八節 闇の魔法と闇の素養持ち
Side 秋里 香
何が何だか理解できない、というのが私の感想だった。
第四騎士団の任務中に、魔獣に囲まれ何とか交戦していたところで鉄砲水に飲まれた。
たどり着いた場所が、冬の国だって、すぐに分かった。
震えて、動かなくなる身体を何とか動かして、洞窟を見つけて炎魔法で暖を取った。
身体さえ温まれば、春の国に帰れるって思った。
でも一瞬……彼に、姉に、会いたいと思った瞬間だった。
洞窟の前に、気配を感じ、慌てるように火を消した。
そこに現れたのは、姉だった。
ホッとした瞬間、何かがおかしいと思った。
姉の笑い方が、何か違うと思った。
昌澄さんが私を助けてくれなかったら、多分私は……。
それ以上を考えないようにして、目の前の男を見た。
青葉を思わせる明るい緑色の髪に、姉の『太陽眼』とは違い、どちらかというと土色に近い黄色の瞳。
「そんな警戒するな。別に、お前を取って食おうって気持ちはねぇからな」
ケラケラ笑ったその人はチラッと横に控える初老の男女を見た。
「いや、助かったぜ佳代さん」
男の言葉に、姉が『婆や』と呼んだ女性が頭を下げる。
「いいえ、篠宮のご当主の命とあらば、この老骨の知恵を使ったまででございます」
そう言った『婆や』さんは私を見て笑った。
同じように、隣に並ぶ『爺や』と呼ばれた男性も、同じように笑い、同じタイミングで二人は私に平伏した。
「えっ!?」
「よくぞお帰りになられました香様」
「智様の二番目のお子様にお会いできる日が来ようとは……。」
少し涙ぐむような声で、二人はそう言います。
「我が名は一条 睦。一条家の家令にてございます」
『爺や』さんはそう言いながら、更に頭を下に下げる。
「その妻で、佳代と申します。侍女長を務めさせていただいております」
同じように、『婆や』さんも更に頭を下げた。
「え、っと、頭を、上げてください」
一応……というか、春の国で王族に次ぐ名家で育ったが故に、こういう時にいうべき言葉は染みついていた。
二人はゆっくりと頭を上げて、そして嬉しそうに笑った。
ただ、二人の言葉で気になったことがあった。
「あの、『智様』って、もしかして?」
私の言葉に二人は懐かしそうに笑う。
「光様、満様、そして香様のお父様でございまして、先代の一条家の当主でございます」
「お父さん、の名前」
「……もし、知っておられるならば、お母上のお名前も教えていただけませんか?」
穏やかに笑う睦さんの顔に、少しずつ緊張がゆるんだ気がした。
握りしめ続けていた手から、力が抜ける。
「菖蒲……秋里 菖蒲と言いました。」
母の名を告げたところで、二人が後ろに同じように控えていた侍女に目配せした。
その侍女は、嬉しそうに頭を下げてから部屋を出ていった。
「えっと?」
何がどうなっているのか分からないままでいれば、『篠宮さん』と姉が呼んだ人が「ふう」と、話を切るように息を吐いた。
「大方、家系図に書き加えに行ったんだろう」
『篠宮さん』の言葉に、睦さんがニコリとわらった。
「その通りでございます。これで、智様の奥様の名が、我が系図に書き込まれます」
ニコリと笑う睦さんは嬉しそうで、同じように隣の佳代さんも嬉しそうだった。
「んで、俺は篠宮 成継。お前の従姉の旦那。まあ、親戚ぐらいに思っといてくれ。それで……」
そう言いながら彼が私の左手をパシッと掴んだ。
そのまま袖がするりとめくり上げられた。
腕に巻き付くような薄い赤色と、濃い紫のまだらになる痣。
見た瞬間に、睦さんと佳代さんが痛々しそうに顔を歪め、篠宮さんは表情を変えなかった。
「なるほどな……これは完全に光を狙ったんだろうな」
ポソッと呟かれた言葉に「え?」と小さく声が出てしまった。
「姉さん、を?」
「この『呪い』は血筋に反応するように呪術が組まれている」
「『呪術』?」
私が疑問に思いながら首を傾げれば、篠宮さんは目を丸くした。
「一応聞くが、『呪術』は知っているか?」
その言葉に首を左右に降れば、睦さんが「冬の国でも名家でなければ知識はございません」と篠宮さんに向かって言った。
「そうか……『魔法』と『呪術』って同じように聞こえるかもしれないが、分かりやすく言うと、『呪術』は何かしらの『生贄』が必要になる魔法だ」
その瞬間、ひゅっと息を呑んでしまった。
そして、私は自分の腕を見た。
「あの彩眼の副団長にここから先は見せたくなかった。『呪術』は人や動物の怨念が籠っている。解除するときにはその負の感情が見えちまう」
そう言いながら、彼が私の腕に、魔力を流しだした。
不思議な感覚で、流水を腕に流されるような感覚だった。
「……まあ、負の感情に『共鳴』する光も、同じ理由で引き離したかった」
「……これからすることは、昌澄さんや、姉さんには危険ってことですか?」
「ああ、そう言うことだ。まあ、幸いにして、ほとんどは陸が封じた」
そう言われて、姉の腕に巻き付き、結界魔法のようなもので囲われた黒い物体を思い出した。
「姉さんは!?姉さんも同じ黒いのに!?」
「安心しろ。光は『呪術』を跳ね返せる闇の魔法を使える人間だ。むしろ敵の狙いは光の周り……家族を奪うことだ」
篠宮さんの言葉にハッと息を呑んでしまった。
「一条家で闇の魔法を使える人間は光と満……要はお前の姉と弟だけ。あとは闇の魔法の素養を持つ陸と慶人。あとは光が守らなきゃならない存在なのさ」
「闇の、素養?」
「要するに、闇魔法を使える人間、と使える可能性のある人間だ」
その言葉を聞いて、ハッと思い至ったのは『秋里の業火』。
私が受け継いだ『血統魔法』。
「お、もしかして気が付いたか?」
「『血統魔法』?」
「正解、流石、光の妹だな、理解が早い」
そう言いながら彼が流し続ける魔力が、妙に気持ち悪い感じに変わってくる。
まるでむずむずと、彼の魔力から逃げようとするような『違和感』が動き回っている。
「そういうことだ。闇魔法は『一条の闇』っていう『血統魔法』でのみ、発現する。
が、父親が発現しなくても、子が発現することもある。その場合、父親は闇の素養を持っていたことになる」
「ここまでわかるか?」と確認するように聞かれて、コクリと頷いた。
「で、陸と慶人、この二人は闇の素養持ちだ。要するに『呪術』に耐性を持っている。あと澪も闇の素養持ち……鷹司の系譜で出たのは澪だけだな」
鷹司……一年ほど前にこちらの冬の国で捕虜となった時に知った事実。
父の妹の嫁ぎ先で、姉さんと弟の満が澪さんや、他の従兄弟たちと一緒に育った家。
つまりは澪さん以外のあの従兄弟たちも『呪術』は危険なのだと理解した。
「だから、あの姉さんたちが、『姉さんの偽物』を追っているのですか?」
「正解」
篠宮さんはそう言いながらも、冷水のような神聖力を流し続ける。
腕の中の『違和感』がだんだんと強くなっていく。
姿が、気配が、だんだんと明確に見えてきた。
その瞬間、『それ』は冷水によって皮膚の下で閉じ込められた。
そして篠宮さんが楽しそうな顔で笑う。
「みーつけた」
篠宮さんの笑い声に重なるように、冷水が腕の奥へ押し込まれていく。
『それ』を捉える為か、神聖力は止まることなく、指先を冷やしていく。
「で、お前も『闇の素養』持ちだな、香」
静かに言われた言葉に、ちらりと見た睦さんも佳代さんも驚く顔はしていない。
まるで、私が『闇の素養』を持っているのが当たり前のような反応。
しかも、篠宮さんは私ではなく、この二人に確認するように聞いたように感じた。
何か、変な気がした。
「ええ、香様はお名前が分かっておりましたので、系図に名が入っております。故に、香様は魔道具で確認が取れとります」
そう答えた睦さんに「なるほど」と答えたのは篠宮さんだった。
よく分からないでいれば、睦さんがニコリと笑いました。
「あとで、お嬢様より詳細が語られるでしょう」
つまり、これ以上は教えてくれない、ということを理解して、篠宮さん視線を向けた。
「……そうなると、私にも『呪術』は効かない?」
「効かない、と言い切れないんだ」
「どういうことですか?」
「闇の素養持ちは『呪術』が効かない訳ではなく、耐性がある、が正しい」
「耐性?」
「光と満は『闇の魔法』を使い、『呪術』が効かない。でも『闇の素養持ち』である陸、慶人、あと澪は効きにくい、っていうのが正しい」
「なる、ほど」
口端を歪めて笑う篠宮さんは楽しそうな表情だった。
「で、この『呪術』に正光殿下が侵されている」
彼の言葉に、目を見開いてしまった。
咄嗟に、首元に隠したネックレスを握りしめた。
ドクリ、ドクリと心音が耳障りなほど、大きく聞こえてくる。
冷たい神聖力よりも、鳴り響く心臓の音の方が――熱い。
冬の国で、捕虜となった間、私を守り続けてくれた、あの人が『呪術』に?
どう聞いていいのか、分からずに、彼をジッと見つめた。
私の様子に、彼はニヤッと笑う。
「『今』は普通に生活しているし、俺が数日置きに、今のお前と同じように『神聖力』を流し込むことで侵攻を抑えているが、時間の問題でな……三か月したら、正光殿下の心臓まで『呪術』が進み、そして死ぬ」
はっきりと言われた言葉にゴクリと、唾を飲み込んでしまった。
「俺は『正光』を死なせたくはない。んで、お前の恋心を利用しようとしている。
アイツを生かすためにな」
はっきりと言われた言葉に、また息を呑んだ。
「た、単刀直入ですね」
「俺は光みたいに交渉するのは苦手だ。だが、道理の通ったことをするのは得意だ。正光を救うのに、お前が必要で、ついでに言えば『彩眼の次男』も必要だ」
篠宮さんはニッと人が好みそうな笑顔で笑った。
でも、その目は真剣だった。
「あとついでに言えば、お前を襲った魔獣の暴走……もしかするとウチの国が噛んでいるかもしれねぇって聞いたら、お前は俺の手を取るか?」
即答は、出来なかった。
この家……一条家が私のルーツを持つとしても、私は『秋里 香』であって『秋里』の人間だ。
でも、正光さん……彼のことを思い出したら、喉が張り付くように、言葉が出なかった。
「正光を理由に出来ないなら、光でもいいさ。俺はどっちでもいい。だがお前の手を借りたい」
握られた手から流れ込んでくる魔力が、冷水のように指を冷やしてくる。
ただ、どうしても腕の『違和感』が拭い去れない。
地面を這う蛇が、皮膚の下を動き回るような気持ち悪さ。
「……この腕に纏わりついているのが『呪術』なんですよね?」
ふと、頭が回らずに、思ったことを口に出した。
「ん?そうだが?」
キョトンとした彼はそう答えた。
「一度、手を離してもらえませんか?」
真っすぐな目でそう聞けば、彼は面白そうに手を離した。
よく分からないが、無性にイラつく。
「……気持ち悪い」
皮膚の下で舐めずるように好き勝手する『それ』。
次の瞬間、血が煮え立つ。
血統魔法――『秋里の業火』。触れたもの消し去る、終焉の炎。
次の瞬間、業火が灯った。
黒を消し炭にしようと、熱を腕に巻き付かせる。
私の意志に従うように、業火がゆらりと揺れた。
「「香様!?」」
焦ったような睦さんと佳代さんの声が響いた。
でも、気にすることなく、腕の『違和感』を炎で焼き尽くす。
『ぎょおわああああああああああ!!』
断末魔のような声、黒い悲鳴を上げるようなシルエット。
逃げようとする黒の物体は、炎の中で悲鳴を上げ続ける。
ゴオオオオオっと、業火が悲鳴を飲みこんだ。
黒は――跡形もなく消えた。
焼け焦げた匂いは、熱を上げた空気に吸い込まれる。
驚いた顔の篠宮さんは、ヒクっと口端を痙攣させながら私を見た。
「うわ、焼けるんかい『呪術』」
そう呟かれた瞬間に、何か吹っ切れた気がした。
「さあ?だけど『秋里の業火』に焼けないものはない」
「ははっ、そりゃ心強い」
『嫌なやつには同じ顔で笑ってやれ。それだけで黙る』
ふと、綾人兄さんの言葉が脳裏に浮かんだ。
「まどろっこしいことは嫌いです。昌澄さんを巻き込めるなら、私は巻き込まれます。
ただ……我が国でも指折りの参謀です。口説けるなら、どうぞ」
そう言って彼と同じようにニヤッと笑い返した。
「はっ、ははははっ!流石光の妹だ!豪胆だな!」
そう言って笑われたけれども、ごめんなさい昌澄さん。
私、他力本願で、昌澄さんに擦り付けます!!
うまく口説かれてください!!




