32 解除魔法①
◇
「今日からは新しい魔法を覚えるぞ!」
教室の扉を開けるなり元気よく告げた先生は、私達の前を通りながら黒板に魔法を使って新しい魔法の名前を書いていく。
私達が黒板に夢中になっていると、先生は教卓の前にしゃがみ込む。
そして
「解除魔法?」
黒板に書かれた文字を読み上げた私は(確かそれって…)と記憶を思い出していると、先生が小さな丸い球を床の上に置いた。
そして教室のカーテンを閉め暗くするなり、映像を空中に映し出す。
どうやらあれは最近開発されたと言われる映像記憶装置の改良版のようだ。
ちなみに商品名は改良前が「フィルム」で改良後が「フィルム~まる見え君~」である。
フィルム自体は実は昔から存在している。
勿論お値段はそれなりに高い為に平民で所有している者は少ないが_平民ではフィルムよりも静止画の記憶装置で「フォト」を所有している者が多い_貴族の中では馴染みのある人も多いだろう。
だが、最近開発された映像記憶装置の改良版、つまりフィルム~まる見え君~は、写した映像を全方向から再生することが出来るのだ。
例えばこの教室内を先生の手元から撮影した場合、フィルムでは先生目線での映像しか再生できなかったものが、改良版のフィルム~まる見え君~になると横や後ろ、そして頭上目線の映像も再生できる。
(わぁ、初めて見た…)
今のところ使い道が想像できないから欲しいとは思わないけれど、最新技術が詰め込まれた魔道具が目の前にあると興味を持つのは当然のことだ。
映像も空中に映し出している為、半透明ではあるがそれでも色もしっかりと伝えてくれて、まるで実際に目で見ている光景が流れているようである。
映し出された映像は、私達の担任のヒルガース先生とBクラス担任のエリシアン先生のものだ。
先生たちは互いに向き合う形で立ち、そしてエリシアン先生が詠唱魔法で魔法陣を描いていく。
明らかに遅い魔法陣の完成スピードだったが、私達生徒がわかるようにわざと遅くしているのだなと思った。
そして魔法陣が完成する前にヒルガース先生が手を挙げた。
不思議に思いながらも映像をみていると、エリシアン先生の魔法陣がヒルガース先生の魔力の色に染まり、そして消滅する光景が映し出される。
わっと声があがると、映像はここで終わり閉められていたカーテンが一斉に開けられる。
短い時間ではあったが暗闇にいた私は窓から差し込む明るい光に、一瞬目を固く閉じた。
「これが解除魔法だ。見てわかったと思うが、解除魔法は魔法を打ち消す魔法のことだ。
探知魔法と同様特に決まった魔法陣は存在しないが、覚えておくとかなり便利な魔法の一つだな。
今日から皆にはこれを習得してもらうぞ」
そういった先生は続けて黒板に文字を連ねていく。
書かれた内容は“探知魔法の熟練”と“発動スピードの速さ”である。
「解除魔法の理屈は意外と簡単なんだ。相手の魔法陣を自分の魔力で上書きすること。ただそれだけだ。
だが難しいとされているのは、相手の発動魔法の特定と、展開される場所の特定を瞬時に行わなくてはならないことだな。更に相手の発動スピードを上回わるのはもっと難しい」
先生が一度話を区切ったタイミングで一人の生徒が手を上げる。
ベジェリノだ。
「先生、今日から解除魔法を習うのはわかりましたが、騎士科との合同授業はどうなったのですか?」
そう尋ねるベジェリノに先生は肩をすくめた。
「なんだぁ?お前ら騎士科ともっと一緒にやりたかったのか?」
先生の言葉に頷く生徒数名を見た先生ははぁと息を吐く。
ちなみに私も騎士科の人との合同授業がもう終わりと聞いてがっかりな気持ちを持った一人だ。
レルリラの話では魔法科との授業の内容が大きく違うため、鍛錬メニューに取り入れるようなところは少なそうだけど、それでも学ぶ点は多くあったからだ。
「……それはどういう意図でいっているんだ?」
機嫌が悪くなったのだろうか、いつもの明るい先生とは全然違く、私も皆も口を閉ざす。
「もしそれが騎士科への敵対心ではなく、友好的な気持ちから言っているのなら今すぐ考えを変えろ」
先生の言葉に私は疑問を抱く。
何故敵対心を持たなければいけないのか。
平民と馬鹿にしてきたBクラスの人とは正反対のいい人達、それが騎士科の人たちだったから。
「…俺が合同授業を受け入れた理由は、お前らにいい刺激を与えられるかもしれないと思ったからだ。前にもいったかと思うが、武技を習う者と魔法を扱う者は大きく異なる。
お前らが魔法を使って行うことを、騎士科は自身の身体能力だけで行うことが出来るところを見なかったのか?」
そういわれて一番に思い出すのは身体能力を向上させる魔法を使わなくても、私達のスピードに平然とした姿で着いてきた姿である。
「魔法を使わなくても速いスピードに疲れの知らない体力、そして威力の大きい攻撃。それを目の当たりにすることで、お前らにいい刺激になってもらいたかった。自分たちも、ともっと授業に臨んで欲しかった。そして騎士科の生徒よりももっと優れた魔法使いになることを目指してもらいたかった」
先生の言葉に私は先生の言う”敵対心”という言葉の意味が分かった。
本当に騎士科の生徒達を憎むのではなく、今自分が持っている目標をもっと高めて欲しい。
その為の刺激材料として、まずは騎士科の生徒達を越えなければいけないハードルとして考えて欲しいと、先生は言っているのだ。
武技を習得までいかなくても、ユーゴのように武器との共鳴が出来ていればとても大きい戦力になることは間違いない。
その強さを目にしたからこその頼もしさを感じたのだけど、あれが対戦相手となればこれほど恐ろしいものはないからだ。
魔法を使わなくても早いスピードと体力、そして攻撃力。
それを平然とした、余裕のある顔で繰り広げる。
私達魔法使いがそれに対抗するのなら、最低でも無詠唱魔法を全ての魔法に対して習得しなければ話にならない。
静まり返った教室内を見渡した先生は、イイ表情でにやりと笑ったように何故か見えた。
「……騎士科の生徒に助けられた人は手を上げろ」
そう尋ねられて何人かの手があがる。
「手を上げたお前らは学園の魔法で生み出した”偽物の”魔物たちで手こずり騎士科に助けられたんだ。助けてもらえてよかった、騎士科と一緒なら余裕が出来る、などとは決して考えるなよ」
初めて見せる先生の厳しい言葉に、皆息を飲む。
「……だがこれもまた授業の一環だ。お前達にはもっと今よりも強くなってもらいたい。その一歩として、同じ学年である騎士科の実力を理解した後で、解除魔法を習得してもらうと考えたわけだ」
そして厳しい表情を引っ込めた先生はいつもの調子でそう言った。
つまり重苦しい雰囲気がさっぱりとなくなったのだ。
だからなのか、恐る恐るといった様子で手を上げる勇者が一人現れる。
「あ、あの、何故解除魔法、なのですか?」
「解除魔法は“探知魔法の熟練”と“発動スピードの速さ”が重要な魔法だ。
お前らはまだまだ無詠唱が出来ないやつも多いだろう。もしくは出来ていても魔法の数が少ない。
だからこそ、無詠唱魔法へ一番近い魔法とされているこの魔法を習得してもらいたいと思ったんだ」
確かに無詠唱魔法は発動場所への魔力操作と魔方陣の組み立てを一瞬にして行う方法だ。
解除魔法は術者の魔方陣の場所特定を瞬時に行い、また相手の魔方陣を上書きして魔法を打ち消すということは、無詠唱魔法の発動方法に凄く似ている。
先生の言う通り無詠唱魔法のトレーニングとしてもってこいであるということに凄く納得した。
私が意欲的になっている間に質問がある人が先生に質問していた。
「…あ、あの…魔法は発動してからでは解除魔法は出来ないのですか?」
先生はニッと笑って首を振る。
「勿論できるが、発動された後は倍の魔力量が必要になるんだ。魔力の温存という理由で、解除魔法はなるべく発動前が望ましいことを覚えておいてくれ。
まぁそういう都合もあって解除魔法を使う者もあまりいないんだが……、無詠唱魔法への一歩の為に頑張ってみてくれ!」
じゃあとりあえずまずは隣同士でなんでもいいからやってみてくれと言った先生の言葉通りに私はレルリラに体ごと向けた。