十四節 赤き台風、襲来
『一条光を偉い人の目の前連れて来いや!』って招集状が届きまして、兄上と光さんがチェスしながら言葉でボディーブロー食らわせ合っていたのが昨日の話です……。
兄上、ちゃんと綺麗に補修された冬の国の軍服を光さんに渡していました。
で、招集状が届いた翌日。私たちは王城へ来ました。
ええ、兄上と、光さん、そして千歳さんと共に、です。
真っ白なマントを翻しながら歩く兄を先頭に、私と千歳さんが光さんを左右から挟むように歩く。真っ白な我が国の軍服の中に、正反対の漆黒の軍服は目立たざるをえない。
ただ、この人が本当に『姫』であるというのは認めざるを得ない。
周りから降り注がれる好奇の視線、憎悪の視線。
そんなものを気にもせず、にこやかな笑い顔を作ったまま、彼女は歩いている。
手首に嵌められる白石の腕輪が見えていても、堂々としたそのたたずまいに畏怖すら感じてしまいますね。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていたら、兄が前方から歩いてくる人物に気づき、あの貼り付けたような笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ~、朝比奈団長。昌澄副団長と第一騎士団の瞬木三席、そうそうたる面々で周りも萎縮しちゃっているじゃない?」
そのどちらともとれない声が響けば、兄から紫色の不満の色が浮かび上がった。兄にとっては不得意な……どちらかといえば苦手ですね。
真っ赤に燃え盛る赤い髪と、赤茶色の瞳を持たれる麗人。
……私と兄が大きいにしたって、我々と大差ないほどの背丈のその人。
「貴方が迎えに来るとは思いませんでしたね」
呆れたような兄上の声に思わず肩がすくんだ。
兄は呆れたようにそう言いつつも右手を心臓に当て、頭を下げる。兄がそうするなら、私も、千歳さんも同じ対応をしなければならない。
『臣下の礼』と呼ばれる中でこういった廊下や、部屋で会ってしまった時の行われる簡易礼だ。
「で、そちらが『我が従妹』殿になるわけなのね。へえ、『香』とは全く系統の違う『姫君』なのね?」
ニッと笑うその人。本当に何度見ても、性別不明だし、いたずらっ子のようだし、怖いし。
でも、その人が浮かべる色は兄よりも濃い、寧ろ黒……。光さんに疑念……いや、憎みに近い感情を持つように絡みついていた。
「『イトコ』殿ということは、貴方様も『秋里』のご関係者ですか?」
頭を下げることなく、委縮した様子もなく、はっきりと問う光さん。ちらりと視線を横に向けてみれば、光さんは緑色を浮かべていた。
「何故そう思う?」
「こちらの国では『秋里』以外の親族は想像がつきませんので」
「なるほど。間違いではない」
「……しかし、貴方様は朝比奈卿たちが頭を下げねばならない存在。春の国の五家が、私の国の五家と同じシステムならば、貴方様はそれ以外の存在。たしか、春の国には『王女様』は一人だったはず。」
光さんの言葉に、隣で頭を下げていた千歳さんが息を呑んだ。
「ふふっ……あははは!」
その瞬間に響いたのは割れんばかりの笑い声。
「三人とも、楽に。」
ケラケラと笑いながらその人……王女殿下は我々の頭を上げさせた。
「いや、いいね~。綾人から聞いていた通り、非常に頭がキレる」
そう言いながら王女殿下の色が変わった。オレンジ色……好奇、歓喜、そう言った気持ちを表す色。ただ、少しだけ赤寄りなそのオレンジ色は少しばかり、怒りか……いや、簡単に身分を看破されたことが悔しいのかもしれない。
「お誉めに預かり光栄です」
そう言った光さんが取った礼は右手に拳を作り、頭を下げる啓礼。目上の人の高貴な人間にする。
そう、他国の王族への挨拶としては最敬礼となる。
「楽に。」
王女殿下は楽しそうに光さんの頭を上げさせて、そしてジッと光さんを見る。完全なる好奇の視線。兄も確認するようにその色を見て、呆れたようだった。
「参考までに教えてくれ。どこをどう見て私を『王女』と見破った?」
「ふふ、高貴な出で立ちはお隠しになれませんよ」
ニコリと笑ったままの光さん。しかし王女殿下はまるで戦場のような好戦的な顔で近づいて来た。
「そういう誤魔化しは要らないわ。こう言っては何だけれども、私は『王女』と看破されることはまずない。初見ならなおさらだ」
うん、その通りなんですよね。マジで、この方、男か女か分かりません。背丈も178㎝と女性としてはかなり高身長ですし、男性でも高い方です。喋り方はどちらともとれるし、何よりも胸が……ええ、千歳さんよりも……えっと、あの、何でもございません。
まだ、士官学校時代の話ですが、あまり堂々とされたので、湖で水浴びされた王女殿下を見た皆さまは男が水浴びしていると勘違いなさったお話とか、いえ、何でもございません。
ついでに剣術も魔術も万能型で、王家には四人のお子様が居られるのですが、
その第三子であらせられるこの王女殿下は、王族の軍の中でも『最強』とまで呼ばれる女傑です
……まあ上の2人の兄君たちは武力よりも政治にお強い御二方なので、ある意味バランスは良いのでしょう。兄弟仲も非常によろしいらしいので……。
ジー――っと王女殿下に見つめられた光さんは「はー」と諦めたように溜息をつかれました。
「……『普段ドレスを着ることのある軍人』は歩くときにどうしてもハイヒールで歩く癖が付いております。ブーツにヒールを付けても、その癖は見えてしまいます」
諦めたような光さんの言葉に『えっ、そうなの?』みたいな視線を千歳さんが向けてきましたが、思わず首を左右に振りました。まず、私はドレスを着ないので、そんな癖は分かりません!?
「ほう」
感心したように王女殿下が感嘆の声を上げる。
「軍人で、ドレスを着るような地位に居られるのは、大抵が『皇族』……こちらでは『王族』ですか、それと『五家』クラスの姫君。こちらに来てから聞いた話によりますと、『五家』の『姫君』は我が妹、香のみ、と。なれば、必然的に、もう1人は『王女殿下』であると判断しました。以上です」
え、この少ない情報で、それ分るものですか?と思いつつチラッと兄を見た。
ああ、兄上。なんですか、そのしてやったり!みたいな……王女殿下を出し抜けて嬉しかったのですね。
王女殿下、そんなに驚かないでください。光さんは規格外な方みたいなので。……何せ、我が母から白石の腕輪をしたままで一本取るような方ですから。
えっと、千歳さん、戻ってきてください。口から魂抜けて『私の護衛いります?』みたいな顔になっていますが、戻ってください。光さんは魔法を使えませんので、多分必要です、多分!
「いいね。じゃあ、自己紹介しておくよ。私は春の国の国王の第三子であり、第一王女、|天翔宮 朱子という。君の母上と私の母……つまり王妃なわけだが、王妃と君の母は姉妹。まあ、我らは従姉妹という訳さ!よろしく」
ニヤッと笑う王女殿下にげんなりとした顔になった光さん。
ええ、分かりますよ。
『え、コレが親戚?』
と、かつての綾人さんや、香さんがしたようなげんなりした顔を光さんもしておりました。
ええ、そうですね。こんな破天荒な王女が親戚とか疲れますよね。
でもですね、その王女を姉に持った末の王子は元大変ですよ。なんて、士官学校時代の同室の彼を思い出すのだった。




