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ライジング!  作者: 御堂志生
第二章 女神の過去
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(18)最敬礼

 消防庁により行われた公葬に、富士山岳警備隊の隊員も参列した。

 普段あまりお目にかかれない、山岳警察の制服姿だ。一般の警察官とは若干デザインも違い、出動着と同じカーキ色であった。

 眞理子も婦人警官のタイトスカートではなく、男性同様、スラックスに制帽である。そこそこ長身で姿勢の良い彼女にはお似合いだった。


 今年の春、班長に任命されたばかりの岡村は降格となり、通常の消防隊員に戻るそうだ。安西も一旦現場を離れ、レスキューの再訓練を受けることになったという。大隊長の三沢は身分据え置きで地方の消防署の署長に……出世コースからは外れるので事実上の降格処分だ。分隊長の宇佐美は減俸で訓告、役職・身分はそのままとなった。

 結局、本部命令にミスはなかった、と言うことになり、最終的には現場に詰め腹を切らせた形である。


 葬儀の後、岡村は眞理子を見つけ駆け寄った。

「沖隊長!」

「岡村班長、お疲れ様でした」

「いえ、こちらこそ。お怪我は如何でしょうか?」


 普通ならポッキリ折れるほどの圧力が掛かったはずだ、と医者は首を捻った。だが、眞理子の左腕はロープに強く挟まれ、縄の痕は残っているものの……骨や筋に損傷はなく、既に職務に復帰している。

 頑丈なだけが取り得だから――そう言って笑顔を作る眞理子に岡村は心底ホッとしたようだ。 

 

「本当にありがとうございました。安西を助けることが出来たのは、全て隊長のおかげです。最初に無線を受けた時、私に勇気があったら……佐藤を、死なせることはなかったのに……それだけが悔やまれてなりません」

 

 岡村の目は真っ赤であった。

 あの時こうしていれば……それは生き残ったものが負い続ける責め苦だ。理屈や理性ではなく、考えるより先に感じてしまうことである。胸に同じものを抱える眞理子には、岡村の苦悩が痛いほど判った。


「ライトの件もそうです。他の隊員に気を配ることも忘れ……隊長も安西も、無用な危険に晒してしまった。本当に、お詫びの言葉もありません」


 岡村は両手を体の横に付けると、そのまま二つ折りになるように頭を下げる。

 そんな彼に眞理子が掛けた言葉は……。


「岡村班長――佐藤隊員のためにも、これから何が出来るか、です。悲劇を繰り返さないように、それぞれの場所で精一杯の努力をして行きましょう」

 

 岡村はもう一度謝罪の言葉を口にした。そして富士を離れる自分に代わり、部下たちを頼むと何度も、何度も頭を下げたのだった。

 眞理子は内心、岡村の後に来る班長しだいだろうな、と思いつつ……。自分に出来る、可能な限りの協力は惜しまない、そう約束したのであった。

 そして最後に、彼は思い出したように、もう一つ謝らなければならないことがある、と言った。


「実は……これまでの部下の非礼を止めようともせず、見逃していました。何卒お許しくださいっ」

 どうやら、部下同士の喧嘩の件らしい。

「非礼とは何を指すのか判りませんが……。同じ山で働くもの同士です。コミュニケーションも時には必要でしょう。多少度が過ぎてるのは、ご愛嬌ですよ」

 静かに微笑む眞理子につられて、ようやく、頬の緩む岡村であった。



 その時である。和やかな空気を壊す冷徹な声が辺りに響いた。


「いい気なものだ。そんな女に手玉に取られるとは」


 三沢大隊長だ。彼は出世コースを外され地方に飛ばされるのを、岡村だけでなく、現場の隊員や眞理子らのせいだと思っていた。

 公葬には大勢の幹部が参列し、多数のマスコミが取材に来ていた。だが、今はもう取材陣は引き上げて、会場に残っているのは、富士宮の山岳警察と富士吉田の消防関係者のみ。

 眞理子の実績を知る幹部の中には、「初めから沖隊長に任せないからだ」とまで言う人間もいて……結果、三沢は大叱責を受けたのである。三沢にすれば、だったら初めから言っておいてくれ、と憤懣やる方ない。


「全く、部下が能無しだと、こっちもいい迷惑だ! こんな女に出来ることが、男のお前らに出来んとは……」


 眞理子の見た感じでは、三沢はどうやら一杯入っている様子だ。幹部らには食事の席が用意されたというが、酒には手を付けない決まりである。だが、腹立ち紛れに飲んでしまったらしい。

 眞理子は南に合図をして、岡村に軽く会釈し、会場を後にしようとした。


「おいっ岡村! 貴様も死んだ佐藤も消防士失格だ。この役立たずめ!」



 その言葉に、見る間に岡村の……いや、消防レスキュー全員の顔色が変わった。

 岡村にすれば、彼自身はともかく、殉職した佐藤隊員の悪口だけは許せないはずだ。岡村の目に明らかな怒りの炎が宿る。彼は固く拳を握り締め、三沢に向かって一歩踏み出した。

 だが……岡村は唐突に襟首を掴まれ、後方に突き飛ばされた。眞理子である。

 彼女は被っていた制帽を取ると、南に向かって放り投げた。そして、呆気に取られる岡村を尻目に、一気に三沢との間合いを詰める。サポーターを巻いた左腕で三沢の胸倉を掴み上げ、流れるような動作で右ストレートをお見舞いし、三沢を一発でKOした。


 ヒュー! 直後、周囲からは賞賛代わりの口笛が多数上がった。


 だがそこに、消防本部のお偉いさん方が走って来る。

「お、おい! け、警官が、暴力を振るっていいのか? 君は……自分が何をしたか、判ってるのか?」


 現場で宇佐美分隊長を黙らせた一件――。あれは消防隊員の証言で、安全の為止むを得ず、というのが渋々認められたばかりであった。今回はそうは行かないだろう。だが、例えそれでも髪の毛一筋の後悔も眞理子の胸にはなかった。


「判っています。逮捕状でも辞令でも、五合本部までお持ち下さい。では、失礼致します」

 眞理子はスッパリ言い切ると、南から制帽を受け取り被り直した。

 そして、岡村以下消防隊員に敬礼をすると、眞理子らはその場を立ち去る。彼らは、その姿が見えなくなるまで、最敬礼で見送ったのだった。




 その結果……眞理子には三ヶ月の減俸と始末書の提出が命令される。

 三沢の飲酒による暴言が認められ、消防レスキューの尻拭いをした件も差し引かれて……眞理子は戒告並びに停職など、懲戒処分を免れたのだった。


「いっそ謹慎にしてくれたら……のんびり休めたのになぁ」

 苦手な始末書を書き終え、宿舎の食堂で休みながら、眞理子は南相手に愚痴る。

「夏の追い込み時期ですよ。隊長が休暇を取ってどうするんですか?」

「休暇じゃなくて謹慎だって」

「同じようなものです」

 南にピシャリと言われ、眞理子は反論も出来ない。

「それに、どうせ気になって、謹慎命令なんか無視するに決まってますから」

 更に図星で……眞理子は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 直後、本部と宿舎内に警報が鳴り響く。

「よし! 行くぞ、南」

「はい」


 富士の夏は、まだまだこれからであった。



         (第二章 完)



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