十二節 焼き付く笑顔
何故、私ここにいるのでしたっけ?
「へえ、これが『朝比奈の次男』か……想像以上に優男じゃねぇか」
宵闇のような濃紺の髪に、夜空の月のような銀色の目。
ニヤリと笑った鍛え上げられた肉体を持つ男は、そう笑った。
まるで無駄なものがない、彫刻のような肉体に、私は自分の貧相な体の人間からすると、非常に羨ましい男の身体です。
「あ、あの、ちょっと、正光、さん」
その男性の膝の上に乗せられて、真っ赤になっているのは、春の国の名家の姫君。
豪華な衣装で真っ赤になりながら、彼女は逃げようとするが、ガッチリ掴まれて逃げられずにいた。
そして……何故か微笑ましく見守る一条家の方々。
「殿下、それ以上は姉が可哀そうです」
そう言ったのは黒髪の青年……いや、少年か?
背丈や体つきは大人に見えるが、顔立ちが妙に幼く見える。
何よりも、その漆黒の黒髪と、黄金色の瞳に視線が釘付けとなってしまった。
「ん?何だ満。焼きもちか?」
「どこに姉に焼きもち焼く弟が居るのですか……とりあえず、香姉さんを離してあげてください」
はー、と呆れたように溜息を吐く青年と、パチリと目が合った。
金色の目。
短く整えられた黒髪。
……失礼かもしれませんが、髪質が、綾人さんに似ていると思ってしまいました。
「えっと?」
彼は戸惑ったように私の顔をジッと見つめてきました。
「満、その人は私のネックレスの人じゃないよ」
光さんは、そう言いながら彼に見せびらかすように首のネックレスを指でつまみました。
あ、また例の勘違いですね!と叫びそうになったところで、彼が大きなため息を吐きます。
「姉さん……その魔石のチェーン加工したのは俺。さすがに間違えない」
そう言いながら、私をジッと見る青年。
なんでしょう、ジッと見られ続けるのはむず痒いと言いますか……。
というか、え?
チェーン加工!?
光さんの首に掛かるチェーン、魔石の塊ですよね!?
え、魔道具?
なんて興味津々で彼を見てしまいました。
「初めまして。俺は一条 満。姉が捕虜となった時、それと澪姉さんが禁術に縛られた時、二度に渡り、我が姉を助けていただき、ありがとうございます」
スッと頭を下げてきた彼に、「頭を上げてください!?」と思わず声が上ずってしまいました。
ええ、彼が頭を下げた瞬間の、周りから注がれる絶対零度の殺気。
心臓がいくつあっても足りない気がしました。
「満、私は不可抗力だけれども、澪は自業自得よ?」
「光!?」
「そうだとしても、礼儀には礼儀を。姉さんたちを無事に返してくれた彼らには誠意を見せるべきでしょ?澪姉さんは自業自得だけど」
「満!?」
光さんと満さん?の言葉に澪さんがいちいち反応して、それを『可愛いな~』みたいな目とデロデロピンクな色を浮かべてみる篠宮さん。
何ですか、ここ!?
あと、香さんの甘酸っぱい林檎みたいな色と、それを見ながら淡いピンク色浮かべている多分『殿下』さんも突っ込んだ方がいいですかね!?
あと、私、あとで綾人さんに殺されませんかね!?
「まあ、綾人様は妹君を溺愛しておりますからね。国交問題にならないことを祈りますわ」
隣で座っていた百合子さんがニコッと笑いながらそんなことを言います。
止めてください、国交問題の前に、国交がない国ですが、国際問題は不味いです。
綾人さんが、香さんのことで『待て』できると思いません。
「はははっ!真っ青じゃねぇか、『朝比奈の次男』。戦場とは別人の顔だな」
そう響いた声の主が、香さんを自分の腕の中に抑え込んだ。
ただ、その瞬間に違和感を覚えた。
なんだ、この騒めく感じ。
その理由を知りたくて、目の前の『殿下』をジッと見ました。
「あ、」
思わず見えてしまったものに、私は咄嗟に口を塞ぎました。
なんだ、あれ?
『殿下』の左腕から肩までが、黒い炎に焼かれるような残像を見た。
その炎と共に、蛇のような黒い物体が、腕から伸びて首を絞めるように巻き付いている。
そんな疑問を持つと同時に、周りからの視線が集まっているのに気が付きました。
「やっぱり『彩眼』だと見えるのかな?殿下の状態が」
そう言ったのは光さんでした。
彼女の何とも言えない視線と、浮かび上がらせる深海のような青。
「……皆さんが言われた、『呪術』は、左、腕ですか?」
私の言葉に誰よりも驚いたのは『殿下』でした。
「へえ。お前に俺はどう見えているんだ?」
その言葉に含まれるのは興味と、好奇心。
あの黒い炎に焼かれる彼は、鮮やかなオレンジを浮かべる。
「真っ黒い炎に、左腕が焼かれています。今は、肩まで進行している」
その言葉に満さんがバッと振り返り、そして問答無用で『殿下』の上着を脱がせました。
その肩に広がるのは、まるで壊死したかのような黒い、肌。
「う、そ」
思わず息を呑んだのは香さんでした。
「……進行していますね」
満さんの声に、『殿下』は「ああ」と他人事のように呟きました。
「ついさっきだ。が、何故か不思議でな」
ニッと笑う『殿下』は膝にのっけたままの香さんを抱き締めました。
香さんは驚きながら目を真ん丸にして、でも肩をちらりと見た瞬間に抵抗をしませんでした。
「なんか知らないんだが、香を抱き締めていたら痛みが和らぐんだ」
とんでもない言葉に、全員の目が点になりました。
「……正光殿下。いくら色ボケしたと言ってもそう言う冗談は笑えませんが?」
絶対零度にブリザードを背中に背負った光さんが、ニコッと笑いました。
一条家の方々が、何故か背筋を伸ばします。
あ、失礼、澪さんもです。
「それが、冗談でもなくてな。マジな話だ」
真剣な顔で、何でもないふうに言う『殿下』。
黒炎に焼かれながらも、彼の青だけは澄んでいた。
つまり、彼は本当にそう思っているようです。
ふと、香さんが、彼の膝から退きました。
その瞬間、私の視界にブワッと天井まで上り詰めるような黒い炎が見えてきました。
その炎の後ろで、せせら笑う悪鬼のような顔が見えます。
視線が合った瞬間、その悪鬼は赤い口を大きく歪めて笑う。
まるで『殿下』の死を楽しみに待つような死神。
「なっ!?」
思わず叫んでしまえば、また視線がこちらに向きます。
ドクッ、ドクッと心音が煩く騒ぐ。
悪鬼のような何かと視線が合うような感覚。
まるで私が見えているのを、楽しんでいるかのような……。
『オレノ、エモノ』
口が、そう、動いた。
身体が、凍りつくような感覚。
「先ほどから挙動不審ですわよ、昌澄様」
凛とした百合子さんの声。
現実に引き戻された私は呆れたような百合子さんを見る。
ドクドクと耳に鳴り響く心音を深呼吸で抑え込んだ。
視線の先で香さんが手を伸ばします。
『殿下』の黒ずんだ肩を、彼女は痛ましそうに触れた。
手当て……。
まるでその言葉のための動き、と言うように優しく手のひらを黒い肌に滑らせていく。
瞬間、立ち上るような黒の炎が、治まります。
「……あながち『殿下』の言われていることは間違いないかもしれません」
私の言葉に、また視線が集まります。
ただし、皆さんの浮かべた色は紫だったり、赤だったり……。
要するに『何言ってんだコイツ?』みたいな感情なのでしょう。
百合子さんまで似た色を浮かべるので、私は苦笑いしてしまいました。
「香さんが触れると『呪術』らしき黒いものが軽減します」
私の言葉を聞いた『殿下』は、ポスンっと、また香さんを膝に載せました。
天井まで届きそうなその黒い炎はまるで焚火のような大きさに戻る。
ええ、やっぱりおさまりますね……。
そう思った瞬間に見えたのは、驚く顔の香さんと、『殿下』でした。




