表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジング!  作者: 御堂志生
第三章 洋上の女神
56/80

(18)富士の迷子

「あの……沖さんに電話が掛かってるんですが」

 さっきより若い看護師がやって来る。

 眞理子が了解してベッドから下りようとすると……。


「ちょ、ちょっと! 無理ですよ、隊長」

 優花が慌てて止めに入る。だが、外科の病棟にいる限り、携帯で掛け直すにしても外に出る必要があるだろう。眞理子がそう答えると、看護師の女性が子機を持って来てくれた。

「この病室なら届きますから」

 礼を言って眞理子は受け取る。



『はい、代わりました。沖です』

『私だ。出動の件は聞いたよ。怪我の具合はどうだ?』

 風見本部長である。

 ここまで掛けてきたことを考えると、どうやら那智から話を聞いたらしい。

『残念ながら生きてます。かすり傷ですよ』

『出血多量で、島中のO型血液をかき集めたと聞いたぞ』

『血の気が多いもんで、そう見えたんでしょうね』

『ったく、口の減らない奴だな。でも、無事でよかったよ』

『今回の件、南に……部下たちにも話がいってますか?』

『あ、いや……こっちでも出動があってね。まだ話してないんだ』


 風見の口調に眞理子は少し引っ掛かった。


『では、黙っておいて下さい。屋久島まで来て、ドジを踏んで病院送りなんて、自慢にはなりませんから』

『ああ、判った。そうだな……余計な心配は掛けないほうがいいな』

『ええ、出血多量なんてことも言わないで下さいよ。ところで、そっちの案件は片付きましたか?』

『え……あ、ああ……あの、問題ない。小さいのが二~三件重なって、ちょっとバタついたが……もう片付くよ』


 この風見とも、およそ十年の付き合いである。キャリアの割に嘘が上手な男ではない。いや、キャリアだけに、腹の据わった嘘はつけないと言うべきか。


『そうですか。では、私が急いで戻る必要はありませんね』

『あ、ああ。ゆっくり……良くなってから戻って来たらいいぞ』

『判りました。では、失礼します』


 ピッと電話を切ると、眞理子は子機を睨んだまましばらく考え込む。


「あの……沖隊長? 電話を返して来ましょうか?」

 小さな声で優花が声を掛けるが……どうやら、眞理子の耳には何も聞こえていないらしい。

 しばらくすると、不意に眞理子は子機の外線ボタンを押し、電話を掛け始めた。

「沖隊長? どうかなさったんですか?」

「ん? ああ、どうしても気になってね」

「はあ……」

 納得しかねる顔で優花は頷く。


 十数回のコールした後、ようやく……『はい。五合本部、麻生です』

『ああ、麻生か。私だ。変わったことは』

 なかったか? と聞こうとした瞬間、電話の向こうで麻生が吼えるように叫んだ。

『隊長! 何度も携帯に電話したのに、なんで出てくれないんですかっ!』

 麻生の声を聞きながら、眞理子は指先でバッグを指し、優花に持って来てくれるように頼む。

『ああ、ちょっとね。充電を忘れてたんだ。……で?』

 バッグから携帯を取り出すと、電源を入れる。不在着信が十二件も表示されていた。


『副長が……南副長が、連絡がなくて、島崎も一緒なんです。他にも出動があって……一体どうすれば』

『麻生。麻生、落ち着け。聞かれたことに答えろ。南がどうした?』


 慌てふためく麻生であったが、眞理子と連絡が取れたことで少し落ち着いたらしい。

 そして彼が報告した内容は――新人の島崎と一緒に出動した南からの連絡が途絶えた、というものであった。



 本日は登攀救助を必要としない軽微な出動が重なったという。七原と水原が非番だったが、結局午後からは二人とも呼び出され、任務にあたった。

 その一つが、南と島崎で出動した、迷子の登山客の保護である。

 

 救助の要請があったのは、須走ルートから御殿場ルートに繋がる御中道おちゅうどうと呼ばれる場所だ。ほぼ、道らしい道はない。眞理子らが使う連絡道より三~五〇〇メートル高い位置にあり、一応は富士をグルリと一周するようになっている。だが実際には、通行禁止の場所も多く、主に利用されるのは道が残っている北富士側のみだった。

 しかし、中にはそんな道無き道を選ぶ登山客もいて、須走から御殿場までを抜けようとしたらしい。通常は案内人を雇うか、経験者が同行するものだが……。通報のあった登山客は、なんと初登山の人間ばかりだった。



『連絡が途絶えてどれくらい経つ?』

『四時間を超えました。まさか、二人の無線機が同時に故障するなんてあり得ないでしょう? 副長がいてなんで』

『保護したのはどの地点だ? 人数は?』

『えっと……須走の六合目から一の沢に向かった中間地点で、男女四名、何れも五十代のパーティです。それと、四合目付近では家族連れが、九合目の休憩所からも救助要請が入りました。後、たった今、消防からも応援要請が来てて……一体どうなってるのか訳が判らない!』


 九月末、家族連れのハイキング客も多く、校外学習の一つで“林間学校”の子供たちが訪れる時期でもあった。他には、営業している山小屋目当てに、夏登山の気分で計画書も出さずに登る人間が増える季節でもある。

 そういった出動がたまたま重なり、しかも、隊長代行である南との連絡が途絶えた。


『落ち着け、麻生。いいか、消防の要請には手が足りないと断れ。二箇所の救助要請には三人ずつ派遣し、残り二人は須走の六合目から御中道の正式ルートを辿らせろ。民間人を四人連れて、相棒は島崎だ。南なら確実にルートに戻ってくる』

『でも……もう四時間も』

『まだ四時間だ。大丈夫、奴はそれほどヤワじゃない。南を信じろ。私もすぐに戻る。人員の振り分けはお前に任せる。出来るな』

『……隊長』

 

 眞理子の声を聞いてホッとしたのだろう。大の男が泣きそうな声である。


『麻生、南が不在なら、私が戻るまでお前が隊の指揮官だ。大丈夫だ。深呼吸したら、腹に力を入れて正面を向け。お前ならやれる』

『はい。了解しました!』


 

 眞理子は電話を切るなり、左腕に刺さった点滴の針を抜いた。

「な、な、何をなさって……」

 優花が口を挟む前に、さっさと入院患者用の寝間着まで脱ぎ捨てる。トップレスの眞理子の姿に、見ている優花のほうが真っ赤だ。

「いっ……つぅ」

 小さく呻きながら、着替え始めた眞理子に、優花はハッとして声を掛けた。

「たい……隊長? 起きたら駄目だと思うんですけど……あの」

「緊急事態だ。戻らなきゃならない。済まないが空港まで送ってもらえるかな?」

「も、戻るって、富士にですか!? そんな無茶な」


 困惑する優花に軽く微笑みかけ、病室から出る眞理子だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ