第一話 ドジっ子なシスター天使
かつて天界に“清き福音”と呼ばれた伝説のシスターコンビがいた。
慈愛の天使バイセル。
癒しと美の天使セクシャル。
……だが今、彼女たちは地上でオレオレ詐欺電話をかけていた。
「はい、もしもし〜? あ、あの……わたし、あなたの孫ですぅ〜。はい〜、ちょっと困ってて〜お金を……え、名前? えーと、なんだっけ……」
バイセルは焦ってセクシャルに目配せした。
しかしセクシャルはガムをくちゃくちゃ噛みながら、自分の番組録画をスマホで確認していた。
「セクシャル! 名前! どうするの!」
「しらな〜い♡ 適当に“コウジ”とか言っとけば?」
「そんな適当な! うわっ、切られた……!」
プツン、と無情な音が鳴る。
「またダメだったのかよ、バイセルぅぅぅう!!」
詐欺グループのチンピラが怒声を上げた。
「なんで天使だった私が、こんな人に怒鳴られてんの……」
バイセルの目からは涙がこぼれ落ちた。
「うるさいうるさい! 次こそちゃんとやれ! セクシャル、お前も笑ってるだけじゃなくて手本見せろ!」
「うふふ♡ じゃあ私がやってみようかな〜?」
セクシャルは艶のある声で電話を取り、わざとらしく咳払いをした。
「おじいちゃん? わたしぃ〜、あのときスナックであったお孫ちゃんだよぉ♡ …えっ? え? 名前? ……そ、そんなぁ、ひど〜い♡ もう忘れたのぉ〜?えー娘はいない?あっ切れた。」
その場にいる誰もが思った。
こいつ、絶対詐欺に向いてない。
かつての天使たちが、なぜこんな泥にまみれた暮らしをしているのか。
それは、あまりにも“ドジで無力だった”からに他ならない。
天界では祈りを忘れ、ミサをすっぽかし、聖歌隊の衣装にコーヒーをこぼし、神の怒りに触れた。
「おまえたちは……まず社会勉強をして来い」
そうして天界から追放された。
「人間界って、もっと優しいかと思ったぁ……」
「詐欺って、悪いことだったのね……うふふ♡」
どこまでもズレている二人。
だが、そんな彼女たちの運命は、すでに変わろうとしていた。
ガラッ。
薄暗い詐欺事務所のドアが、無理やり蹴破られる。
「悪を成す者どもよ……その手を止めろ」
長身の男が逆光の中に立っていた。
その肩には小さな魔物ベビーサタン“さっちゃん”が乗っている。
「おぉ、いたいた。堕天シスターズ、発見だな。スカウト対象リストに載ってるな……名前は……バイセルと……セクシャル?」
勇者アルベルトは呆れたように眉をひそめた。
「まったく、なんて名前だよ」
だが次の瞬間、バイセルの涙に気づく。
「あ……」
その涙は、天界で流したものと同じだった。
何もできない自分を責める、無垢な祈りの欠片――
「バイセル、セクシャル。ここから……出よう」
勇者の手が差し伸べられる。
二人の天使が、善行を重ねてもう一度空を目指す物語が、今、始まろうとしていた。




