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名前を決めて-コノキモチニ-  作者: 鏡恭二
【第2章】 名前を決めて一ウケツガレタキモチ一

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空虚と覚悟

ここは、梶山会・縦浜南記念病院の医局。


スクラブに白衣、ステートを首にかけた女性が、一礼する。


まどか「今まで本当にありがとうございました。先輩方のおかげで、無事に研修を終えることができました」


彼女は、まもなく精神科の専門医として独り立ちしようとしていた。


如月雄二「君は元々優秀だった。あの小児の腸重積、見抜いたのは君の助言だ。助かったよ」


エスプレッソマシンの前で如月がコーヒーを注ぎ、ひと息つく。


如月「次は穴沢会・中澤山病院の精神科に行くんだって?」


まどか「はい。人と向き合うには、一番いい場所だと思って……」


彼女の胸には、金髪のある男の言葉が残っていた。


『人と向き合え――』


まどか「ここも、あと1ヶ月なんです。荷造りが大変で……」


如月「よかったら手伝おうか。……その代わり、飯でも行こうよ。2人きりで――フフフ」


その目線を、横から思い切り叩く女がいた。


丸山直美「調子に乗んな、バカ。姫川さんにも田山さんにも同じこと言ってたって聞いたよ。それに、あんたの机の上の“アレ”、どうにかしなさい!」


如月「いだっ!? わかったってば!」


まどかは笑いながら言った。


まどか「……やっぱり、自分でがんばります」


このやり取りにも、もう慣れっこだ。


夜勤明けの朝。


まどか「恭二さん……人と向き合うのって、難しいね……」


無意識に漏れた言葉に、如月が反応する。


如月「ん? 恭二? 誰だそれ」


まどか「あっ、親戚です。ちょっとした……」


まどかは、ふっと窓際に立つ。


まどか「――私に、人の心の温かさを教えてくれた人」


その背中に、丸山がにやりと笑いながら声をかける。


丸山「……まどかの“好きな人”ってわけね?」


まどか「ちがっ……そんな、わけないじゃないですか!!」


仮眠室のソファでまどかは少しだけ横になる。


――気がつくと、夢の中で叫んでいた。


まどか「恭二‼️……恭二‼️」


誰かが倒れている。人だかりの中で――


「大丈夫ですか!?」


……ハッと目が覚める。ピンクのスクラブの看護師がのぞきこんでいた。


姫川「白石先生、大丈夫ですか?」


まどか「……もう回診の時間ですね。203号室の大川さんは……」


香川政典、25歳、2児の父。失職と家族へのプレッシャーに耐えきれず、トラックに飛び込み搬送された。


まどか(体は問題なさそう……でも……)


その目が気になった。ビー玉のように、空っぽで、感情が抜け落ちていた。


数日後、退院が決まる。


如月「裂傷も安定してるし、退院でいいってカンファで決まったよ」


まどかはうなずくが、何かが胸に引っかかっていた。


退院当日――


典子「さ、帰るよ。政典」


香川政典「……ホントウニアリガトウゴザイマシタ」


満面の笑顔。けれど――


まどか(……なに、この違和感)


ぎこちない抑揚。まるでセリフのような言葉。


行こうとする香川の背を追おうとするが――


木原「先生、203の田川さんのレボフロキサシン、もうやめても大丈夫そうですね?」


まどか「……ええ、やめましょう。食欲も戻ってきてるから」


振り返ったときには、もう香川の姿はなかった。


夕方のニュース。


アナウンサー「25歳の男性が交差点でトラックにはねられ――」


画面に映る名前。


『香川政典』


まどか「……やっぱり……」


無意識に、机にあった鳩サブレーの箱を掴み、ビリビリに破いた。


丸山「……どうしたの? 大丈夫?」


まどかは立ち尽くしたまま、小さくつぶやく。


まどか「……大丈夫」


でも――涙が止まらなかった。


まどか「……んなの、わかってる……でも……助けたかったのに……!」


丸山は黙って、まどかを抱きしめた。


彼女はその胸の中で、声を上げて泣いた。


まどか「……スッキリした」


丸山「やっぱ、まどかには精神科が似合うよ」


そんな冗談に苦笑しながら――


医師として、人と向き合う覚悟を決めた。


午後の仕事が始まる。


Nsステーションに向かう白衣の背中は、どこか誇らしげだった。


この第2章で、まどかは「精神科医」として本当のスタートラインに立ったのです。


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