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ライジング!  作者: 御堂志生
第一章 山を守る女神
10/80

(10)勝者

「お前さ、いい加減にしろよ。男をなめると痛い目見るぜ」

 水原だった。

 彼は背後から眞理子に覆い被さり、上腕の動きを封じる。さらに、両手首を掴んで手先の自由も奪う。

「いい子になるんなら勘弁してやってもいいが……。じゃじゃ馬を続ける気なら、こっちにも考えがある」


 本気で乱暴するつもりなどない。

 だが、何を言おうが眞理子はあまりにも平然としている。一泡吹かせてやりたい。水原はそんな馬鹿なことを思いついてしまった。強がっても所詮は女だ。部下も男だと判れば、少しは態度も変わるかも知れない。

(いい女なのに……勿体ねぇ)

 水原にすれば、そっちの理由が本音に近い気もした。


 しかし、水原の思惑は見事に外れる。

 上半身を押さえ込まれ、身動きが取れないはずの眞理子だったが……。


「強制わいせつに脅迫、腕を掴んでるから既に暴行だな。ここにはちょうど留置場もある。ぶち込んでやろうか?」

 

 その声に微塵の動揺も浮かんではおらず、それどころか、愉快そうな口ぶりだ。


「ハッタリだと思うなよ。お前みたいな臆病者に任せておいたら、今日のあの子だってどうなったか知れやしない。お前のせいで、何人が犠牲になったと思ってる!」

 逆に、水原の声が震えていた。

 ――眞理子の手首を掴む力が強くなる。


「自分なら救えた、か……それを驕りと言うんだ」

「人を救うのは命懸けなんだ。絶対安全なレスキューなんてあり得ないんだよ! なのに――生きて帰るのが最優先だと? ふざけるな! 女子供のお遊び気分でやられちゃ敵わないんだ。死ぬ覚悟がないんなら、貴様のほうこそ山を下りろっ!」

 


 二年前の夏、この富士で水原は親友を失った。

 高校教師だった親友は、顧問を務める山岳部の引率で夏の富士に登ったのである。だが、不幸にも急激な天候悪化に見舞われた。日没を避けるため、下山を急ぐ最中……渓流で鉄砲水に巻き込まれたのだ。

 それから四十八時間、必死の捜索が続けられる。だが、突如打ち切られ……その理由が「山岳警察の隊長命令」と言うものであった。

 親友の遺体はいまだ見つかってはいない。あの時、あと四十八時間、いや、二十四時間でも捜索を続けてくれていたら……。結果は同じだったかも知れない。だが、ひょっとしたら……そんな思いを打ち消すことが出来ず、水原はとうとう山岳警察を希望したのであった。 



 そんな水原に耳に、眞理子の冷笑が聞こえた。

「随分ご立派な台詞だ。女を羽交い絞めにしてる男の言葉とは思えんな。だが……傍迷惑な覚悟だ。自殺がしたけりゃ他所に行ってやってくれ」


 水原は一瞬ドキッとした。

 確かに、今の姿は警察官にあるまじき体勢だろう。間違っても褒められたことじゃない。


「女に……この覚悟は判らねぇんだよ!」

「仕方ないな。言っても判らないというなら……」


 眞理子は膝を曲げ、目の前の壁に足を置いた。反動をつけ、壁を蹴る。そのまま勢いよく、後頭部で水原の顔面を強打した。

 不意を突かれ、水原は眞理子を離した。

 手で顔を押さえた時、水原は噴き出す鼻血に気づき、舌打ちする。「チッ! きっさまぁ」

「どうだ? 女をなめると痛い目見るぞ」



~*~*~*~*~



 それは、皆で結城を慰めながら宿舎に戻る途中のこと。

 後方の建物から、突然、何かが壊れるとんでもない音が響き渡った。闇と静寂に包まれた森が、一瞬で目を覚ます。

 全員、疲労と空腹を忘れ、大慌てで引き返した。

 裏口から廊下に飛び込んだ隊員たちが目にしたものは……。


 事務室のドアが蝶番ちょうつがいごと外れ、正面の壁に叩きつけられている。その下に蹲っているのは水原だ。彼は背中を擦りながら立ち上がると、吼えるような声を上げて事務室内に飛び込んだ。



 初っ端から顔面に頭突きを食らい、彼は眞理子が一筋縄ではいかない相手だと知る。

 しかし、さすがの水原も女を本気で殴るわけにはいかない。どうにか、眞理子から降参させようと必死だった。……とはいえ、眞理子の真後ろに立つことは非常に危険だ。二度と同じ手は食わないように、眞理子の頭を押さえ込み、右腕で喉元を締め上げる。


「ほら、謝れよ。男には勝てないと認めろっ!」


 横から眞理子の顔を覗き込み、水原は言った。その瞬間、眞理子に左肘で頬を強打され仰け反る。水原の腕が緩んだ隙に、眞理子はスルッと拘束から逃れた。そのまま腕を取られ、水原は机の上に捩じ伏せられる。 


「そっちこそ、適当に切り上げたらどうだ? 女に負けたら洒落にならないだろう?」



「た……隊長! 一体何を」

 最年長の立花の声であった。眞理子の意識が駆けつけた隊員らに向く。


 それは眞理子が見せた隙だった。水原は本能でそこを突き、無意識のうちに眞理子を投げ飛ばしてしまう。眞理子の体は宙に浮き、机の上を転がって反対側の壁にあるホワイトボードにぶち当たった。ホワイトボードは机に向かって倒れこみ、眞理子も床に倒れたまま起き上がって来ない。

(や、やべぇ)

 水原は血相を変えて駆け寄った。

「お、おいっ! 大丈夫か……」

 近づいた瞬間、水原は眞理子に足を払われた。前かがみに倒れたその時、彼女の膝が鳩尾みぞおちに入る。そのまま、一連の動作で蹴り飛ばされた。

 水原は胃液を吐きながら床に転がる。


「余裕見せるのは結構だが……やるなら本気で来い」


 眞理子は口元を拭い、右肩を押さえながら立ち上がった。



 壮絶な二人のバトルに、隊員たちは止めるに止められない。事務室に足を踏み入れることも出来ず困り果てる。

「副長だ! 副長を呼んで来い!」

「副長はこんな時に何処行ったんだ!」

 誰もが南の名を挙げた。かろうじて、眞理子を制止出来るのは副長の南だけなのだ。だが、南とてサボっている訳ではない。

 

 次第に、眞理子の動きにぎこちなさが出て来る。水原の目に、眞理子は明らかに右肩を庇い始めたのだ。さっき投げ飛ばされた時に痛めたに違いない、水原はそう思った。

(……決着をつけてやる)

 水原は卑怯を承知で眞理子の右腕を狙った。一瞬の隙を突いて腕を取り、逆手に捻り上げる。痛めた肩に響いたのか眞理子の顔が歪んだ。


「ゲームオーバーだ。お前の負けだよ。そう言えっ!」



「何をやってる!」

 ――その瞬間、無線室側のドアから入ってきた南が声を上げた。




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