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ライジング!  作者: 御堂志生
第三章 洋上の女神
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(11)命令

 周囲に微妙な空気が漂う。誰もが何かを言いたくて……だが、誰に何を言えばいいのか判らない。口を開きかけては閉じる、を繰り返している。

 そんな中、眞理子は固く唇を引き結び、瀧川の立ち去った後を見つめていた。


「眞理子くん、行ってくれんか?」

「……彼のベッドを暖めに、ですか?」

 

 冷ややかな眞理子の反応に、那智は大きくため息を吐いた。

 他の幹部連中もようやく口を開き、

「まあ、瀧川くんがああ言ってる訳ですし。もちろん、沖くんの能力は買ってるが、ここは屋久島ですからね。彼に任せてみては?」

「そうそう。屋久島に慣れてる瀧川くんなら、どうにかしてくれるさ……きっと」


 山も海も崖は崖、海保も消防も山岳警察も全部レスキュー隊でやることは一緒。そんな風に思い込んでる連中に、付け加える説明はないだろう。


「眞理子くん!」

「お断りします! 私は富士の山岳警備隊員です。屋久島の海で、私の果たすべき責任はありません。失礼します」

 那智のことだ。眞理子が出ないとなれば、最終的に瀧川一人では出動許可を出さないだろう。


 眞理子とて子供の命は救いたい。腕には多少の覚えがあり、それなりの自信と経験もあった。

 だがそれを根拠に出動するなど愚の骨頂だ。何の裏打ちもなく計算も立たないのに、自分の勇気を自慢したいだけの“小人しょうじんの勇”に過ぎない。普段の眞理子が、部下に対して最も戒めている行動の一つである。

 眞理子はクルッと背を向けると出口に向かって歩き出した――その時。


「また逃げるんですか? 子供が……子供が死に掛けてるんですよ!」


 眞理子の背中に怒鳴りつけたのは、長崎優花であった。


「山だ海だって言ってる場合ですか? テリトリーなんて拘ってる場合じゃないでしょう? ここの消防にも警察にもレスキューはないし、海保が間に合わなかったらどうするんですかっ」

 見る間に優花の目に涙が浮かぶ。それを彼女はグイと拭うと、 

「子供を助けに行くと言う、うちの隊長は正しいと思います。少しでも、あなたのようになりたいと思った自分が恥ずかしいです。子供を見殺しにするあなたに、レスキュー隊を名乗る資格はないわ。最低です!」

 燃えるような目で眞理子を睨んだ。



「――それで?」


 全く動じない、冷たい瞳を眞理子に向けられ、優花は一瞬たじろいだ。しかし、そこで視線を逸らすことなく、グッと踏み止まる。優花は思った以上に肝が据わっているらしい。

 そして、眞理子が思ってもいなかった言葉を口にしたのだ。


「那智総本部長殿! 私に出動命令を下さい。瀧川隊長と一緒に子供の救出に向かいます!」

 唐突に出動を嘆願され、那智はポカンと口を開けていた。だがすぐに頭を振り、「それは出来ん」とあっさり却下する。


「でも……他の隊員は全員本土です。屋久島に隊長以外は私しかいません。私もレスキューの内部試験は合格しています。お願いしますっ!」

「そんな危険はことは絶対に許可できん! 眞理子くん、何とか言いたまえ」

「お願いします! レスキューを志した時に危険は承知の上です。いつでも命を捨てる覚悟は出来ています。どうか私を」


 眞理子は目を閉じた。


(この子は……十年前の私だ)


 “やりたいこと”と“出来ること”そして、“しなければならないこと”の区別も付かない。人生に、頑張って出来ないことなんかない。出来ないのは、自分の頑張りが足りないせいだ、と思い続けた。見ているだけで恥ずかしくなる、過去の自分なのだ。

 雛に道を教えるのは、前を歩く者の務めであろう。

 眞理子は静かに息を吐き、目を開けた。一旦決めればグズグズはしていられない。踵を返し、眞理子は那智の前に立つ。


「私に、指揮権をいただけますか?」

 彼の顔がパッと輝いた。

「ああ、もちろんだ。では、沖警部――山岳警察総本部長として命じる。瀧川警部と組んで少年の救助にあたれ。無事を祈る」

「了解しました」

 サッと敬礼をして……優花を指差した。

「この、長崎巡査を使ってもいいですか?」

「構わん。長崎巡査、たった今より沖警部の指示に従え」

「え? あ、はい」

 突然のことに状況が飲み込めないまま、優花も敬礼で応じる。


「で、正直な話、勝算はあるかね?」

 那智は眞理子に近寄り、コソッと尋ねた。

「海岸沿いの壁は登攀経験がないので判りません。地元の救助隊とライフセーバー、あと……漁師さんを呼んでもらえますか? それに子供の名前と身長体重、既往症の確認をお願いします。それから、海保が到着しだい引き継ぎますのでご了解ください。では、出動します」


 眞理子の『漁師』の一言に、そこにいた全員が首を捻ったのだった。



~*~*~*~*~


 

 ジャージ姿のまま、眞理子は装備一式が用意されている捜索本部に向かう。眞理子の宿泊するホテルから、本部までは車で飛ばして約三十分。そこから現場まで徒歩約十分といったところか。十分ほど先行した瀧川にはじきに追いつけるだろうが……。


「あの……本当に大丈夫ですか?」

 

 サイレンを鳴らした警察車両の後部座席に座り、思案する眞理子の隣で優花が不安そうに声を掛けた。


「ん? 何か言った?」

「いえ、あの……ですから、本当に警部が救助に向かわれるんですか?」

「あのさ……行かないと言ったら、最低だと罵られ、行くと言ったら、大丈夫かって……あんまりな言い方じゃない?」

 優花自身もそう思ったのだろう。折れるくらい頭を下げながら、

「し、失礼しましたっ! でも……瀧川隊長がなんとおっしゃるか」

「聞いたでしょう? 総本部長命令なんだから、瀧川警部に逆らう権利はない。指揮権は私が持つ。あなたもそのつもりで」

「は、い」


 眞理子より瀧川を知る分、優花の返事はかなりあやふやなもので……その懸念は的中したのである。




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