表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/47

第三話 女教師の心の氷を解かせ

バーバド大学 冷たい透明な硝子の廊下を、アルベルトはゆっくりと歩いていた。

氷の廊下と呼ばれている。


マリ・キュウリ。

ノーベル化学賞二度受賞。化粧っ気もなく、ストレートの黒髪に細緑の眼鏡。

教壇では鉄より冷たい声で、学生すら睨みつけて黙らせる女。


彼女の男性恐怖には過去のトラウマがあった。


―彼女の記憶の中―

学生時代。学会で成果を発表した直後、ある教授が「お祝い」と称して彼女の体を無理やり抱こうとした。

その瞬間から、マリは男性に対して「見えない壁」を作るようになった。


「賢い女性は、身体なんかで愛されるべきじゃない」

「愛されると、壊される」


鏡に映る彼女の心は、孤独と恐怖でいっぱいだった。

だが、彼女の研究論文には、どれも“人間の内面”に関する熱い問いが隠されていた。


「この人は心は冷たくない。ただ……表面だけ凍ってるだけだ」

そう思った瞬間、勇者アルベルトは動き出していた。


その1【戦わずして距離を縮める】


講義終了後の研究室前。


「あなた……また来たの。退学処分になりたいのかしら」


「突然だがあんたの弟子にしてくれ」


「は?」


勇者アルベルトは頭を下げる。


「俺は、あんたの豊富な知識に魅せられただけだ。戦うより、生きることの答えが、あんたの研究にある気がしてる」


マリは一瞬目を細めたが、冷たく返す。


「……勇者という立場を、売りにしてるわけ?」


「いや。俺の魔法は物理で説明できない。誰にも証明されなかった。でも、あんたなら、解けるかもしれない。だから学びたい」


その言葉に、マリの眼鏡越しの目が一瞬揺れた。


その2【観察対象にさせる】


大学の研究室の一角。マリは腕を組んでアルベルトを見る。


「あなたの“キズキ”という魔法……人の感情を察知する?」


「ああ。正確には“空気の変化”とか“目の動き”とかの無意識を拾うんだろうけど。原理はわからない」


「……脳のシナプス共振の応答か。魔法脳理学では未証明ね」


「俺は証明できない。でも、マリ先生、あんたならできる。なにしろノーベル賞を二回も獲った女だ」


「……まさか、自分を“研究対象”にしてと言ってる?」


アルベルトは頷いた。


「俺はデータでもいい。好かれたいとかじゃない。“現象”として扱ってくれ。魔法の謎を解く助けになれたら本望だ」


マリは無言で、少しだけ頬に触れる髪をかき上げた。冷たいはずのその指が、なぜか少しだけ震えていた。



その3 【男ではなく“現象”として扱わせる】


何度かの実験を経て、マリは気づいていた。

このアルベルトという男を“観察”しているうちに、なぜか心の奥がざわめく。


彼の表情や息づかいが、まるで自分の心とリンクしているような錯覚。

それはまるで、感情のミラー現象の心理学でいう“ミラーシンドローム”だった。


(……まただ。この感覚。過去のあの恐怖と似てる……でも、どこか違う)


その4 【ヒントだけ残して引く】


夕方、実験後の研究室。

アルベルトはデータ表を置くと、そっと立ち上がる。


「今日はこれくらいにしよう。……あんたの目、疲れてきたから」


「別に、あなたの気遣いなんて求めていないけど」


「でも、マリ先生が疲れてることには変わりない。また来週、時間が合えば“観察”してくれ」


そう言って、彼は何も求めずに出ていった。


その5 【余韻を残し気にさせる】


マリは机に残されたデータをぼんやりと見つめる。

そして、ふと口にしてしまう。


「……勇者って、もっと強引なイメージだった。

でも……あの人は、妙に静かで、でも……うるさくて……

――あれ? 私、何を考えてる?」


胸の奥に、氷の表面にできた小さな心の温かさ、ほんの小さな“心の氷のひび”を感じながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ