十三節 殺戮皇子と彩眼の次男
まるで値踏みをされる気分で、『殿下』から視線を送られます。
「さすが、光が欲しがる能力だな。『彩眼』ってやつは」
その『殿下』は楽しそうに笑いました。
「彼は『彩眼』以上に、頭の回転が凄まじいですからね」
光さんがスッと頭を下げながらそう答えると、一条家の方々は習うように頭を下げられました。
そこで『殿下』がジッと私を見ました。
同時に、ハタっと思い出しました。
光さんが捕虜となった時、我が国で国王陛下に謁見した時の陛下のお言葉。
『つまらん。向こうの国と我が国では礼が逆だというのは知っておったか。』
低い、陛下の声を思い出し、私はスッと頭を下げました。
「許す」
私に反応したかのように、『殿下』がそう答えました。
「春の国で第二騎士団の副団長を務めさせていただいております、朝比奈 昌澄と申します」
「やっと挨拶してくれたか――冬の国、皇帝の第二子、明新院 正光」
この人が数千の屍を踏み越え、戦い抜いて来た皇子だと知っている。
私は思わず、ごくりと唾を飲んだ。
「まあ、そっちだと『殺戮皇子』だったか?そっちの方が有名だろうな」
ニヤッと笑う彼は私が『冬の国』基準で挨拶をするのを待っていたのだろう。
チラリと見た光さんが、ホッとしたような表情になった。
……もしかして、私が自己紹介しなかったの、結構焦っていましたかね?
浮かべた色が鮮やかな黄緑で、まるで親が子供に『よくできました!』みたいな微笑ましい感情かな?と思いました。
……私、光さんよりも二歳も年上なんですけどね。
「『殺戮皇子』というよりは、第二皇子として有名ですよ……」
「そっちの『業火の秋里』や『治癒の朝比奈』に比べたら、俺は可愛もんさ」
苦笑いの第二皇子……正光殿下は苦笑いをしました。
「……確かに、綾人さんも兄上も規格外の方ですからね」
私も苦笑いしながらそう言った瞬間、何故か全員が変な視線を向けてきました。
「確かに向こうの第一の団長の秋里に、第二の朝比奈は厄介じゃが……」
慶人さんがジーッと私を見ながら言って来ます。
「うん、そうなんだけどね~」
こっちは笑みを崩さずに笑う陸さん。
「春の国で一番厄介って言ったらね~」
何故か澪さんも楽しそうに笑います。
「同感だな。俺もそう思う」
ちゃっかり澪さんを膝の上に置いている篠宮さんも呆れながら言いました。
その前に、リア充爆発してください。
「春の国の軍で会ったら逃げろって言われるのは『朝比奈の次男』ですよ?」
キョトンとした顔でそう言ったのは満さんでした。
ん?会ったら逃げろって言われるのは朝比奈の次男?
「え?兄上ではなく?」
私の言葉に全員が頷きました。
「弟たちでもなく!?」
「昌澄さん、失礼かもしれませんが、我が国では朝比奈兄弟とは知られておりますが、遠澄さんと維澄さんの名までは、こちらは知りませんよ」
苦笑いで光さんから言われた言葉に、目が丸くなってしまいました。
春の国では『破壊神の朝比奈の双子』として有名な弟たちは、どうやら冬の国ではあまり知られていないのだと驚きました。
「正直にいますけれども、春の国でも貴方の規格外な事件はたびたび問題になりますわよ?昆明殿下と合わせた時の恐怖は、皆さま戦々恐々としておりましたよ?」
ニコッと笑う百合子さん。
あ、染色魔法ですが、黒髪もお似合いですね?
ですが何故でしょう――笑顔が、非常に怖く思ってしまいました。
た、確かに、昆明とやらかした後、尻拭いをしてくださったのは兄上か、彼女の元上司……昆明の姉である朱子様。
言っておきますが、昆明とやらかした自覚はありますよ?
ですが、昆明が悪いんですからね!
私は巻き込まれただけですよ!?
大体、私がヤバいって絶対に尾ひれがついている気がしますよ!
ふと、感傷に触れそうになった瞬間、鮮やかな金色が目に入り込みます。
その色を辿ると、満さんからの視線がこちらに向いておりました。
「寧ろ、俺は一度会いたかったんですよ、『朝比奈の次男』に」
ニッと笑う満さんが、妙に眩しい笑顔です。
あと、後に浮かべる金色……ええ、私に憧れる要素ありますか?
「満、お前俺より他人の昌澄に懐いてねぇか?」
ちょっと不貞腐れるように、そう言った正光殿下。
ただ、その表情は柔らかく、浮かべる色も緑というのが意外だった。
「正光殿下の親友はお嬢や満様の兄……血縁的には従兄ですが、鷹司の次期当主なのですよ。正光殿下からすれば満様は弟のような存在ですからね」
まるで私の心を読むように、陸さんが耳打ちしてきました。
私、そんなに顔に出ていたのでしょうか?
と口に出しそうになるほど、タイミングの良い情報開示で困りました。
「そっちのお嬢さんの名は聞いても構わねぇのか?それと美海と同じ側か?」
スッと濃紺色の目を細めた正光殿下。
その瞳が見た先は、私の隣の百合子でした。
「これは失礼を。名も無きものです故、呼び方は『リリー』と」
ニコリと笑う百合子さんに、正光殿下は何も言わなかった。
ただ、その百合子さんの姿に、少しだけ胸が痛みます。
一瞬、香さんも百合子さんに悲しげな視線を向けました。
香さんは彼女が誰か、気づいていたようです。
でも口にしなかったのは、やはり彼女も名家『秋里の姫君』だと痛感しました。
「なるほどな。なら俺はお前を『リリー』と呼ぶ」
そう納得した正光殿下に、やはり王族……ああ、こちらの国では皇族ですね。
上に立つ家の者というのは、割り切りが早いと感じました。
ただ、この正光殿下は少し、昆明と似ている気もしました。
王族でありながら、人の心に寄り添える、民に近い王族。
「まあ、俺としては手札が多いに越したことはない。何せ俺は信頼できる人間が少ない皇子だからな」
彼は、青空に雪を降らすような黒雲の濁りを浮かべ、赤い稲妻を走らせた。
苦しみ、恐怖、怒りが僅かに彼に滲んだ。
でも、ほんの一瞬――鮮やかな青がまた戻ってくる。
逆に複雑な色を浮かべたのは彼ではなく、周りでした。
光さんの不甲斐なさからの紫が、
陸さんの怒りからの赤が、
慶人さんの悲しみからの青が、
様々な感情が入り乱れ、混ざり、滲む。
そして混沌とした色が浮かび上がった。
混沌とした色は、悪鬼が見えた黒炎と、似ている気がした。
「でも、タダで殺られる気はねぇ」
そう言い放った彼の浮かび上がらせる色は、鮮やかな青。
重たくなった空気を鮮やかな青が飲みこんでいく。
黒炎もまた、青に飲まれて燻ぶって見えた。
目を瞠るほどの青。
その青は、深海のようでありながら、凍てつく空よりも澄んでいた。
死を拒絶する色だった。
彼はその言葉を真実にする力があると、感じてしまった。




