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ライジング!  作者: 御堂志生
第一章 山を守る女神
15/80

(15)正体

「なっ! 何だ、いったい」

「今の……女性の声じゃ」


 二人は懸命に下山道を駆け上がり、道が交差した場所から登山道に入り込み更に登った。降り続く雨で道はぬかるみ、足場は最悪だ。


「島崎!」


 水原は森の奥に明るい色を見つけ、声を上げた。暗がりにチラチラと見え隠れする。その不確かな色を目指し、そのまま道を外れ、五十メートルほど森の中に踏み込んだ。

 周囲はそれほど高くない木々に覆われ、体に当たる雨は僅かに力を失くす。辺りに人の気配を感じ……すると、斜面を十メートルほど下った平坦な場所に男と女がいた。


 二人とも二十代前半で、どちらも大学生ぐらいだろうか。明るい色は女性の雨合羽の色であった。派手な蛍光色でしかもオレンジ色だ。背負ったザックも目立つ朱色をしている。足下は完全防水、軽量タイプの登山靴。靴下が見えるということは、下はショートパンツかキュロットスカートなのだろう。髪の長さは判らないが、眼鏡を掛けた小柄な女性であることは確かだった。

 一方男性は、黒っぽいヤッケを羽織り、迷彩柄のズボンを穿いている。かなり重そうな登山靴に比べて、背負ったリュックは小さめだった。


 水原らが山岳警察を名乗ると、男が口を開いた。

 二人は大学生でカップルだという。急いで下山しようと近道をしたところ、斜面から滑り落ちた。自力では登れそうもないので助けて欲しい、と言うのだった。


「さっきの悲鳴は?」

「彼女が落ちたときに声を上げたんだ」


 一瞬、違和感を覚えた水原だったが……それが何か思いつかない。

 水原にしても早朝に富士宮口から登り、ずっと山にいる。途中、食事以外は七合目と九合目にある山岳警察の休憩所で体を休め着替えた程度だ。とても万全の状態とは言い難い。


「すぐに本部に連絡します。救援を頼みましょう」

 島崎はそう言うと山道に戻り、現在地を確認して無線を手にした。そこを水原が邪魔する。

「待てよ。ほんの十メートルあるかないかだ。ロープ一本で事足りるさ。本部に言ってみろ、あの女が出てきて命令命令とうるさいじゃねえか。俺は休みなんだよ。下山途中に困ってる人を見たら、手を貸すのが山の常識だろ?」

 

 水原はつい先日、眞理子と組んで登攀に挑んだ。

 確かに女とは思えない動きだった。特別に足を引っ張られるという感じでもない。逆に、スピードを上げてもピッタリ張り付いてくるくらいだ。だが、やたら基本基本と煩い。何事も手順通りで、一つでも端折ると口を挟まれ、水原の中で不満は募るばかりあった。




「待ってください! 水原さんはそうでも僕は任務中です。報告は義務です。もしバレたら……」


 つい先日、あと一メートル程度だと、ホッとした瞬間見事に落下するという失敗をしたばかりだ。あの時は眞理子に助けられ、怪我まで負わせてしまった。 

 島崎の中では当然のように葛藤が起きる。彼には眞理子のレベルなど判断出来ない。自分がそれ以下であることに違いはないからだ。そのため、水原が眞理子に苛立つ意味が判らなかった。


「ほんの二十……いや、十分もあれば終わる。俺に任してりゃいいんだ。その間、お前は黙ってここで見てろよ。何かあったら、俺が勝手にやったって報告すればいいだろ。じゃあな」

 言うなりさっさとロープを結んで下りていく。

 島崎は迷った挙げ句、「待ってください。僕も行きます!」と、叫んでいた。

 

 ――最後の一歩まで気を緩めるな。たったこれだけ、が死を招くんだ。


 眞理子の注意は当然覚えている。だがそれ以上に、水原に負けたくない気持ちが島崎の判断を狂わせた。


(たった十メートルだ……大したことないさ)


 二本目のロープを掛け、島崎も大学生カップルの許に下りて行くのだった。



~*~*~*~*~



 傾斜はきついがロープを辿れば歩いて登れないほどではなかった。

 島崎が下に着くなり、水原は腰をロープで繋いだ。念のため、である。

「ここで止まって良かったな。もう一段下は切り立った崖だぜ」

 水原は男女に声を掛ける。

 男は媚びるように笑い「はあ、すみません」と声を出すが、女は顔面蒼白で、手を口元に当てたまま震えていた。


「大丈夫ですか? 痛む場所があったら言って下さい」

「あ……」

 島崎の問い掛けに彼女が口を開きかけた時、

「怪我はしてないよな? ――すみません、こいつビックリして声が出ないみたいで」

 男が慌てて付け足した。

「どうして今頃下りて来たんですか? だいぶ前に山小屋で待機するように勧告して回ったはずですが」


 島崎が質問をぶつけると、男は山小屋を予約していなかったため泊めて貰えなかったのだ、と答える。だが、そう言った登山客のために、山岳警察の休憩所は施錠無しなのだ。悪戯防止のため何も置かれてはいないが、救助を要請出来るように、警察直通の緊急電話は設置してある。

 看板や張り紙もあるのに、どうしてそれを利用しなかったのか、と島崎が更に尋ねようとした時、水原が止めさせた。

「それ以上は五合目に下りてからでいいだろ? 所轄の連中に任せようぜ」


 ふいに男の眉が上がる。だが、水原たちが気づくことはなかった。

   


 男は水原を押しのけ、女を抱きかかえるようにしてロープを手繰り登って行く。水原は思ったより、簡単に済みそうでホッと息を吐き――その時だった。

 一足早く上に辿り着いた男が、ヤッケの下から光る物を取り出したのだ。それは……全長四十センチはあるサバイバルナイフだった!


「おいっ、貴様」

「動くなっ!」

 ナイフの刃を女の首にあてる。彼女は震えるだけで声もない。

 その瞬間、水原は違和感の正体に気づいたのだ。女の装備は天候にも配慮した登山用のものである。しかし、男は違う。一緒に登る人間が、これほどちぐはぐにする訳がない。


 水原は距離を取りつつ、そろりと足を動かす。――その時、男はニヤリと笑った。


「ご苦労さん。じゃあな」


 凶悪なナイフの刃が雨を切り裂いた。

 男はロープを切断したのだ。まだ登り切っていない島崎はバランスを崩し、その場に身を屈めた。斜面から転げ落ちまいと、草や枝を掴む。

 水原は島崎を引き上げようと男から注意が逸れた。その隙に男は水原の背後に寄り、蹴り飛ばしたのである。


 二人は斜面を転がった。

 そのまま、男女がいた位置よりはるか下まで滑り落ち……その先は、水原が言った通り崖であった。落ちる寸前、咄嗟に木に掴まったのは島崎のほうだ。水原の体は勢いのまま崖から飛び出し、宙を舞った。自然の法則で数回岩肌に叩きつけられる。


「み、ずはらさん……大丈夫、ですか?」

「だい……じょうぶ、じゃねえ。くそおぉ!」


 無我夢中で水原は壁に取り付き、雨に滑る手でハーケンを打ち込んだ。数箇所打ち込んで体を固定する。山岳警察の装備ではなく、個人の装備なので数は多くない。それに大きな問題として、水原は無線を持っていないのだ。

 

(ちくしょー。あの女、本気マジでクビにするだろうな……)


 眞理子の怒りを想像し、水原が舌打ちした。

 その時――木がへし折れる音が聞こえた。同時に「うわっ!」島崎が声を上げ、水原を飛び越えて落下。瞬時に二人の立場が逆になり、その衝撃で水原の意識は飛んだのだった。

  



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