一節 事件は唐突に
これは私、朝比奈 昌澄から見た兄夫婦……と、隣国の皇帝夫婦の物語だ。
偏見があるのは認めるが、私から見た二つの夫婦の婚姻は運命のようだった。
私が見た物語の転機は、二つの国を結んだ婚姻から遡ること二年前。
終戦から一年が経過し、僅かながらの平和が訪れた時であった。
発端は……まあ、私の兄の親友である秋里 綾人が妹のためを思って言ったことが、後々で言えば『歴史を変えた』。
が、巻き込まれた私としては、いい迷惑である。
終戦の翌年の秋。
もう間もなく、兄上の想い人が我が国の捕虜となり、停戦となった時期から丸一年が過ぎようとしていた。
そんな最中、騎士団本部の第一騎士団の執務室から響いた声は、あまりに大きすぎた。
「綾人兄さんの馬鹿!!私の気持ちも少しは考えてよ!」
「だから……」
「私は絶対に、清澄さんとは婚約しないからね!」
「香、聞け!」
「いやよ!絶対に嫌!」
なんだ、なんだ?と我が国の騎士団本部で起きた兄弟喧嘩に、誰もが興味津々だった。
と、言うよりも、兄上をあそこまで拒否するというのが珍しいのでしょう。
私からすれば兄上のどこに不満が!?と言いたいところですが、そうでないのは理解しております。
まあ、香さんが兄上を好きか嫌いかで聞かれれば好きでしょうが、『婚姻したい好きか?』と聞いてしまえば、今のような反応になるのでしょう。
「そんな方法で守ってほしくない!私はそんなに頼りないの!?」
第一騎士団の騎士団長、秋里 綾人は、血縁的には従妹となる妹、秋里 香に詰め寄られていた。
叫ぶようなその声は、怒りよりも悲しみが深いように、深海のような青が見えてきました。
「私を守るよりも、一緒に戦わせてよ!」
その香さんはそのまま走り去って行ってしまいます。
タッタッタと走り去る足音が廊下に反響しておりました。
流れていた涙は見ないことにするのが、正しいと思い、視線を戻します。
開きっぱなしになったドアから中を見れば、頭が痛そうな綾人さんと、苦笑いの兄上が居ました。
「だから言ったでしょう、綾人。普通に受け入れられない、と」
「そうか?俺的にはいい案だと思ったんだがな」
呆れたような兄上と、ゲンナリする綾人さん。
二人の視線が私に向いてきました。
「おや、昌澄。どうかしましたか?」
そう言いながら笑ってくるのは私の兄である、朝比奈 清澄です。
「いえ。ただ、香さんの泣き声に何事かと思いましてね?」
「綾人が『婚約の申し出をいちいち断るの面倒だから、いっそ清澄と婚約でもしたらどうだ』なんて言うものですから、香さんが泣きながら出ていかれたのですよ」
「ああ……それは、女心を分っていないというか……」
「ですよね?」
「香さんのお話を聞きましたら、その提案は出来ないと思いますね」
そう言いつつ私と兄上で綾人さんを見つめます。
第三次全面戦争の折に、香さんは敵国である冬の国で捕虜となられました。
まあ、詳細は聞いておりませんが、向こうの第二皇子殿下と心を通わせ合ったそうです。
帰ってきた香さんが涙ながらに語ってくださった苦しい心内に、正直言えばもらい泣きしそうでした。
また冬の国の事情に、春の国の捕虜であった一条 光さんが口にしていた敵国の内情の悲惨さが、現実にはもっと悲惨だと思い知らされたのです。
まあ、綾人さんの言葉は様々な圧力から香さんを守るための合理的な提案でありましたが、間違いなく香さんを傷つけるものだった、と言い切れますね。
「おい、朝比奈二人で俺を責めるな」
そう言っていたところでガチャンとワザと音を立てながら紅茶を置いたのは、綾人さんの部下であり、第一騎士団の副団長を務める瞬木 千歳さんでした。
「今のは、綾人団長が悪いですよ?もう少し、周りの噂に耳を傾けるべきですよ……香さんが清澄さんと婚約したら、周りは『さっさと結婚させろ』って圧力掛けてきますよ?」
ニコッと笑う千歳さんは、私と視線が合った瞬間、視線を逸らしてしまいます。
ええ、私が悪いのですが、少々急いでムードも空気も読まずに告白してから、千歳さんから避けられております。
まあ……休日に出かけてくれるようにはなりましたが、ぎこちないと言いますか……。
「それはそのままお前の体験談か……痛って!?」
どうやら、思いっきり足を踏んだらしい千歳さんは、そのままフンっと横を向きます。
ええ、ここ半年で、かなり頼もしい副団長になられたと思います。
「まあ、綾人。今日帰ったら香さんに謝るべきですよ。さもないと、本当に嫌われてしまいますよ?」
「うぐっ」
「昔から綾人は香さんの『お兄ちゃん大っ嫌い!』に弱いですからね」
兄上の『お兄ちゃん大っ嫌い』は香さんが昔言った伝説の言葉ですね。
この言葉に絶望した綾人さんを見た女性陣が、『香様に勝てるのか?』みたいな論争になったのを思い出します。
「まあ、そうだな。ちゃんと謝るわ」
ただ、綾人さんの謝罪は、どうもうまくいかなかった、とだけ言っておきます。
なんでも、家出も完全無視で、しかも今回の件は綾人さんの母上もまた香さんの味方ですので、秋里家で四面楚歌状態だったそうです。
まあ、自業自得ですね。
そして一週間後、私は開いた口が塞がらない事態になってしまいました。
「えっと、聞き慣れないというか……あまり信じたくない情報を聞いたような気がしますが?」
開口一番、私が言った言葉に情報を持って駆け込んだ騎士は真っ青な顔で頷きました。
まずその場所に居たのは、我が国の四つの騎士団の内、三つの騎士団の騎士団長と副団長。
第一騎士団騎士団長、秋里 綾人。副団長、瞬木 千歳。
第二騎士団騎士団長、朝比奈 清澄。副団長、朝比奈 昌澄。まあ、私ですね。
第三騎士団騎士団長、吉川 成哉。副団長、笠谷 偲。
ついでに春の国の第三王子……ようは王族の慈光宮 昆明。
「えっと、もう一度確認させていただきますが、『秋里 香』が消息不明?」
私が代表するようにそう尋ねれば、第三王子である昆明も頭が痛そうに溜息を吐きました。
その手には、一足先に伝えられたであろう書類が、ぐしゃりと握りつぶされておりました。
「ああ……第四騎士団が河川復旧に尽力していたところ、魔獣の群れが襲ってきて、職人を逃がすために交戦。ところが川が連日の雨で決壊。『秋里 香』の機転で、他の騎士は対岸に吹っ飛ばされたけれども、吹っ飛ばした本人、『秋里 香』が本日14時より消息不明」
昆明はその書類を私たちに複製魔法で渡しましたが、内容を読んで、やはり香さんは素晴らしい騎士としか言いようがありませんね。
第四騎士団は戦闘できる騎士が極端に少ないです。
基本的には罠を仕掛ける罠魔法や、砦を作る建築魔法、回復魔法を得意とする、縁の下の力持ちタイプの騎士団が第四騎士団です。
逃がした職人が16人。ほとんどが熟練の職人で、この人数が居なくなったら大変なことだったでしょう。
しかも襲ってきた魔獣が五十匹。
しかもその内一匹は群れのボスで魔石が体内に生成されるほどの強い個体だったという事です。
それを建築魔法でルートを制限し、香さんが一人でその群れの相手をしていたそうです。
その最中に川が決壊。
香さんを補助していた騎士たちを、香さんが機転を利かせて爆破魔法で対岸まで飛ばしたそうです。
香さんの機転で助かった騎士の話では、鉄砲水に飲みこまれた香さんに何とか防衛魔法は掛けたそうです。
ただ、第四騎士団で数少ない攻撃型の香さんが、ほぼ一人で、この惨状を切り抜けたのが書類から伝わってきました。
「これを、一人で対処しただと?」
その瞬間、誰よりも殺気立ったのは綾人さんでした。
伝令を持って走ってきた騎士は、向けられた殺気に腰を抜かしていた。
「綾人、彼は情報を持ってきただけだ。殺気を向けるのは違うと思うが?」
綾人さんに殺気を押さえるように伝えたのは第三騎士団の騎士団長、吉川 成哉。
吉川団長の言葉に、すうっと、深呼吸した綾人さんに、少しばかりホッとした。
「ああ、分かってはいても、一年前に捕虜で、今回は行方不明……本当に、騎士になるのを賛成するべきじゃなったって思っちまう」
小さく呟いた言葉に、なんとも言えない空気が充満した。
昆明がはー、と長いため息を吐きました。
「――生きているのは間違いないです」
昆明の言葉に、一同がホッとしたように息を抜いた。
昆明は解析、調査などの魔力感知などの裏方に関してはプロフェッショナルだ。
今回も膨大な魔力で調査したところ、香さんの生存だけは感じ取れたらしい。
「ただ、感知できる魔力はごくわずか……」
「生きてはいるが、負傷しているのか、もしくは遠すぎて感知できない、か」
昆明の言葉に、綾人さんが自らを落ちつけるように息を吐いた。
「香さんが行方不明になったのはこの川で、ここが決壊したのだね」
そう言ったのは兄上でした。兄上が指さしたのは春の国の地図で、その地図に描かれる川の上に、二ヶ所、バツマークが印されておりました。
その地図によれば、山岳地帯の谷間に流れる川。
途中でその川は二手に分かれるのですが、支流が我が春の国、本流は冬の国の山岳地帯にそって流れていきます。
「……そのまま下流に行くと、冬の国ですね」
兄上の言葉に、誰もが息を呑みました。
兄上が指さしたバツマークは香さんが最後に確認された場所。
丁度、川が二手に分かれるポイントで、第四騎士団の生き残りが飛ばされた方向と逆側に飛んだとするならば、香さんは冬の国側に流された可能性があるということ。
「……秘密裏に動いた方がいいな」
そう呟いたのは昆明で、その表情は完全に『王族』の顔に変わっておりました。
「今回の任務は『冬の国に気取られないこと』『秋里香の回収』怪我をして動けない可能性も考えると……」
そう昆明が言葉を止めたところで、全員の視線が私に向いてきました。
「……私、でしょうか?」
その瞬間、全員が首を縦に振りました。
「香と面識があって、回復魔法もエキスパート。冬の国に捕まったとしても伝手がありそうなのはお前ぐらいだろうな」
綾人さんの言葉に「伝手は光さんくらいしかございませんよ」と脊髄反射で応えました。
ついでに、もう一人、同じ条件に当てはまる兄上を見ましたが、苦笑いを浮かべます。
「まあ、昌澄の頭脳なら乗り越えられるよ」
ポンっと兄上から肩を叩かれて、私はゲンナリした気分になりました。
そうですね、兄上は第二騎士団の騎士団長です。
流石に騎士団長を行かせるわけにはいけませんよね……。
「じゃあ、慈光宮 昆明の名をもって命ず。第二騎士団副団長、朝比奈 昌澄に第四騎士団団員秋里 香の安否調査を命じる。」
「はっ、承知しました」
「あと、昌澄には、助っ人付けておくから!」
「それは……」
「もちろん、優秀な人だよ」
そう言った昆明の言葉に、嫌な予感というものがしていた、とだけ言っておきます。
どうにも私の脳裏には死人なって、昆明の部下となった銀色の髪をした女性を思い浮かべてしまいました。
確かに優秀な方ですが、なんでしょうね、昆明の笑顔が怖いと思ったのは久しぶりです。
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