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ライジング!  作者: 御堂志生
第二章 女神の過去
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(12)絶叫

 今朝一番、パジェロとミニスカートで乗り込んだ富士吉田市内の消防本部である。ヘリを使うと、到着まで僅か十分しか掛からない。

 カーキ色の出動着を着てヘルメットを被った眞理子を、何人が朝の美女と同一人物だと気づいただろうか? 眞理子は消防職員の制止も振り切り、ドンドン奥に突き進む。

 水原の場合、眞理子の行動が読めず、ただ後を追いかけているだけだ。


 そして、本部長室より更に奥、通信司令室と書かれたドアを見つけ、眞理子は押し開けた。

 そこには消防の香田本部長以下、管理職クラスを含め制服着用の消防官が十名程度詰めている。眞理子に無線で怒鳴った三沢大隊長も会議用の椅子にふんぞり返っていた。宇佐美分隊長は現場に出ているようだ。

 正面の壁には複数のモニターが並び、救助活動の現場を映し出している。そのすぐ下に無線機が設置してあった。


「なんだ君は!? ノックも出来んのかっ!」

「部外者は立ち入り禁止だ! どうして止めんのだっ!」

「とっとと出て行かんか! 叩き出すぞっ!」


 数人が一斉に声を上げる。

 男性の怒声が廊下まで響き、女性職員たちは怖じ気づき首を竦めていた。だが、そんな恫喝に怯む眞理子ではない。

 ――ガン、ガン、ガン!

 自らが押し開けた扉を、無言で三回叩いた。


「非礼の段はお詫びします。緊急の用件で参りました。分隊と現場の指揮を私に一任して下さい。お願いします」

 眞理子は素早く言い切ると、そのまま深く頭を下げた。


 いきなり現場に乗り込むことも可能だ。しかし、それでは従った消防士が処罰される可能性も出てくる。山岳警備隊内部のことならともかく、消防の賞罰にまで口は出せない。

 眞理子としては筋を通しに来たつもりであった。だが、そう簡単には行かないようだ。



「何を考えてるんだ君は? 女の出る幕じゃない。引っ込んでろ!」

 最初は唖然としていたが、一人が喚くとそれに続くのが集団心理である。向こうでは、警察を呼べ、という声まで上がり始めた。

「第一、下からなんて百メートル以上あるんだぞ。上からなら、たった十メートルだ。誰の目にもこっちから行くのが当然だ」

 眞理子の瞳に危険な光が過った。だが、その発言の主は何も気づかず、ホワイトボードに貼られた地形図をコンコン叩きながら更に口を開く。

「下から越えられるなら、上からでも行けるだろう。そのために訓練をして、装備も揃えてやってるんだ。全く、何のために給料を貰って」

 

 眞理子はその男の前までつかつかと歩み寄った。そして、等高線の書き込まれた地形図をボードから剥ぎ取ると――ダンッと思い切り手の平でボードを叩いた。


「切り立った崖がこんな平面図で判るか!? 自分で登って見て来い! たった十メートルに何人死んだと思ってるんだ!」


 通信司令室を揺るがす眞理子の怒声に、室内は水を打ったように静まり返る。その激昂ぶりと気迫に、全員が数歩下がりながら息を飲む。

 そしてそれは、水原も同様だ。彼の知る限り、眞理子が部下の前で感情を露にしたことは一度もない。水原と殴り合いの喧嘩をした時ですらそうであった。



 

 束の間の静寂を破り、無線から岡村班長の声が流れる。

『こちら岡村です。第三陣はK点をクリアできず引き返しました。もう限界です。警察の応援をお願いします!』

 それは神に祈るような声であった。しかし、続けて聞こえてきた声は、無情にもその祈りを断ち切る。

『ダメだ、ダメだ! 警察の応援は不要だ。どうしてこんなことが出来んのだ。これくらいでびびって消防が務まるかっ! 火の中に飛び込む下の連中に申し訳ないと思えっ』

 宇佐美の容赦ない命令が飛ぶ。

『……判りました。次は自分が行きます。後は――お願いします』


 岡村の覚悟を知った眞理子は、本部長の香田に直訴する。この中で最も彼女の実力を承知している人間だ。三沢は四月に他県より配置換えしてきたばかりで、宇佐美は、知っているが認めたくない、というタイプであった。


「経験のない岡村班長には無理です。私に指揮権を下さい。責任は私が取ります。香田本部長!」

「警察が出る幕じゃない。何度言ったら判るんだ!」


 決断を迷う香田本部長の横から、三沢大隊長が口を出す。

 その時、現場から無線が入った。

『こちら佐藤……ロープが……外れそうです。班長、早く応援を』

 それはK点の真下、天井部分で身動きが取れなくなった隊員からのSOSだ。


 誰も指示が出せないのを見て取ると、眞理子は無線に飛びついた。

『あるだけのハーケンを打ち込んで支点を確保しろ』

『もう片手しか……使えません……』

『消防ならカムを装備しているな? 岩の裂け目に押し込んで支点を取るんだ。なるべく動かずにそのま……』

「いい加減にしろ! 勝手に消防無線を使うなっ」

 三沢大隊長は横から眞理子の腕を掴み、無線の使用を遮った。


 彼の耳にも、眞理子の実績はもちろん届いていた。だが、丸っきり信用していなかったのだ。三沢の年齢は四十手前、消防キャリアの彼に、山岳レスキューの現場も富士の過酷さも判るはずがない。


 眞理子の声に、我に返ったのだろう。岡村班長の声が無線から聞こえた。

『そうだ……カムを使って、何とか維持するんだ。私が行くまで、持ち堪えてくれ』

 岡村の声は、誰の耳にも明らかなほど震えていた。

 眞理子は奥歯を噛み締めると、三沢の太い指を力任せに振り解き、無線のマイクを掴んだ。

『岡村班長、判断を誤るな! 本当に行けるか、行って二人を救助して戻って来れるか、冷静に判断しろ!』

『……』


 三沢はよほど腹に据えかねたらしい。眞理子の襟首を掴むと、そのまま後方に突き飛ばした。そして、そこにあったのは壁ではなくガラス窓――。

 派手な音が通信室内に響き渡り、眞理子の体に砕けた窓ガラスが降り注いだ。

「き、貴様が……勝手なことを、するからだな……その」

 さすがに、ガラス窓に叩き付けるつもりはなかったのだろう。暴力を振るった訳でもない眞理子に、大怪我をさせては責任問題に発展する。動揺を浮かべる三沢に水原の怒りが向かう。


「てめえ! よくもうちの隊長を」

「水原、よせっ!」

 水原が三沢大隊長に飛び掛る寸前、ガラスを振り払い眞理子は立ち上がった。

「でもっ」

「いいから、止すんだ」



 刹那――無線から聞こえた声に全員が凍りつく。


『ロープが……ロープが……』

『佐藤さん……こっちに。こっちに手を……いや、このロープを』

『ダメだ……安西もっとこっちに……班長、ロープが』

『佐藤さん、佐藤さん、手を……もっと、掴まって』

『いやだ……いやだ……死にたくない! 班長……ロープがぁーーー!!』


 その瞬間、無線機をつんざく絶叫が通信司令室にこだました。



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