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ライジング!  作者: 御堂志生
第四章 女神の休日
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(4)いざ、出陣!

 北鎌倉の駅から歩いて十分強、徒歩でも不便でない距離に商店街はあった。

 約四メートル幅の道を挟んで左右に店が並ぶ、片側式のアーケードになっていた。


「よっ、眞理ちゃん! とうとう親父さんに、孫の顔見せてやる気になったのかい?」

 

 商店街を数十メートル歩くだけで、三度ほど同じ言葉を掛けられた。眞理子は苦笑を浮かべ、「そんなんじゃないよ」と答える。

 最初はどことなく頬が緩みそうになる南だったが、次第に不安が込み上げてくる。

「隊長、本当に良かったんでしょうか?」

「隊長じゃなくて、眞理子でしょ。やるって言った以上はしっかりしてよね、副長!」

 眞理子は明るく言って南の背中を叩く。

 南も気を引き締めて口を開くが、

「たい……ま、ま、まり、まり……」

「ちょっと、手毬てまり歌じゃないんだから。副長、女の子と付き合ったことはある、よね?」

「そっ、それくらいは当然あります。えーっと、沖警部、じゃダメですか?」

 南は譲歩案を口にするが、それはあっさりと却下された。

「じゃあさ、自分の階級は何って答えるつもり? まさか、警部の上司で警部補です。なんて言わないよね?」

 ……確かに不味い。

 かと言って、眞理子の階級を巡査や巡査部長にすると、どこかでボロが出そうである。

「それに、さ。さっきも言ったように、ホント言うと恋人ってのが一番ありがたいんだ。付き合い始めたばかりで、結婚を考えるのはもっと知り合ってから、とかさ」

 眞理子の言う線が一番無難なようだ。

 たかが恋人のフリである。それもたった一晩のこと。何度目だろうか、南がそれを呪文のように胸の中で唱えた時、眞理子は申し訳なさそうに口を開いた。


「悪い、副長。私の都合で無茶を言った。恋人云々は気にしなくていいから、役職と階級だけ内緒ってことで、同僚としてうちに来てよ。兄貴たちの部屋が余ってるから、遠慮しないで泊まって行って。親にも私が説明するからさ」

 

 眞理子はいつも通りの泰然とした笑顔を見せ、ほんの僅か、南と距離を取る。

 恋人役ではなく、部下として、相棒としての距離だ。元の位置に戻されたパーソナル・スペースに、南は自分の情けなさを思い知るのだった。



 商店街を歩き、一番奥に『沖美容室』の看板が見えた。アーケードはかなり手前で切れており、いよいよ隅っこという印象だ。

 それはどこか見覚えのある、どこの町にもありそうな昔ながらの店構えをしていた。

「美容師だった母が、自宅を改造して始めたんだって。私が生まれる前だから……詳しい経緯は判らないけどね」


 眞理子は色々説明しつつ、店の横のシャッターを開け、中に入ろうとする。

 歩道ギリギリまで家が建っており、店の入り口横には灰色のシャッターが下りていた。南は最初、その中に車が止めてあるのだろう、と思った。だが、家の横に白いライトバンがあり、父の車だと眞理子は言う。

 眞理子は半間幅のシャッターを押し開けながら、

「ちゃんとした玄関もあるんだけどね。ライトバンの奥になるんだ。あっちは狭いから……足元気をつけて」

 南に注意を促した。

 確かにそこは、通常の玄関とは言い辛い場所だろう。窓も無くシャッターが下りているせいか、かなり暗い。半間幅のシャッターから勝手口まで一直線になっており、その道筋だけ蛍光灯に照らされていた。

 目を凝らすと、地面はコンクリートの打ちっ放しだ。どう見てもこちらの方が、本来の駐車スペースに思える。南がそれを尋ねると、眞理子は軽く笑って答えた。

「当たり。父がね、消防団に入ってて、ほら……」

 眞理子が指差した先には、通称コーンと呼ばれる赤いパイロンが幾つも置かれていた。他にも山積みにされた土嚢や数十個のバケツ、長さや太さもまちまちのロープ、隅には数本の消火器などが見える。


 眞理子の父・沖武士おきたけしは元消防官で、小規模ではあったが消防署長まで務めた人だった。四年前に定年退職し、現在は消防団の団長に任命され、地域防災に努めているという人物だ。

 公民館は狭くて、収納のためには防災用品を奥に仕舞い込むことになる。それではいざという時に役に立たない。そう言って、自宅を保管場所に提供しているのだという。


「それは、立派な方ですね」

「ん、ありがとう。まあ……世間的にはそうだよね」

 眞理子は頷きながら、複雑な表情をして見せた。



「眞理子? あんた何処までお酒の注文に行って来たの。全然帰って来ないから、富士山に帰ったんじゃないか、ってお父さんが心配して」

「明日の朝までいるって言ったじゃない。お酒、注文して来たよ。酒屋のおじさんが運んでくれるって。でも、ぎっくり腰なんでしょ? 飲んで良い訳?」

「軽めのね。元部下の人が三人来るんですってよ。あんたも理由くらい判ってるんでしょ? 光次郎こうじろう君も呼んでるのよ。もういい加減、光ちゃんで手を打ったら? 気心も知れてるんだ、し……」


 そこまで口にし、眞理子の母は娘の後ろに人が立っていることに気付いたようだ。


「あら……眞理子、お知り合い?」

「うん、うちの分隊の副隊長で南警部補よ。私の上司――副長、母です」

「はじめてお目に掛かります。富士山岳警備隊、副隊長の南一之と言います」

 

 南は勝手口から中に招かれ、眞理子の横に立ち頭を下げた。

 眞理子の母・美津子みつこは、面長で目鼻立ちの整った綺麗な女性だった。娘よりふた回りほど小柄だが、目の印象がとても似ている。二重で黒目が大きく、娘と同様に、意思の強い女性だろうと思った。

 突然の来客に戸惑いながらも、眞理子の母はパッと笑顔を作る。


「まあまあ、はじめまして。娘がいつもお世話になっております。遠いところをわざわざお越し下さいまして……」

「わざわざじゃないって。隊長会議が横浜であって、ほら、急に帰って来たじゃない。副長に連絡したら、父さんのことを心配して立ち寄ってくれたのよ。ああ、今夜はうちに泊まって貰うからね。お客が一人増えても、別に困らないでしょ?」


「あの……た……眞理子、さんの様子と、お父さんが救急車で運ばれたと聞きまして、お見舞いに寄らせて頂きました」

 南はハタと気付き、隊員用に買った横浜土産を差し出す。

「突然お邪魔致しまして……ご迷惑ではありませんか?」

「いえいえ、とんでもありませんよ! まあ、この子ったら何も言わないからビックリしてしまって。南さんを迎えに行くなら行くって言いなさい。しかも勝手口なんかにお通しして……」


 眞理子の母は娘の説明には耳を貸さず、どうやら完全に誤解したらしい。

 この瞬間、南は意気地の無い自分が嫌になった。ここで生まれ変わらなければ、一生変われない、と覚悟を決める。


「眞理子さんは私にとって、特別な女性です。この機会にぜひ一度、お父さんにご挨拶をさせて頂きたいと思いまして……よろしく、お取次ぎ下さい」


 瞳が輝き始めた母親とは裏腹に、眞理子は驚きの眼差しで南を見上げたのだった。




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