私が居たかった場所
恭二と蓮が手をつないで歩いている。
その後ろをまどかが静かについていく。
まどか「(.....あれ?なんでわたし?.....)」
胸の中でぐるぐると渦を巻くあの時の情景。
金髪頭の、あの胸の中にいた自分。
まどか「少し・・・少しだけ、こうさせて......」
ドキドキが止まらなかった。.......はっ!!
そんなことを考えていたらもう家についていた。
あの時、初めて恭二に出会った家だ。
恭二が門扉を開け、ドアを開く。
蓮もまどかもそれに続く。
恭二は蓮を玄関の上がり框に座らせ、ポンと靴を脱がせる。
自分の靴も、ほうり投げるように脱ぎ、上がっていく。
部屋はきれい。玄関の靴は乱雑。
----ちょっとこの抜けてる感じ。
変わらないなと思った。
まどか「相変わらず、玄関汚いわね。靴くらいそろえなさいよ。」
恭二「......ああ。悪い。ありがとう。」
まどかは黙って靴を揃えた。
-----この飾らなさが安心する。
そして玄関に上がる。
まどか「おじゃましまー・・・」
そういうのもつかの間、蓮は家に入るなり、おもちゃ箱のほうへダッシュして向かっていた。
恭二「おい手を洗えよー。」
....もちろん、届いていない。
まどか「(私のあいさつも、届いていないわね.....)」
だけどその光景が温かく感じた。
手を洗わないでも怒られない家。
挨拶がかえってこなくても咎められない家。
靴が揃ってなくても、気にされない家がある。
-----まどかの心がじんわりと、あたたかくなった。
ローファーを脱ぎ、丁寧に靴をそろえる。
恭二はエプロンを付け、台所に向かっていた。」
恭二「ただいまといってとのんびりしているヒマはない。専業主夫はこれからが本番だ。」
冷蔵庫を開ける。
恭二「おっ。鶏肉あるじゃん。今日は鶏の照り焼きと・・・・」
まどか(また鶏肉・・・ここの家は養鶏場なのかしら)
そんなこと考えていたところで----
恭二「まどかは、蓮の手洗いを頼む。それと遊んでやってくれ。」
まどかは小さくうなずき、洗面台に向かう。
蓮「届かない・・・」
4歳の蓮には大人用の洗面台は高すぎる。
まどかは戸惑い、恭二に声をかける。
まどか「届かないみたいだけど・・・」
すると恭二が台所にある椅子を運んできた。
恭二「この上に乗せてやってくれ。」
まどか「(え?自分で乗らないの?)」
沈黙の中、蓮がじっとまどかを見上げてくる。
蓮「のせて。」
(・・・・まだあって間もないのに・・・・)
戸惑ってしまいつい口にする。
まどか「自分でやってみよ・・・ほら.....」
すると蓮は.....
蓮「まどかおねえちゃんがいいーーーー!!」
思わず声を上げた。
戸惑うまどか。その横で恭二がまた手を止める。
恭二「いつもお母さんにやってもらってるからな。
........ほらよ。これでいいか。早く手を洗え。パパは夕食の準備があるんだ。」
まどかはその光景を呆然とみつめる。
4歳児が「何もしない」ことに、驚きを隠せなかった。
まどか「(こどもに手を表せるだけでこんなに大変なの)」
蛇口にも手を伸ばそうとしない蓮。
それを見かねて恭二が近づく。
恭二はまた台所で忙しそうに料理を作っている。まどかは戸惑った。
まどか「じゃあ。手を伸ばして洗ってみよ。ここに手をやって」
蓮「・・・・・・」
何もやろうとしない・・・進まない・・・・またよくわからない沈黙の時間が過ぎた。
まどか「(なにこれ?どうするの?)」
するとまた恭二が料理の手を止め、洗面所に近づいてきた。
恭二「黴菌いっぱいだからな。手を洗わないと「頭痛い」になっちゃうぞ。ほら。」
まどかは目の前の光景に驚く、後ろから抱くように手を洗わせてる。
(.....ここまでしてあげるものなんだ)
恭二は連を両脇から抱きかかえ、椅子から降ろす。
恭二「はい。おわり。遊んできな。」
洗い終えると蓮は笑顔でリビングにダッシュ。
まどか「手洗いだけで、大変ね。」
恭二「ああ。いつものことだからな。」
そう言ってまた料理に戻っていく。
リビングに行くと、すぐさま蓮が叫ぶ。
蓮「YOU TUBE!YOU TUBE!」
まどかはリモコンの「YOU TUBE」ボタンを押した。
画面いっぱいに出てくるおすすめ動画。
まどか(何?これ?・・・・)
そこには「Jupiter Beat」動画ばかり。
トーク番組、裏話、ドラマのプロモーションVTR
まどか(結菜さんか・・・・へえ・・・Jupiter Beat好きなんだ)
リモコンの右ボタンで動画を進めていくとほかは子供向けアニメばかり。
このYOTUBEは連と結菜で埋め尽くされていた。
まどか「.....私の家のテレビとはずいぶん違う.....うちはっ.....」
ふと幼いころの記憶がよみがえる。
小さい頃のまどか
「お父さん・・・しまじろうみたい・・・」
父「しまじろう?なんだこのふざけたトラは足が生えててキメラかだめだこんなんは」
(がちゃっ)
小さい頃のまどか「・・・・」
チャンネルを変える父、テレビにはニュース画面。
日経平均が映っている。
父「あっと。今日の日経平均はどうなってんだ。
SBI証券で、日産の株を買ったんだが・・・」
ちいさいころのまどか「(....しまじろう・・・みたかった)
父「くそっ。5000円安。このままじゃあ。損切りだ・・・」
・・・・・しまじろう・・・・・しまじろう・・・・しまじろう・・・・・
「しまじろうみたい。」
蓮の声で現実に引き戻される。
まどかの中であの名前がこだました。
まどか「.....しまじろう・・・一緒に見よっか」
声が震えた。自然に涙がにじんでいた。
画面の中でしまじろうが楽しそうに踊っている。
まどかは静かに隣に座り、蓮と一緒に見詰めた。
まどか「(ああ。だいすきだったしまじろう・・・・やっと、見れた・・・)」
-----それだけのことが、今のまどかには、とても幸せに感じられた。
恭二「ふんっ~ふふふふっ~♪」
台所から妙に気の抜けた鼻歌が聞こえてきた。
まどかが目を向けると、恭二が料理をしながらリズムを刻んでいた。
令和の流行りでも、最近のアニメでもない。
聞いたことのないメロディなのになぜか耳に残る。
まどかは気になって仕方がなくなり、意を決して口を開いた。
まどか「その鼻歌....何?すごい気になるのよね?」
恭二「ん?ああ。俺の好きなラブコメの主題歌。」
やっぱりラブコメか。この人の頭はラブコメでできている。
脳をCTスキャンしても、MRIにかけてもラブコメの表紙しか映らないじゃないだろうか。
医者もきっと、画像を見て黙り込む。
何かの異常じゃなく、「愛の結晶」として。
.....でも
その後続いた恭二の言葉にまどかの心はふと止まった。
恭二「この歌の歌詞の女の子切ないんだよ。
好きな男が他の男に心移っていくの何となくわかっててさ...
暗い部屋で一人。
暗い部屋でマニキュア乾かしながら待っている。
......なんかそのさみしさに、共感しちゃうんだよな。」
そんな風にラブコメ主題歌を語る人を
まどかは初めて見た。
胸が締め付けられた。
でも-----
「さぁて。今日は、この高機能スチームオーブンレンジと、この自動調理鍋の出番だな!」
.....一瞬で冷めた。
出てきたのはまた宇宙語。
恭二「さぁ。今日は、この高機能スチームオーブンレンジと、この自動調理鍋に活躍してもらうか・・・」
ちょっとまて、そんな気持ちでまどかはキッチンの周囲を確認する。
まどか「(何?・・・これ?・・・・)」
自動調理鍋2台、高機能スチームオーブンレンジ、電気圧力調理鍋、そしてなんとガスコンロは
それらの部品でふさがっている。思わずまどかは聞いてしまう。
まどか「フライパンとか使わないの?っていうかガスコンロ使えないじゃん!!
どうやって料理するつもりよこれ?」
しかもよくみると狭いキッチンの上にそれぞれの家電の部品がのっていて、キッチンの調理スペースも狭くなっている。・・・なんだ・・この宇宙キッチン・・・・恭二はまた宇宙語を平然と答える。
恭二「うちは俺が料理が苦手でな。頑張っても上達しないからお金を積んでそれを解消することにした。
頭の中で整理した最強布陣がこれだ。俺がやるのはほぼ野菜を切り調味料を入れるだけだ。
結構出費がかさんで財布敗退し結菜にも怒られたがな・・・」
まどか「(・・・・・・は?・・・・・・)」
なんだそれはさっきの胸の締め付けを返してほしい。
そんな宇宙料理を恭二の料理を背中越しに眺め思わずクスッとしてしまった。
またよみがえる記憶・・・・
小さい頃のまどか「おかあさんっ・・おかあさんっ・・」
母「何?」
小さい頃のまどか「買い物ごっこ・・はい。この野菜20円でーす。」
母「ちょっと今料理しているからあっち行ってて、後で一緒にやるから!!」
冷たく言われ無視されるまどか・・・
母「野菜切ってて、包丁持ってて危ないから・・ああ。煮物が焦げちゃう・・・・っもおっうまくいかない・・・」
無視されてとぼとぼ歩くまどか・・・
母「まったく・・まどかが話しかけるから・・煮物が焦げちゃった・・またおかず作りさなきゃ・・・」
ちいさいころのまどか「(なんかおかあさん怖い・・・私の名前が出た・・・怒っているのかな・・・私のせいで・・・私のせいで・・・買い物ごっこしたいだけなのに・・・野菜買って・・・お母さん・・お母さん・・・
お母さん・・・・・」
恭二「おっ。しまじろうまたみてやがんのか。好きだなぁ。蓮は。もうすぐできっからまってろよ。」
はっ。我に返るまどか。恭二は床に座り蓮と一緒にYOUTUBUを見ている。
すると蓮が胡坐をかいた恭二の上にちょこんと座る。それを二人で眺めていた。
自動調理鍋が回る音がする、高機能スチームオーブンレンジの音がする。機械音だが幸せに聞こえた。
まどか(お母さん・・・お父さん・・・これが私が欲しかったんだよ・・・)
まどかは近くの椅子に座りその光景を見ていた。
しばらくすると終了音が鳴り、料理を机に出した。
とりわけ皿を出す。
鳥の照り焼きと肉じゃがとご飯。これが今日のメニュー。そのまま食べようとした。
慌ててまどかはいう?
まどか「はしは?スプーンは?ってかいただきますは?」
恭二「はしとスプーンはそこから勝手に取れ?」恭二は指さす、その先にはカトラリーボックスが・・・
恭二「いただきますだぁ。んなもんはねえ。外食言って言うかいただきます。それとドリンクは冷蔵庫の中からとってコップに入れて好きなの飲め。以上」
ファミレスかよ・・・行き過ぎて家までファミレスシステムになっている
やっぱり宇宙家族だわと思いながら箸とスプーンを取り、取り皿に取り勝手に食べる。
蓮が食べこぼす、慌てて恭二が拭く、連が食べないとわがままを言う、一緒に食べてみようと促すまどか
ああ。あったかくて幸せだなととても感じた。笑顔も自然と出ていた。まどかの心の空白が埋められていく・・・
すると急に玄関の扉があいた・・・・
がちゃっ・・・結菜さんだ・・・まどかは少し心臓の鼓動が早くなった。
彼女がここにいるのを結菜は知らない・・・しかも、私は・・・恭二さんの胸の中に・・・
色々な木森が交錯するするとリビングの扉があいた。
結菜「ただいまー。今日は病院の委員会で遅くなっちゃってって・・・あれ?」
結菜は驚いたような、鋭いような、冷たいようなそんな刺すような目でまどか見つめて言う。
結菜「まどかちゃんじゃ・・・ない・・・・」
まどかは胸の鼓動を落ち着けてこういうしかなかった。
まどか「どうも。こんばんはお久しぶりです。・・・結菜さん。」
頭の中をいろいろなことが交錯する学校から走って帰った時の気持ち、
土下座をしたような形で泣いていた姿・・・
そして、立ち上がって胸に・・・飛び込んだ・・・あの時の気持ち・・・
最後の行動の時の気持ちが罪悪感やら後ろめたさやら気まずさ
やら無反省、開き直り名色々な気持ちが入り混じった。
結菜「なんでここにいるの?お父さん・・・お母さんには・・・・言ったの?」
まどかは俯いている。食事どころじゃなくなった。蓮も食事の手が止まってママを見ている
恭二が割って入る。
恭二「蓮を幼稚園に迎えに行ったらばったり会ったんだ。
それですごい息切らして体調悪そうだったから連れて帰ってきた。見てらんなくてな。」
まどかはみてらんなくてなという言葉に優しさを感じたが、それを結菜の鋭い言葉が切り裂く
結菜「なんで連れて帰ってきたの!!普通お父さんとお母さんに連絡してからでしょ!!
どういうつもりよ!!」
正論だ・・・まどかは反論の余地もない
・・・・でも結菜さん元の家には居場所がないんです。このあったかい家にいたい・・・
そんな気持ちを声に出したかったが、でない・・・ただ俯いているだけだった。
そして結菜のさらなる後押しが続いた。
結菜「今日は、家に帰りなさい・・・私がお父さんと、お母さんに連絡するわ・・・」
そういってスマホをとった。
まどか(ここにいたい・・・結菜さん待って・・・電話しないで・・・)
その気持ちは胸の中にこだまするものの声にはでず・・・その行動をまどかは見ているしか・・・なかった。
【ポイ活宇宙人・・・そしてその悲劇】
まどか「それにしても。ずいぶん。家電が揃っているのね。電子レンジにスチームオーブン、自動調理鍋に加湿空気清浄機まで......これ全部買おうとしたら相当お金かかるはずだけど・・・もしかして・・・・恭二って・・・・お金持ち?」
恭二「金?そんなんもってないよ。必要ないし・・・」
まどか「......へ?」
恭二「これ。全部ポイントで買ってるから。」
まどか「は?ポイント・・・」
恭二「この自動調理鍋はdポイントで。スチームオーブンレンジはVポイント、
あそこにあるテレビは株主優待。
うちはほぼ現金は使っていないんだよ。」
まどか「・・・・(宇宙語・・・また始まった)・・・・」
テレビ「本日の日経平均株価は前日比は1500円の下落・・・」
恭二「ちょ、ちょっとまてーーーっ!!下がったの!?マジかよ!!
イオンの株主優待で生活していたのにぃぃぃ。元値が下がったら意味がないだろ----!!」
まどか「........あんたも私の父親と同じかい!!」