30 ケンカ?→仲直り
『サラは学園を卒業したら、なにになるんだ?』
そう尋ねられ『冒険者になるのよ』と答えたその瞬間、『は?』とド低い低音ボイスが響き渡る。
エリアといっても野外なのに、何故響いているんだと考えるような余裕はなかった。
誰が発したのかと周りを見渡そうとしたその瞬間、手首を掴まれそのまま引っ張られる形で連れていかれる私は、その犯人に声をかける。
「ちょ!レルリラ!?どうしたのよ!」
授業中なのにも関わらずにどんどん皆から離れていくレルリラに声をかけるが反応はない。
私は思わず先生を振り返ると「ちゃんと話せよー!」と何故か逆に手を振られた。
いや、意味がわからないんですけど!
暫く歩き進めたところでレルリラが立ち止まる。
後ろを振り返ると先生たちの姿も見えるし、丁度結界魔法を張らなくても声は聞こえないだろうと思われるような距離だ。
「どういうつもりだ」
振り返ったレルリラが鋭い眼差しを私に向ける。
こんなレルリラは久しぶりだなと思いながら、私は逆に尋ねた。
「どういうって?」
そのように聞くと、レルリラは更に眉間に深い皺を作った。
余程機嫌が悪いのだろう。
なにがあってここまで機嫌が悪いのか、一緒のチームではなかったからレルリラがなんで機嫌が悪いのかわからず尋ねただけなのに、と私は首を傾げた。
「何故冒険者なんかになるっていったんだ」
「……なんかってなに?冒険者だって立派な職業よ」
冒険者という職業を貶されたように感じた私は思わず反論する。
怒っている人相手にこんな些細なことを指摘するのは火に油を注ぐ行為だと思いながらも、それでもレルリラには私が憧れている冒険者という職業を否定するような言葉はやめてほしかった。
そして、やっぱり冷静さを失っているレルリラには火に油だったようで、いつもならしない荒げた声で私に怒鳴る。
「そういうことを言ってるんじゃない!」
「っ…」
私は思わず肩を飛び跳ねらせてしまった。
初めてレルリラに怒鳴られたからだ。
だけど怖くない。本当に怖い人は、私の手首を握る手を震わせたりなんてしないからだ。
「…なんでレルリラがそんな怒っているのかわからないけれど、私は小さい頃冒険者に命を救われたの」
正確にはお父さんが、だけど。
でもあのまま今のギルドマスターが助けてくれてなかったら、お父さんだけではなく逃げていただけの私やおじさんたちもどうなっていたのかわからなかった。
もしかしたら今頃皆この世にいなかったかもしれない。
だから、表現が大げさすぎるとは思うけれど、嘘はついていない。
「そんな私が冒険者に憧れるのがおかしい?なりたいと思うのは変なの?
私にとって冒険者は勇者で、憧れで、そしてなりたい目標なの。
だから例えレルリラの中の冒険者に対するイメージが悪くても、私は……私の前で冒険者を貶してほしくない」
そう話すとレルリラはハッとした様子で目線を外し、そして少し気まずそうに呟いた。
「…すまない」
小さく呟かれた謝罪の言葉。
そして今まで掴まれていた手首から力が抜けたように離されたレルリラの手を見て私は小さく息をついた。
「…、いいわよ。
それよりどうしてそんなに怒ったの?」
確かに今迄卒業後の事をレルリラと話したことがなかったとはいえ、レルリラがここまで感情をむき出しにするほど怒ることは想定していなかった為に、私はレルリラが怒った理由を知りたくなった。
目を少しだけ泳がせたレルリラは、少し沈黙を置いたあと口を開く。
「お前が、……遠くなるような気がした」
「遠く?……まぁ騎士団と冒険者だったら遠いって言ったら遠いわよね。
卒業したらランクが上がるまで私、マーオ町に留まることになるから、暫くの間王都に来れなくなるし」
レルリラが王立騎士団に就職したらどこに配属されるかなんて知らないけれど、でも高位貴族の生まれなんだから変なところにはならないだろう。
社会的立場にしても、物理的な距離にしても、確かに遠くはなることを思い浮かべながら私は言った。
冒険者に登録するとギルド証というもの会員証が発行され、それが個人の身分を保証してくれるというのは一般的に知られている。
だからこそ、各町や村、そして王都等にあるギルドで仕事を貰うことができるようになるのだ。
だがある程度の成果がなければギルドは保証してくれない。
自分がクエストを通して貢献してきたという実績があってこそ、身元を保証してくれるのだ。
だから冒険者に登録できるのは子供でも出来る事だが、ある程度の成果を達成するまではあくまでも発行した場所限定の会員証であり身元保証書なのだ。
その為、私が冒険者に登録した後は他の町や村、そして王都でクエストを受けられるようになるまで、懸命に成果を積み重ねなければいけない。
「でも、会えなくなるわけじゃないじゃない」
アラさんの話によると冒険者はFランクから始まり、Cランクになると身分を保証してくれる。
ランクを上げるまでどれぐらいの時間がかかるのか検討が付かないけれど、それでも私が目指す目標は一つなのだ。
(私が何のためにこの学園に入ったと思っているのよ)
「私はね、Sランク冒険者になるわ」
「Sランク…」
呆然と呟かれたその言葉に私は笑った。
「レルリラは王立騎士団に入るんでしょ?王立騎士団は冒険者にクエストを出すって、この前騎士団の人に教えてもらったわ。ならレルリラは私指名でクエストを出せるように、騎士団の中で昇給しなさいよ。
そしたらこれから先も関われるじゃない」
「………」
「私とレルリラは平民と貴族。お互いの目標もそれぞれ持っている。学園を卒業したら目に見える繋がりなんてなくなるかもしれない。
でもさ、…急に始まったことだけど、レルリラは私を強くしてくれた。私はそんな貴方に感謝しているの。
身分差はあるけど、でもこれからも仲良くしてほしい。仲良くしていきたい。
そしてね、今度は私がレルリラを助けるわ」
「…冒険者になるお前がどうやって手助けするんだよ」
呆れていっているんじゃない。
ふっと笑ったレルリラは少し楽しそうに、そして嬉しそうに尋ねるものだから、私も気分が上がる。
「言ったじゃない。王立騎士団は冒険者にクエストを依頼するって。
私に任せたら絶対に失敗しないわ。間接的にでもレルリラの手伝いをしているってことにならない?」
「言い様だな。…だが、サラのランクがあがらなかったらどうするんだよ」
「レルリラは本当に私のランクが上がらないって思ってるの?」
貴方の組んだメニューをこなしてきた私なのよ?信じられないの? と口には出さなくとも伝わったようで、レルリラがまた笑う。
「…その時は俺が手伝ってやるか」
「……。結構よ!」
忙しいだろう騎士団が冒険者のランク上げを手伝うくらいなら昇給に力をいれなさいよ!と提案を断ると、もうレルリラの怒りは収まったようで、完全にいつものレルリラに戻ったことに私は安堵した。
(別に怖くは感じなかったけど、でもレルリラには笑って欲しいからよかった)
「じゃあ戻ろうか」と踵を返し先生達がいる場所に戻ると、丁度全てのチームが討伐を終えたようで「次は…__」と次回行われる合同授業についての説明が話されたのだった。




