄の転移魔法と、昆明の結界魔法に俺は助けられたのだと理解した。




