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ライジング!  作者: 御堂志生
第三章 洋上の女神
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(20)彼の名は

 眞理子が屋久島の飛行場を発ったのが十四時前。その三時間後、十七時には五合本部のヘリポートに立っていた。

 なんと彼女は、海保のジェットヘリで直行という離れ業をやってのけたのである。そして、これには欠かせない協力者が……ヘリの操縦士・真崎だ。


「ねぇ、本当にとんぼ返りする気? スイートは無理だけど、ベッドと食事くらいは用意するのに」

 そんな眞理子の問い掛けに、

「のんびりしてると、日本海に抜けた台風野郎が進路を変えそうだ。お泊りデートはツケにしといてくれ。君の怪我が治った頃に来るからさ」

 真崎は燃料を満タンにして一通りチェックを済ませる。

 眞理子に「踏み倒すなよ!」と念を押して、彼は空に戻って行ったのだった。


 

 見える箇所の包帯は全て外してある。小さな痣や擦り傷程度なら、どうにか誤魔化せそうだ。しかし、ほんの僅か右足に体重を乗せるだけで……膝から砕けそうな痛みが走る。これではとても出動は無理だろう。


「隊長、お帰りなさ……どうしたんですか!?」

 飛び出して来た緒方が、驚いたように声を上げた。

「ちょっと……海に落ちたっていうか。かすり傷だよ、心配ない。南から連絡は?」

 緒方の後を追って来た立花は俯いて首を振る。

 眞理子が隊長代行を任せた麻生は、内海と組んで南らの捜索に向かっていた。十六時前には麓の本部に連絡済みで、現在は所轄と民間の捜索隊を出す一歩手前だ。五合本部の指示待ちだという。眞理子は出来る限り足を引き摺らないよう無線室に入り、数十秒思案した。


 日没まで一時間もない。他の出動事案は、四合目付近の家族連れは、七歳の子供がいなくなった、と一時騒然としたが……木陰で眠っている所を無事発見。九合目の休憩所の件は、高山病が回復せず、自力歩行が困難となった登山客をヘリで麓に搬送中であった。

 台風は日本海に抜け、現時点で富士に影響はない。天候はむしろ快晴だ。

 眞理子は捜索隊をそのまま待機させ、立花・緒方組に連絡道付近の捜索を命じた。


 そして日没寸前――立花らは御殿場口の新五合目で、民間人四名を連れた南・島崎両名と合流を果たしたのである。



 帰投後、今回の一件が完全な人為的ミスであることが発覚した。

 南の無線が出動後に突発的な事故により破損。そこまでは仕方がないとして……その後、南は島崎の無線で連絡をしていたにも関わらず、その報告を怠った。更には、島崎の無線がなんと充電切れ。電池残量のチェックを忘れた島崎のミスであった。

 四名のうち一名が携帯を所持していたが、救助要請で電池を使い果たし使用は不可。おまけに、四名は登山初心者で南の指示にスムーズに従えない。御中道から須走に戻る予定が難しくなり、急遽、連絡道を利用して御殿場口の方に向かったのだという。

 途中で方向を変えたこと、そして四人のペースに合わせた為、思いのほか時間が掛かってしまった。

 結果、二次遭難の態を示すことになり……。両名は厳重注意の上、向こう一週間、隊員全員の装備点検を命じられたのだった。



~*~*~*~*~



 風見への報告もかねて、眞理子は警察病院で診察を受けた。

 担当医の佐野から、強制入院させない代わりに、出動停止ドクターストップの誓約書にサインをさせられ……。点滴の間中説教を食らって、夜九時近くにようよう釈放されたのだった。



 山に戻り、この日初めての食事にありつけ、ホッと息をつく眞理子の横に麻生がやって来る。


「あの……申し訳ありませんでしたっ! でも、やっぱり無理です」


 麻生は眞理子より四歳年上だ。直感的なタイプではないが、ミスが少ない点を眞理子は評価していた。


「ん? 無理って何が?」

「隊長を見ていると、そんなに苦しそうには思えなくて……。だから、何処かで思っていました。私らだけでも出来るだろう、と。それが……冷静なはずの副長が、出動が重なるだけで表情が変わって来るし」

 麻生の言葉に、南は申し訳なさそうだ。そんな副長を庇うように水原が口を出した。

「いや、俺らも悪いんだ。つい隊長と比べてさ、早く決めてくれ、みたいに言っちゃって」

 水原の台詞に頷きながら、麻生は後を続ける。

「でも……副長もいなくなって、今度は私に決断を迫られたら……それこそ一つも決められませんでした。普段、どれほど隊長にプレッシャーが掛かってるか、骨身に沁みました。やっぱり私らには隊長が必要なんです!」


「あ、ありがと……えっと」


 これまで聞いたことのない麻生の熱弁に、眞理子もどう答えていいのか判らない。

 すると、遠巻きにしていた隊員たちが皆近づいてくる。全員、何か言いたいことがあるのに、譲り合っているような……微妙な仕草だ。 


「何か私に言いたいことがある……のかな?」



 眞理子に水を向けられ、口を開いたのは水原だった。

 

「だからさ……隠すなよ、屋久島でのこと。皆、知ってるんだから、さ」

「えっ、嘘! 誰に聞いたの?」

「本部に行った奴が耳に挟んで来たんだ」

 

 眞理子は咄嗟に風見が言いふらしたのだ、と直感した。

(あんの野郎、言うなって言ったのに……)

 懸命に痛みを堪え、自然に振舞っていたのが馬鹿みたいである。

「いや……別に、隠すつもりはなかったんだけど」


 その瞬間、ガタンと椅子を倒し、南が立ち上がると同時に叫んだ。

「どうしてっ!? どうして、はっきり言って下さらないんですか? 私は……私たちは、隊長の口から聞きたかったです!」

 血相を変えた様子に眞理子は驚き、返答に詰まった。

「どうしてって……そりゃ、余計な心配を掛けたくなかったし。判ったら、みんな気を遣うでしょ?」

「当たり前じゃないですかっ。仕事にも関わってくるんですよ。何を考えてるんですか!?」

 今度は結城だ。

 思いがけず強い口調で叱られ、眞理子は……。

「あ、はい。すみません。いや……でも」

 どうしてここまで怒られるのか、訳が判らないまま謝ってしまう。



 そんな、しどろもどろになる眞理子に、南の疑惑は確信へと変わって行った。

 眞理子はこの結婚話を了承したのだ、と。


「どうしてですか? こんな急に――急に決めたりするんですか? 総本部長に言われたからですか?」

「うん、まあ、総本部長命令なら仕方ないっていうか。断るわけにもいかないじゃない」

「普段の隊長なら断るじゃないですか! それとも、相手がキャリアだからですか?」

「はあ? そうじゃないよ。私が相手の肩書きで動く人間だと思ってるわけ? そんなもん、あってもなくても関係ない」

「それじゃ……よっぽど」


 ――眞理子が一目で気に入るほど、素晴らしい男なのか。

 南はショックを受け、その言葉を飲み込んだ。


「あんまりです。いつかは、と覚悟はしてきました。でも、あと三年、いや五年は……そんな風に仰ったのはつい先月じゃないですか。それが、総本部長の命令だから、と逢ったその日に決めてしまわれるなんて……。隊長の富士に対する思いは、その程度だったんですか!?」



 ここに至って、いよいよ何かおかしいと眞理子も気付いた。

 南の動揺がまともではない。よく考えれば、今回の失態も彼らしからぬミスだ。


「えっと……それは、どういう」

「これでも、少しは隊長の役に立ってきたつもりです。確かに、今日のことを言われたら……弁解の余地もありませんが。それに、私はキャリアではありませんし、階級も隊長より下です。でも……それでも」

「み、みなみ? よく判んないんだけど」

「こんな結婚は止めて下さい! 隊長らしくありません! 相手が誰でもいいなら、私と……」

「結婚!? 誰がっ」

「え……あ、いや、隊長が」

「はあぁ? 誰と」

「ですから……屋久島でお見合いして、隊長が結婚を決めた、と」


 その瞬間、今度は眞理子が椅子を蹴って立ち上がった。

 痛みに一瞬呻くが……それどころではない。


「冗談じゃない! あの役立たずと結婚だって? あんな男のベッドを暖めるくらいなら、熊の巣穴を暖めたほうがマシってもんよっ!」


 眞理子の口ぶりに南以外の全員がホッと息を吐く。

 だが、南ひとり、まだ疑心暗鬼のようだ。


「あの……本当に結婚されないんですか?」

「だから、一生しないとは言わない。けど、あの瀧川バカとだけは一生しない!」

「そう、ですか。なら、総本部長命令とか、それに……隠すつもりはなかった、というのは?」


 眞理子の見合い話が流れたと聞き、途端に冷静さを取り戻したらしい。南は眞理子の失言を聞き逃してはいなかった。


「え? えっと、ちょっとしたトラブルがね。何と言うか……出動命令というか」


 仕方なく、出動の件を話し始め……眞理子の怪我の状態を聞いた時、さすがに全員青くなる。

 結果、彼らも『頼り過ぎ』を反省したらしい。眞理子のドクターストップが解除されるまで「隊長は無線室で待機!」となったのであった。



~*~*~*~*~



 一週間後――眞理子の怪我は抜糸も済み、肩の腫れもかなり治まってきている。


 佐野は眞理子の体を隅々までチェックし、感嘆の声を上げた。

「規格外のパワーといい、その並外れた回復力といい……君の体はどうなってるんだ?」

 万一の場合に備え、眞理子はドナー登録と献体登録をしている。だが、佐野はすぐにも解剖したそうだ。


 

 佐野の手を逃れ、眞理子が富士宮の五合本部に戻ると、海上保安庁からFAXが届いていた。

 やんわりとヘリを使ったことへの抗議文だ。しかし意訳すると『これで貸し借りなしのチャラ』ということらしい。


「海保の真崎操縦士は処分されなかったんでしょうか?」

 眞理子から話を聞いた南は、心配そうに呟くが……。

「ああ、心配は要らない。ヘリの最後部に制服が投げてあって、真崎のネームが入ってた。――チラッと見えた袖章は綺麗な四本線。二等海上保安監なら理由は何とでもつけるだろう」


 階級・役職的には風見と同クラスだ。どんな魂胆があってナンパ操縦士の真似をしたのかは判らないが……FAXの文面に最後まで目を通した時、眞理子は笑った。手書きで携帯の電話番号が書き加えてある。署名はないが、おそらくは真崎であろう。

 だが、正式文書でないものは、早めに消し去るに限る。眞理子はそのままシュレッダーに掛けた。デートのつけは、踏み倒す気満々だ。

 


 そしてFAXとは別に、眞理子のデスクに置かれていたのは一枚の絵葉書――真壁少年からのものだった。


 どうやら、警察に抗議した母親を説得するために、少年は『いじめが原因で自殺まで考えたこと』を告白したらしい。

 眞理子はそのことを那智から聞いていた。だが真実は公表せず、高波に攫われたのはアクシデントで通すことになったという。「山岳警察内部には君の判断ミスと取られ、評判を落とすことになるが……」と那智は申し訳なさそうに言っていた。


 少年は、いじめはまだあるけど、あの時の怖さに比べたら百倍マシ、だという。そして、いつか沖隊長と同じような、誰かを助けられる人間になりたい、と書かれてあった。


 ――じゃあどうして……命がけで助けても、女ってだけで文句を言われるのが判ってるのに


 優花の質問の答えは、この一枚の絵葉書だ。優花が挫けずに目標に向かって行けたなら、きっと手にする時が来るだろう。

 眞理子は優しい笑みを浮かべ、しばらく絵葉書を見つめていた。

 すると……中身が気になったのだろうか? 南も横から覗き込んでいる。


「良かったですね、元気になってくれて。ところで……この最後に書いてあることは?」

 

 真壁少年は最後に『僕と同じ名前の人によろしく!』と結んでいた。


「え? ああ……登攀中に一番隣にいて欲しい人と同じ名前だ。代わりのいない人間だ、と少年に言ったんだ」

 眞理子の返事に、南の目は覿面てきめん泳ぎ始める。

「それは……あの、私も知ってる人間ですか?」

「何? 気になる?」

「まあ、その、突然結婚と言われても……心の準備が」

 なりはでかいが、言うことは一々乙女のようで、眞理子は堪え切れずに吹き出した。

「大丈夫、大丈夫。南に黙って、その人と結婚したりはしないから」

「そう願いたいですね。もう、この間みたいな状況は勘弁して下さい」

「ああ、そう言えば……結婚を止めてくれ、って言ってたよね? その後なんて」


 南は唐突に立ち上がると、眞理子の言葉尻を掻き消すように叫んだ。

「隊長! そろそろ巡回の時間なんで」

 あたふたとカーキ色のキャップを被り、事務室を出ようとする。


「待て、南。私も一緒に行くから……おーい」

 呆れた口調で、眞理子もキャップを掴んだ。そして、手にしていた絵葉書をデスクの上に置く。


 表向きに置かれた絵葉書の差出人は――

 “鹿児島第一小学校五年A組真壁和幸まかべかずゆき”と書かれてあった。




           (第三章 完)




御堂です。

ご覧いただきありがとうございました。


ジェットヘリの燃料代いくら掛かると思ってるんだ! という突っ込みはなしでお願いします(爆笑)

南副長ですが…どさくさに紛れて色んなことを言ってますけど。

眞理子の本音や如何に? といった辺りで第三章終了となりました。


完結マークはつけませんが、ここで一旦連載終了とし、しばらくお時間を頂きたいと思いますm(__)m


拙作にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

少しでも楽しんで頂けましたら、大変嬉しく思います。

また連載を開始した時には、ぜひお越しくださいませ。

皆様に心よりお礼申し上げます(平伏)


御堂志生(2010/07/07)


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