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ライジング!  作者: 御堂志生
第一章 山を守る女神
16/80

(16)死

 

 次に水原の意識に飛び込んで来たのは、島崎の無線から聞こえるコール音だった。

 辺りは本格的な闇に包まれ、雨足に翳りはない。容赦なしに体温を奪っていく。時刻はすでに十九時半、水原は一時間近く意識を失っていたことを知る。

 

 応援を頼むことは眞理子に弱味を見せるようで悔しいが……。最早、そんなことを言っている状況ではなかった。何としても無線で連絡を取らねばならない。だが、水原が声を限りに呼んでも、島崎はピクリとも動かないのだ。


 ――落下の衝撃で島崎は死んだのかも知れない。


 最悪の想像が水原の脳裏を過る。

 それは……真の恐怖であった。

 言い訳など出来ようはずがない。この事態を引き起こしたのは水原自身だ。島崎に応援を呼ばせようとせず、勝手に動いた。挙げ句の果てに、卑劣な犯罪者の罠にはまったのだ。

 あの女性が怯えていたのは、遭難に対する恐怖ではなく、奴に襲われたものだった。彼女はどうなっただろう。もし殺されていたら……それも自分の責任である。


 そこまで考えた時、水原はハッとした。


『たったこれだけ、大したことない……それを慢心と言うんだ。決められたルールには意味がある。守らなければ、重大な過失を招く可能性がある』


 水原は全身に降り注ぐ雨と共に、眞理子の言葉を身に染みて理解したのである。



~*~*~*~*~



 二十時過ぎ、眞理子は結城と共に、連絡道を須走方面に向かっていた。

 そして、須走口から五合本部に戻る途中の麻生以下四名の隊員とすれ違う。


 眞理子らが使うのは、一般人立ち入り禁止の各登山口を繋ぐ連絡道である。舗装・整備はされていないが、慣れれば車でも通行可能だ。しかし、通常は徒歩で移動する。ヘリの出せない時は最短距離、最短時間で現場に向かう為の欠かせない山道であった。


「隊長! 下山道に不審な痕跡はなかった。島崎が迷うってことはないだろうが……森の中に入り込んだのなら、この雨じゃ足跡も消えて判らんな」

 麻生の報告を受け、眞理子は四人に帰投を促した。だが、内海などは緒方と同じように「まだ動けます!」と叫ぶ。血気盛んなお年頃である。


 確かに、結城と組んでの出動は危険な要素がたくさんあった。島崎と水原に救助が必要な場合、実質独りで向かうことになるだろう。

 とはいえ、結城以外は全員、悪天候の中でレスキュー活動を六時間以上行っている。この場合、何をいても休息が必要だ。使命感に燃えている時は誰もが限界を忘れる。だが、人間の体力は無尽蔵ではないのだ。また、気力でどうにかなるものでもない。食事や休憩、仮眠などに配慮することも眞理子の役目であった。


「内海、動けなくなってからじゃ遅いんだ。良い子で本部に戻りなさい。夜はこれからだよ」


 軽くかわすと、眞理子は結城を伴い先を急いだのだった。 



 登山口付近では、所轄の警官が眞理子らを待ち構えていた。

 五合目にある二軒の山小屋を回ったが、該当者の宿泊も立ち寄った形跡もない、との報告を受ける。

 そして、眞理子が十六時過ぎに下山して以降、麻生ら四人が下りて来るまで、下山口から出た人間は一人もいないと言うのであった。


 下山ルートは四人が確認したはずだ。

 眞理子らは登山ルートを念入りに見て登るが……。麻生の言った通り、足跡は消えており雨音で人の気配を探るのも難しい。下山道と交差するポイントを過ぎ、水原らが女性の雨合羽を視認した地点も通り抜けてしまう。

 新六合目、本六合目と山小屋で水原の所在を確認しつつ、眞理子らは七合目の休憩所に到着したのだった。



 時刻はすでに二十一時半。

 暗闇の中、少し手前で休憩所に灯りが点っていることに気づく。

「きっと水原さんですよ。ひょっとしたら島崎も一緒かも知れない!」

 結城は声を上げ、休憩所に駆け寄ろうとする。しかし、それを止めたのが眞理子だ。

 

 連絡がないのは無線のトラブルかも知れない。だが二人なら、休憩所に入りしだい電話連絡を入れるはずだ。

 眞理子は静かに無線を引き上げ、五合本部に連絡を入れる。緊急電話の使用が無いことを確認すると、眞理子から先に休憩所に足を踏み入れたのだった。



 そこにいたのは男女のカップルである。雨の中、辿り着いて間がないようだ。二人とも床にザックを下ろし、雨具を脱ぎ捨てて座り込んでいた。

「山岳警察の沖です。下山勧告が出ていますが……どうされました?」

「あ……俺ら、東京の大学生で……他にも何人かと来たんですけど、はぐれちゃって……」

 男は妙に愛想良く笑い、彼女に寄り添う。女性の表情には、疲労より濃い恐怖の影が、くっきりと浮かび上がっていた。

 

「そうですか。残念ながら、ここにはろくな設備がないんです。お疲れとは思いますが、しばらく休憩した後、下山をお勧めします」

 言いながら、眞理子は背負ったザックを下ろし結城に預ける。小さく「お前は動くな」と声を掛けることも忘れない。そして、そのまま二人に近づいた。


「気分は悪くありませんか? 自力歩行が困難な場合は、こちらで背負って行きますので安心して下さいね」


 眞理子は女性を労る仕草を見せながら、笑顔でカップルの間に割って入る。

 結城は眞理子が何をしたいのか訳が判らず……呆然と立ち尽くしていた。


「ああ、それから……申し訳ありませんが、富士の山道で若い女性が襲われるという被害が出ています。身元を確認させていただきますので、ご住所とお名前をお願いします。東京の学生さんでしたね? では、大学の名前も」

「ええ、いいですよ。身分証明書を出しますね……どこにやったかなぁ」


 男は屈み込んで脱ぎ捨てたヤッケの中を探り始めた。 

 そして、眞理子が無防備な背中を見せたその時――男の顔からわざとらしくへりくだった笑顔が消えた。一瞬で狂気に満ちた表情が露になる。男はヤッケに隠したサバイバルナイフを手に立ち上がり、眞理子の首に突きつけたのだった。


「隊長!」


 刃渡り二十センチ以上、銃刀法違反確実な大型のサバイバルナイフである。それが眞理子の喉元に当てられているのだ。結城の叫び声が休憩所内に響く。

 だが、そんな状況下で眞理子のしたことは、女性の腕を掴むと結城に向かって突き飛ばした。更に、動こうとする部下を目で制する。


「へへへ……山岳警察って馬鹿ばっかりじゃん。あの連中もホント間抜けだったしさ。お姉さんにもすぐに、後を追わせてやるよ」

「――殺したのか?」


 眞理子は無表情のまま、シンプル且つ、結城の膝を震えさせる質問をしたのだった。



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