十四節 花は咲く
ええ、どうしてこうなったのでしょうね?
現在、手元に来ている手紙を見て、盛大な溜息を吐きました。
『確かに春の国でも魔獣に『黒い影』が混ざり、狂暴化する事件は多発している。
ついでに言えば冬の国の国境近くに多い。
父上が内密に国王陛下にコンタクトを取ってくれた。
期間は三か月。
昌澄は冬の国の国境近くで『狂暴化』についての調査をしていることになっている。香さんも同様に。
どうか無茶はしないように。』
兄上からの手紙をニッコリと紅の引かれた口を歪ませて渡してきた百合子さん。
まず、どうやって手紙を届けて、どうやって手紙を受け取ったのでしょうか?
ついでに言えば、手紙は間違いなく兄上の字ですし、兄上は私の魔力に反応するようにこの手紙を書いたようです。
私が魔力を通すことで、この白紙に、文字が浮かんだのでした。
そしてもう一つ。
こちらは私の魔力では文字が浮かびません。
「ああ、そちらは一条様……と、『お嬢様』にだそうですわ」
ニコッと笑う百合子さんは非常に楽しそうでした。
その白紙を見ながらも、私は重たくなっているような腰を上げました。
「光さんに渡せばいいのですね?」
「ええ、出来れば魔力の通し方も見せて差し上げて欲しいそうですわ。ラブレターですって」
ふふっと笑いながら百合子さんは白紙を手渡してきました。
一瞬、彼女の顔色が悪いような気がします。
思わず手首をパシと掴めば、彼女の体の中の魔力が、極端に少ないことに気づきました。
「……兄上の所には転移魔法を使ったのですね?」
私の言葉に百合子さんは笑うだけです。
彼女は血統魔法で『転移魔法』をお持ちです。
私や、普通の魔法士が使う転移魔法よりも遥かに遠く、遥かに多く人を運ぶことが出来ます。
それこそ、一年前になった喜哉から王都への非戦闘員の避難。
第二騎士団の大半が連携して行った転移ゲート設置から運用を、彼女が1人いれば出来るほどの能力。
流石に冬の国の帝都から、春の国の王都までの距離は普通の魔法士には転移できない。
ましてやその間には国境もある。
「無理をしましたね、魔力がすっからかんですよ」
私が事実を言いますが、彼女は笑顔を崩さない。
「無茶は、しないでください」
「あら、貴方より無茶する方を私は知りませんわ」
ニコリと笑ったままの彼女に「休んでおいてください」と言いました。
一瞬、私の彩眼で見えた魔力の鎖が、彼女の喉を締め付ける。
「了解しましたわ」
奴隷魔法。
知っていても、可視化すると気持ちの良いものではありません。
ですが、彼女は「ありがとうございます」と小さく答え、秋空のような青を浮かべます。
哀愁のような、そんな青が私に絡むのが、よく分からなくなります。
寝転んだ彼女の顔色が悪いのも、黄色と黒で彩られる鎖が彼女の細い首を絞めつけるのも、見ないことにした。
私が指摘すれば、彼女は不調すら隠しきると直感していた。
見ないことにしたことで、彼女は素直に休むことにしたようだ。
「はあ」
思わずため息が漏れてしまった。
そのまま、思いっきり構造を覚えてしまった一条家の屋敷内を歩く。
ふと、大判の鏡に映る姿に足を止めました。
黒い軍服。
金色の髪。
そして彩眼。
認めたくありませんが、母親そっくりな出で立ちで、またため息を吐いてしまいました。
「ああ、僕ってなんてイケメン!」
急に、気配がしない聞き馴染始めた声が隣から響きました。
「何言っているんですか、陸さん」
「いや~、昌澄がそんな感じの顔で鏡見ているからさ~」
ニヤッと笑う黒髪に、緑の目を持つ彼。
キラッと光る、黄昏過ぎた夜空の如き魔石に目が行きます。
「イケメンではなく、母親そっくりだな、と思っただけです」
「え、昌澄って母親似なの?」
「ええ……あんまり思ったことがありませんでしたが、髪の色が変わると、似ているものだな、と思いまして」
「へえ。僕は父親に瓜二つらしいけどね」
そう言いながら陸さんがニヤッと笑いました。
「で、どうしてこんなところに?」
「ああ、ウチの兄上から、光さんにお手紙です」
そう言って白紙を見せれば、彼は怪訝な顔になりました。
ええ、どう見ても白紙ですもんね。
まあ、見られて困るものでもなかったので、私は自分宛ての白紙に魔力を通します。
そこで浮かび上がってきた文字に、彼は驚き、目を丸くしておりました。
「なにこれ!?」
「兄上は魔力コントロールに優れた方なので、得意なのですよ」
「いやいや、これヤバすぎでしょ!?めちゃくちゃ簡単に言っているけど、こんな紙に魔力をペンのように出力って、変態!?」
「ウチの兄弟は皆出来ますが?」
ついでに父も、と言いそうになったところで、陸さんが不審者を見る目で私を見てきました。
「まず、紙に魔力で手紙。しかも相手を限定できるって、考えた人間、どんな変態だよ」
……凄い言われようですが、考えた変態は口を噤むことにしました。
ええ、変態ではありません。断じて変態ではございません。
私は健全な成人男性です。
「しかし、これ天才的な魔力コントロールできないと無理だね。お嬢なら出来るかもしれないけど」
ひょいっと私の手の手紙を取った陸さん。
同時に手紙はただの白紙に戻ります。
「満様に見せたら狂喜乱舞しそうだな……鷹司のお二人も、か」
呟くように言われた言葉に少し違和感がありました。
『鷹司のお二人』。
パッと聞いて『鷹司』というと澪さん。
ですが、澪さんは紙に書こうとして、紙を破壊する未来しか見えないのですが?
「ああ、昌澄は面識ないもんな~。鷹司 義貞様と、友貞様。澪様の兄と弟君。あと二週間は帰ってこないから安心して」
陸さんが何故か明後日の方向を向きました。
何故でしょう、非常に嫌な予感というものがします。
「安心して、のポイントは?」
「さ、お嬢のところに行こう!」
話を逸らされた気がしましたが、さっさと連れて行かれたのは光さんの執務室。
冬の国は春の国と騎士団のシステムもかなり異なっているらしく、師団と名乗っているそうですが、現実的には各家の私兵だというのだから驚きです。
「ん、昌澄さんに陸?どうしたの?」
書類をパタパタ片付ける光さんが、我々を見つめました。
私も見慣れた、黒い軍服。
「なんかお嬢にラブレターだって~」
陸さんの言葉に「はっ!?」と思わず叫んでしましました。
あれ?私、陸さんに兄上のラブレターだって言いましたっけ?
なんて思って見れば、彼はニヤッと笑った。
「え、昌澄の『兄上』ってお嬢の『婚約者』でしょ?違う?」
「こ、婚約者!?」
驚いて声が上ずった。
しかし、陸さんが浮かべた黒に近い紫、そして稲妻のような赤に、疑念と怒りが見て取れた。
「ああ、陸。春の国では魔石を贈る文化はないんだよ」
光さんが視線を書類に向けたままそう言いました。
「え、お嬢、弄ばれたの!?」
「違う……清澄さんには文化のことを話してある。それでも魔石をくれたから返した。でも向こうの文化だと『婚約者』って印象は薄いよ」
光さんの少し沈んだ声に、何とも言えない気持ちになりました。
私は手に握っていた兄上の手紙を差し出します。
「兄上からです」
「ああ、ありがとう」
パシッと光さんが手紙を取ろうとした瞬間です。
兄上の文字が浮かびました。
『一人で読んでくださいね?』
私と光さんの二つの魔力に触れた瞬間に浮き上がるようにしていたのでしょう。
兄上の魔力コントロールの繊細さに驚いていれば、陸さんが「へ、変態だ」と絶句したように呟きました。
確かに魔力コントロールは変態ですが、兄は紳士です。
「一人で、読んでいいかな?」
光さんの言葉に、陸さんがスッと紺色の魔石を、耳から外しました。
イヤリングだったのだな、と金具が付いた魔石を見ます。
そして陸さんはフッと笑います。
鮮やかな緑色が、光さんに渡した白紙に絡みついた。
「問題ないよ。お嬢、この手紙の機能凄いからさ、満様のところに昌澄連れて行っていい?」
そう楽しそうに言いながら陸さんはまた魔石を耳に戻します。
「そう、満も喜ぶわ」
「じゃ、昌澄、行くぞ~!」
パシッと手首を掴まれて、あれよあれよと陸さんに引っ張られました。
一瞬見えた部屋の色は、春に咲く、桃色の花のようでした。




