29 嫌いな魔物②
__ドン__
土煙が沸き上がり、私は後ろに飛び跳ねる。
でもそれだけだと_排泄物が混じった土煙からは_回避できるわけではないから、すぐに魔法を体に付与してキアとマルコがいる岩陰まで後退した。
もちろん防御魔法をかけてね。じゃないと排泄物が混じった土煙がついちゃうから。
「凄い……」
思わず呆然としながら呟いた。
たったの一振りで数百メートルほどに舞い上がる土煙。
これが騎士科の生徒かと、改めてその実力を認識した。
「やったか?」
「たぶんね」
討伐が成功したかを確認するキアに私は曖昧に答える。
探知魔法で消えていくボナコンの魔力を確認できたから問題なく終わったと思えたが、それでも土煙が邪魔をして肉眼で判別できないからだ。
(土煙だけの所為じゃないか)
目が沁みて、どんどん涙が溢れてくるから確認なんて出来ない。
それに魔法を扱う魔物は自分の魔力さえも抑えられる。
ボナコンにそこまでの知識はないとは思うが、肉眼でも確認しないとはっきりいえないのだ。
私達が遠くから眺めていると、徐々に収まる土煙の中からユーゴがボナコンの足を掴み引きずった状態で現れた。
完全に倒し切れていないのか、止めをさせばいいのに何故かボナコンを連れてくるユーゴに私達は手を前に突き出しながら後ずさる。
「誰でもいいから、洗浄?魔法あったらかけてくれ~」
「「「うっ」」」
近づくほどに漂う臭いに思わず鼻を摘まむ。
「ちょ、ちょっとストップ!そこに立って動かないでくれ!
あとボナコンからも手を放してくれ!そいつが一番臭い!」
マルコがユーゴに静止を呼びかけ、その間私とキアは鼻を摘まみながらユーゴから距離を取る。
魔法は万能だと思われがちだが洗浄する魔法というものはない。
似たような魔法で清掃魔法があるけど、汚れを取り除くだけで匂いは除去できないのだ。
水魔法を使えばある程度マシになるかもしれないが、それでも水だけだとやっぱり完全に匂いは取れないだろう。
きちんと汚れと消臭効果を発揮させるためには、洗剤を使わないと理想的な洗浄力を発揮しない。
「<ベント_風>」
マルコが腰を引きながら、風魔法でユーゴについている_塵となったボナコンの排泄物という名の_汚れを飛ばす。
そしてその後私がユーゴの全身に水魔法で洗った。
ちなみにキアがボナコンに止めを刺してくれていた。
幻影魔法として存在していたボナコンは倒されたことで姿を消し、そして臭い迄消えてくれる。
完全に、とはいえないけれどこれで程よく漂うくらいまでには落ち着いたから、もうこのまま戻ろうと告げると一目散に皆駆け出した。
だけど一人の呻き声が後方から聞こえてくる。
「ゆ、ユーゴ…お前後ろ走れ…うっ」
この中で誰よりも体を洗いたく、早く戻りたいと思っていると思うが、それでもやっぱり臭いというものは後ろに流れるというもので、後ろを走るキアが苦し気にユーゴにいった。
「あ、悪い……」
しゅんとした様子で一番後ろに下がったユーゴに、私は少し距離を開けて横に並ぶ。
ちなみに沁みていた目はもう平気になったよ。
「ねぇ、さっきのが武技ってやつなの?」
「っ!」
話しかけると目を輝かせるユーゴに私はくすりと笑って色々と尋ねる。
「あとユーゴの剣、なんか光ったみたいに見えたけど、あれも武技?」
「武技はまだ習得できてなくて、でもあれが共鳴なんだ!
共鳴って凄いんだ!俺魔力量はほんの少ししかないんだけど、先生が言うには普通の魔法を使う仕組みじゃないような魔力の使い方をするのが共鳴らしくて、だから魔力量が少ない俺でも剣を振るうだけで凄い威力の力が出せる!
ただそれを維持できるのが難しくて、今は共鳴する時間を少しでも長く維持できるようにしてるところ。
その時間が長くなれば武技も教えてもらえるんだ!」
「あの威力で武技じゃないの?」
「そうなんだ、…そうだ!サラも興味あるなら俺と一緒に鍛錬しないか!?共鳴は難しくても、剣の扱いなら教えられるよ!」
「剣の…?」
ユーゴの提案に私は少し考える。
Sランク冒険者になる為に色々と頑張って実力も付けてきたとはいえ、剣に手を出したほうがいいのかと悩んだからだ。
授業で習ったとはいえ、女子生徒はあくまでも受け流す程度。
剣をもって相手を撃退できるような実力は身についていないし、そもそも魔法もレルリラに負けるくらいなのに剣に手をだしたら、それこそ中途半端になってしまう気がする。
剣なら剣。魔法なら魔法を極めたほうがいいのではないかと考えた。
(それに私はレルリラに教えてもらっている身だから、他の事をやるとか軽い事はいえないよね)
そう考えたらやっぱり断る選択肢しかない私はごめんと謝った。
「凄く嬉しいんだけどやっぱりやめておくわ。まだ魔法も極めたっていえるレベルじゃないし」
「そんなことないよ!サラの魔法十分凄かった!」
首を振って褒めるユーゴに私は「ありがとう」と伝える。
「でも私、無詠唱で使える魔法が少ないの。ユーゴも共鳴が出来たけど、武技はまだだって言っていたじゃない?
私も魔法は使えるけど、無詠唱となるとまだまだだからもっと魔法を極めたい。
だからごめんね」
そう告げるとユーゴはわかってくれたのか、あっさりと引く。
「そっか、わかったよ。
でも気が変わったら教えてくれ!いつでも教えるからさ!」
「ありがとう」
そんなやりとりをしていると入り口が見えてきて、私達はスピードを落として歩きに切り替えた。
「……っ…」
(スピードがなくなると、臭いが漂ってきた…!)
最後に止めをさしてくれたユーゴには失礼だけど、漂ってきた臭いに私はごめんと一声かけてから再び水魔法でユーゴを洗う。
前を歩くキアとマルコも顔を顰めていたからきっと同じ気持ちだっただろう。
(寧ろずっと水につける?いや、それだとユーゴが水の中にいることになるか。…あ、なら防御魔法かける?臭いを防いでくれるかはわからないけれど、試してみるのもありよね)
そう考えた私はさっそくユーゴに水魔法で防御魔法をかけていいか尋ねようとしたところで、「聞きたいことがあるんだけど」と先にユーゴに尋ねられる。
「聞きたいこと?なに?」
「サラはさ、学園を卒業したら何になるかは決めたのか?」
「決めているけど」
寧ろ冒険者になる為に私はこの学園に入ったのだ。
ユーゴの質問に悩むことなく答えると、「それはなにか教えてもらえるか?」と尋ねられる。
そわそわした様子で聞かれているものだから、もしかしたらユーゴは私が答えないかもしれないと思っているのだろう。
確かに人によっては答えずらい職業を目指しているのかもしれない。
シモンさんが言っていたように、このオーレ学園に入ったのに皆とは全く違う職業に就職するとなるとそれは確かに答えずらい。
でも私は答えにくいことなどないのだ。
冒険者だって立派な職業。
学園で習った事だって十二分に発揮できる。
寧ろ発揮できない事なんてない。
先生だって否定せずに応援してくれたし。
そして私は答えた。
「冒険者になるのよ」
と。
だけど、それを聞いていた周りが、というよりレルリラがあんなふうになるとは思わなかった。