三節 偽物
目の前の攻防に、正直に言えば目で追いつくのがやっとと言えましょう。
『ケイト』と名乗った男は大振りな大剣を軽々振り回して光さんに似た女性を斬りつけようとする。
けれどもその女性はギリギリで避けている。
ですが、本物の光さんの動きを知っている私からすれば、この女性は明らかに偽物。
光さんであれば、この程度の剣技の中から反撃してくるはずです。
その瞬間、バサッ、バサッと複数の羽音が響きました。
「こちら、リク。ケイトを肉眼で確認。」
響いた男の声。
短い黒髪。
黒い軍服。
その声の主は私に纏わりつくような魔力を向ける。
まるで、解析されるようなむず痒さを感じながら、その緑色の目が私と香さんを捕えます。
「あとなんか春の国の軍人と一般人?の振りしている軍人かな?なんか紛れて居るんですが?」
——そして、その耳元。
片耳に揺れる魔石が、目に入った。
日没直後の夜空のような、深い青。
微かに脈打つように反射したそれは、彼の魔力の揺らぎを吸い取っているように見えました。
「こちら澪……え、香!?って、昌澄じゃん!?」
聞こえた声に思わず目を丸くしてしまいました。
聞き覚えのある声。
見覚えのある黒い軍服の女性。
真っ黒い髪を高く結い上げたポニーテール。
驚きでまん丸くなる紫の目。
「「澪さん!?」」
香さんと私の声が揃ってしまいました。
ええ、その人物に見覚えというか、面識があります。
光さんの従姉で、一年ほど前、我が国に不法侵入した篠宮 澪の姿に思わず目を丸くしてしまいました。
一応香さんの従姉でもありますね。
「え、ちょ、え、ここ冬の国だよね?」
混乱したような澪さんの顔を見て、何故か『私既婚だよ』と言われたのを思い出しました。
「澪様、お知り合い?」
「う~ん、私の従妹?光の妹って言えばいい?」
「えっ!?お嬢の妹ですか!?」
「お前ら!雑談している暇あるならこっち手伝えや!?」
ガキン、ガキンと連続で剣が交わる音が響く。
『ケイト』と名乗った青い目の男が剣を交え続けていた。
澪さんと一緒に現れた、緑眼の男は目元を細めながら、口を歪ませて笑いました。
「はいはい、ケイト。捕らえるから」
急に低くなった男の言葉。
澪さんと一緒に現れた『リク』と名乗った男が展開した魔法陣は、紺色の魔力を帯びました。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、っと光さんに似た女性の四方に、杭のようなものが打ち込まれます。
その杭に光さんに似た女性の魔力が、急激に吸い上げられるのが見て取れます。
瞬間、『ケイト』と名乗った男が大剣でその女性を中に固定するように腹を突き刺しました。
「ぐあああああ!?」
女性の断末魔のような声が響きました。
叫びの上がる口が笑みを浮かべるように歪む。
その目だけが、笑っていない。
大剣が腹に刺さった。
そのはずなのに、雪は赤に染まらない。
「ケイト!手を離せ!」
「あいよ!」
声に合わせるように『ケイト』と名乗った男は剣を手放し、『リク』と名乗った男は魔法陣に魔力を循環させる。
「ぎぃやああああああああ!!」
その女性は、更に悲鳴を響かせた。
まるで雷にでも打たれたかのように、焦げるような臭いが充満していきます。
そして身体の色が、顔の肌が、手が、足が、全てが真っ黒になっていきます。
「今度こそ逃がしませんからね!」
『リク』と名乗った男が展開したのは捕縛魔法……しかも魔獣を捕えるような強力なものだと分かります。
ただ、彼の言葉から推測するに、少なくとも一度はこの光さんに似た人物を捉えそこなっているのでしょう。
ほぼ同時です。
彼女の中に見えていた黒い靄が急激に濃くなりました。
そして魔力が急激に膨れ上がります。
「ケイト!!そいつ逃げる!!」
響いた『リク』の声。
ほぼ同時に私は光さんに似た女性の周りに、結界を張りました。
これは、失敗でした。
爆発しそうな魔力が急にグワンと歪み、私のすぐ後ろに気配が移動したのを感じました。
振り返った瞬間に、真っ黒い人型が目に入ります。
――転移魔法!?
理解した瞬間には遅かった。
その暴発しそうな黒い人物が掴んだのは、私ではなく、香さん。
身体が、思うように動かなかったのか、香さんの身体が、その人物に引っ張られて崩れていきます。
「あっ……」
香さんの口から、悲鳴にもならない声が漏れました。
その小さな声が、飲んだ息が、冷たい冷気が、鋭く肺を刺してきました。
「香さんっ!」
咄嗟に叫びましたが、香さんの目が大きく見開かれ、そのまま引っ張った人物の方に倒れていく。
真っ黒な人物は赤い口をニヤリと歪ませ、光さんとは似ても似つかない笑い方をしました。
吸い込んだ空気が、肺を刺した。
冷気が、私の脚を地面に縫い付ける。
「全く、詰めが甘いですね」
凛とした声が、響いた。
ザッと雪を蹴るような音。
ヒュンっと空気を割るような音。
白い雪を蹴り上げ、黒の外套がひらりと舞う。
「遅い」
目にもとまらぬ速さで、香さんを掴む真っ黒な腕を切り落とした剣。
「ねえ、さん?」
まるでスローモーションです。
その割り込んできた黒い軍服と、長い黒髪。
そして黄金色の目が、スッと細められます。
香さんが、心なしか安心したような表情を、浮かべました。
「ウチの妹に触るな、偽物」
そう言いながら光さんは魔力が膨れ上がる黒い物体を蹴飛ばし、香さんとの距離を作ります。
そして彼女の視線が私に向きました。
「昌澄さん!」
彼女に名を呼ばれた瞬間、私は二人の腕を掴んで転移魔法で飛びます。
瞬間、ドーンっという耳を割るような爆音が響きました。
「「お嬢!?」」
「光!?」
外部から聞こえる声。
咄嗟に光さんと香さんを私の後ろに押しやり、そのまま結界魔法を展開します。
チラリと後ろを見た瞬間、無意識なのでしょうが光さんは私に背を向け、香さんを守るように抱き込みました。
同時に爆風が雪を巻き上げて、視界を真っ白に変えていきます。
風が運んできたのは雪ではなく、錆の匂い。
あの光さんに似た人物がバラバラに吹き飛んだのだと、理解しました。
身体を吹き飛ばしてしまいそうなほどの爆風が私の展開する結界を押し壊そうとします。
一瞬、あの魔石が青く瞬いた気がした。
噴き荒ぶ爆風が止むまで、私は結界魔法を展開し続けました。
風が止んだ。
どれほどの時間が経ったでしょうか。
魔力が三分の一ほど減ったな、と確認しつつ周りを見回します。
視界はだんだんと晴れてきて、先ず見えるのは私の展開した水色の魔力で満たされた結界魔法。
もう一つ、濃紺の魔力で展開された私の作り上げる結界魔法と異なる文字で作られた結界魔法。
その濃紺の結界は『リク』と名乗った男が展開しているようで、その結界に守られた澪さんも、『ケイト』と名乗った男も無事なようだった。
その二つの結界魔法が、ようやく視界に形を取り戻した。
思わず後ろを見れば、黒い軍服の女性は何とも言えない表情を浮かべた。
彼女は一瞬だけ目を伏せ、深く息を吐いた。
「全く……どうしてあなたたちがここにいるんですか、香、昌澄さん」
その女性がスッと剣を鞘に戻しながらそう尋ねてきました。
凛として立つその姿は間違いなく、私の知っている一条 光、その人でした。
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