第二話 修羅の国の姫
戦の音が絶えない国 修羅の国ドラゴ。
この地は、炎と鉄と竜の咆哮に満ちていた。
畑は焦げ、民は疲れ果て、城下町には笑顔がなかった。
竜の国ドラゴは代々、竜を駆る戦の民によって治められてきた。
しかし長男・ランバード=ガンエレファントの戦死を境に、国は混乱の渦に落ちた。
その混乱を一手に支えていたのが、次女・ミッシェル=ガンエレファント。
彼女は兄の竜槍を受け継ぎ、自ら竜を駆って前線に立つ“闘う姫”として名を轟かせていた。
だが、戦の代償はあまりに大きかった。
ミッシェルの体は無数の傷と痣に覆われ、心は刃のように尖っていた。
勇者・アルベルトは、ゼロ部隊の人事部長としてこの国を訪れる。
目指すはただ一人 竜騎士の姫である。ミッシェル=ガンエレファント。
「……で、貴様が噂の“勇者”か?」
ミッシェルは黒竜グランデルの背に腰かけ、アルベルトを見下ろした。
その瞳は氷のように冷たく、声には一切の情がなかった。
「私を部下にしたい? はっ、笑わせるな」
竜槍を地面に突き立て、彼女は一歩前に出た。
「貴様のような甘ったれた男に、我が誇りを預けるとでも思ったか?
この国の土は、血で濡れ、骨で肥えている。
優しさや平和など、ここでは腐るだけの幻想だ」
アルベルトは口を開こうとしたが、ミッシェルの怒声がかぶさる。
「貴様のヘラヘラした顔を見るだけで虫唾が走る!その口で理想を語るなら、まずこの国を焼いた敵軍十万を一人で屠ってみせろ。話はそれからだ!」
「……!」
「何が勇者だ、貴様のような温室育ちの英雄に、修羅の業火がわかるものかッ!」
その言葉に、アルベルトもさすがに言葉を失う。
怒りではない。その声の奥にある“覚悟”に、ただ圧倒された。
夜。野営地に戻ったアルベルトは、焚き火のそばで小さな影に語りかける。
ゼロ部隊 裏マスコット、“ベビーサタン”のさっちゃんである。
「いやぁ……今日は完全にやられたわ。あの姫、完全に人間やめてる。怒鳴られるたびに竜の咆哮が聞こえたぞ」
さっちゃんは焼きマシュマロを翼でふるふる震わせ、ぽつりと呟いた。
「……あの人、本当はとても繊細なのよ」
「繊細?」
「うん。あの人、竜としか心を通わせてない。唯一心を許してるのは、あの黒竜グランデルだけ」
アルベルトはその言葉に目を細めた。
「竜……そうか。彼女は、竜を“愛している”のか」
「うん。竜と兄様だけが、あの人のすべてだったんだと思う」
アルベルトは焚き火を見つめながら、静かに呟いた。
「なら……そこに、糸口があるかもしれないな」
炎の揺らめきに照らされ、勇者の瞳にふたたび光が戻る。
「“ミッシェル=ガンエレファント”、あんたの炎の瞳の奥ににはまだ、消えてない“火”がある。
竜が見てるのなら、俺もあんたを見てみたい。心ごと」
そして勇者アルベルトは次なる作戦と対話へと進んでいくのだった。