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ライジング!  作者: 御堂志生
第四章 女神の休日
59/80

(1)寄り道

改めまして、まずはじめに、本作は〝なんちゃってレスキュー物語〟です。


★リアルを追求される方、富士山・登山・レスキュー・警察・消防、そして今回はとくに鎌倉!に詳しい方には突っ込みどころ満載のお話です。


★人物や組織・施設などの固有名詞は、全て架空のものです。実在のものとは一切関係ございません。


以上の点、ご了承の上、よろしくお願い致しますm(__)m

 JR横須賀線、北鎌倉駅に下りの電車が滑り込んだ。

 長身でスーツ姿の男がホームに降り立つ。ホームに屋根はなく、乗降客もまばらだ。折しも季節は秋、紅葉の見事な時期である。有名な観光地に近いため、そこそこの賑わいを予測していたらしい。男は少し拍子抜けの顔をした。

 だがこの日は平日、駅の時計は十六時近くを差している。しかも、朝から空模様はどんよりとしており、夕方から天気は下り坂の予報が出ていた。人が少ないのも当然であろう。


 男の名前は南一之。静岡県山岳警察本部、富士山岳警備隊の副隊長を務める。言わずと知れた沖眞理子隊長の右腕だ。

 今日の彼は珍しく紺色のスーツを着込んでいた。着痩せするタイプなのか、いつものカーキ色の出動着に比べて、随分すっきりして見える。ビジネスバッグかブリーフケースを抱えていたら、ごく普通のサラリーマンに見えるだろう。南の手にはスポーツバッグが握られていた。


 彼がスーツを着ているのには当然理由がある。

 本日早朝より横浜市内のホテルで、全国の山岳警備隊隊長会議が行われた。会議はほんの一時間前に終わり、南はその帰りだ。

 隊長会議なのだから、本来は眞理子が出席するべきだろう。だが、彼女はこの手の会議が大の苦手であった。階級・役職ともに似たり寄ったりの面々が顔を合わせる。情報交換と言えば聞こえは良いが、上層部に対する愚痴の言い合いになることも多々あった。年に一度行われるものの、眞理子の場合、面倒を起こさず終えた経験がない。ここ三年は、隊長代理で南が出席していた。

 開催場所は毎年変わる為、出席者は全員一泊予定だ。

 会議は十五時で終了、夜は宿泊先で慰労会と称した打ち上げ。だがそれは、あっという間に無礼講の宴会と化す。やがて、コンパニオンをお持ち帰りする会に変貌を遂げるのだ。

 こういった実情も、眞理子が会議への出席を忌避する理由の一つである。どうやら新顔の隊長は、酔った挙げ句に眞理子をお持ち帰りの頭数に入れようとするらしい。

 南がそれを聞いた時、怒りより同情を覚えた。


 南自身、一夜の恋愛には全く興味がない男だ。仮にも警察官である以上、風俗店の利用も論外だと考えている。

 同じ警備隊の中でも、緒方や内海などは積極的に合コンにも参加するタイプだ。しかし、南にはその経験もなかった。女性との交際は大学時代に手酷い失恋をして以降、十年ほど遠ざかっている。だが、特に不都合を感じることもなく、気付けば三十二歳になっていた。


 隊長会議の世話役に『緊急呼び出し』と偽り、南は横浜を後にした。

 そのまま富士に戻るつもりが……横浜駅で見た〝鎌倉〟の文字に心惹かれ、ついつい横須賀線に乗り込んでしまったのである。


 鎌倉市は南の敬愛する眞理子の出身地だ。北鎌倉の商店街の一角に眞理子の実家があるという。

 だからどうだ、と言うわけではない。ただ何となく、好きなアイドルの実家を覗き見るに等しい高揚感に駆られ、南は北鎌倉の駅に降りたのだった。



「小学校高学年のときかな。何の気なしに出た子供相撲で男の子全部投げ飛ばしちゃってさ。ついたあだ名が〝金太郎〟……最悪だよ、ほんと」

 そんな眞理子の言葉を思い出し、南は頬が緩んだ。


 眞理子に関する逸話は数多くある。警察学校時代の彼女はお世辞にも成績は良くなかった。とくに法学などの座学ざがくでは下から数えたほうが早かったという。そして、そんな彼女を目の仇にする教官がいた。

 術科じゅっかの教官で、眞理子の全身に痣が出来るほど柔道や合気道、逮捕術の指導を繰り返した。それだけなら厳しいが訓練の一環とも言えよう。問題はその後だ。おとなしく従う眞理子に、寝技と称して組み伏せ、体に触れるようになったという。それが何度も続き、他の女性初任科生からも声が上がったため、眞理子が代表で学校長に訴えた。しかし、全く相手にされず……。

 遂に眞理子は反撃に出た。その教官を投げ飛ばし、道場の壁に大穴を開けたのである。

「教官の指導のおかげです、って言い返してやったわ」

 眞理子はそう言って豪快に笑い飛ばした。

 

 誰が見ても、眞理子のパワーは尋常ではない。神様が力の配分を間違ったとしか思えない。さぞやスポーツ万能だったのだろう、と南は尋ねたが、

「全然ダメ。勢い余って壊すんだよねぇ。モノだったらまだいいけどさ……人に怪我させたらマズイじゃない?」

 その割に高校時代は喧嘩三昧だったというが……。

「沖さんちは三人兄弟ってよく言われた。病院で検査したこともあるんだよ。すこぶる健康体って言われたけどね」


 そんな眞理子に進む道を指し示したのが、前任の隊長、藤堂潤一郎である。

 現在の隊員で彼を知る者はいない。だが、ヘリの操縦士である美樹原一也が藤堂の部下だった。眞理子も美樹原も、口を揃えて素晴らしい隊長だったと言う。十九歳の女性にレスキュー隊員としての素質を見出し、ゼロから教えたのだ。既成概念に囚われない、ひとかど人物であることには違いない。現在は富士吉田口五合目にある公営ロッジの管理人を務めている。

 南も一度は会いに行きたいと思う。が、思い続けて実行出来ずにいた。

 理由は一つ。藤堂は眞理子の恋人であった。すでに婚約していたと言う話も聞く。藤堂は四十歳を超えた今も独身でいるらしい。

 つい先日、眞理子が隊長を退いた後、二人は結婚するのだろう、という噂を聞いたばかりであった。


 南にとって眞理子は女神だ。手に入れようとすればきっと罰が当たる。そんな言い訳を繰り返しつつ、北鎌倉まで来てしまう南であった。


 

 ぼんやり佇むホームから、ようやく足を改札口に向ける。

 北鎌倉駅には構内に踏み切りがあった。大きな荷物を床に置き、遮断機が上がるのを待つ老婦人がいる。南はゆっくり歩き出し、笑顔で声を掛けた。




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