28 嫌いな魔物①
「ね、ねぇ…あれがそうなの?」
対象を見つけたのかキアとマルコのどちらかの魔法が、私達の前に現れた。
転々と続く明かりを目印に私達は向かうと、思わず鼻を覆いたくなるほどに臭い場所に辿り着く。
岩陰に隠れるようにいる二人にそっと近づき、顔を出して覗くと牛っぽい魔物がいるのがわかった。
「あへがボナホンだ」
鼻を摘まみながら、魔物に指を差して答えるキアに私は眉をしかめる。
想像以上の臭いに生理的に近づきたくないとさえ思った時だった。
「サラ!俺がやっつけてこようか!?」
そんな中で元気にそういったユーゴに三人の視線が集まる。
「……え、ユーゴ、…あなた平気なの?」
この辺り一面に充満している臭いが?
思わずどんな鼻をしているのか。その鼻は果たして正常に機能しているのだろうかと疑いの目を向けたとき、ユーゴはふるふると首を振った。
「いや、臭いぞ。でも倒さないと終わらないし、サラが無理なら俺一人でと思ったんだ」
「あ、そういうことね。
気を使ってくれてありがとう。でもちゃんと決めた役割は果たすから安心して」
「そうか?それなら無理なときはいってくれな」
「うん。…というわけで、最初から本気でいくからキアとマルコはここから私たちのフォローをお願い。
マルコは特に魔法でこの臭いを飛ばしてくれたら助かるんだけど、……出来そう?」
そう尋ねるとマルコは少し考えた後に首を振った。
「竜巻を起こして臭いを上空に逃がしたとしても、あのフンがマグマみたいにドロドロしているから下手すると火災になるし、そうじゃなくても空気中にフンが漂うことになる。
そうなったら余計にキツイ」
「確かにそれはキツイわね」
想像するだけで体が震えるわ。
「…それってアイツの垂れ流した尿とフンが俺たちに降りかかるって事か?
マジで勘弁してくれ」
「私も嫌よ」
キアが恐ろしい形相で私を見ていうから、私も嫌だと釘をさす。
まるで私がマルコに排泄物を巻き上げるようにお願いしているみたいだからね。
「じゃあ私が氷魔法で仕掛けつつ、ユーゴに止めを刺してもらうしかないってことね」
魔物に気付かれないように結構遠くに離れているこの場所でも、臭いだけではなく熱く燃えた排泄物の熱量が届いてくるのだ。
どれだけ高温の排泄物を散りまくっているのかわからないけれど、私の氷魔法も下手をするとすぐに溶かされてしまうかもしれないから、ここは身体能力が高いユーゴに確実に止めを刺してもらった方がいいと判断する。
「皆がそれでいいなら、俺は構わないよ」
そうユーゴがいうと、キアもマルコも問題ないと頷いた。
「じゃあ行ってくるから、二人もフォローお願いね」
「ああ」「頼んだぞ」
そして私は皆と分かれ、ボナコンに向かって走る。
当然隠れずに真っすぐ向かった私にボナコンはすぐに気付き視線を向けた。
私がボナコンの注目をひいてる間、ユーゴはボナコンに気付かれないように回り込むように近づいてもらう作戦である。
【グォ!】
警戒心が強いのか、然程近づいてもいない距離ですぐに気付いた瞬間ボナコンの下半身が浮いた。
私は咄嗟に体をずらす。
「っ!!」
真っ赤に染まりながら燃える排泄物を避けると、べちゃっと地面に落ちた排泄物が地面を溶かした様子をみて口端が引き攣った。
「…どんだけ熱いのよ…てかくさっ」
キアがやっていたように鼻をつまみながら私は氷の塊を生み出す。
一歩でもボナコンに近寄ると再び排泄物の攻撃を仕掛けてくるため、準備してあった氷の塊をぶつけて対応する。
(ユーゴが気付かれないようにしないと!)
だけどボナコンの糞と私の氷がぶつかった瞬間ぶわっと煙が立ち上り、一層臭いがきつくなったような気がした。
それだけじゃない。
目が沁みるのだ。しかも痛い。
「~~~!!!!」
(これ、マジでヤバいかもっ)
すっごいすっごい戦いずらい。
排泄物を攻撃の方法としているところだけでもいやなのに、それを対策して打ち消すと臭いが増し、目も痛む。
なら所々灼熱地獄のようにぐつぐつしている地面を魔法で凍らせようとしたら、絶対に悲惨な目に合うだろうことは容易に想像できたため、そのまま突き進むしかなかった。
とりあえずアイツの排泄物に魔法をぶつけるのはナシだ。
灼熱に燃えた排泄物の温度は低下することが分かったが、威力を増してしまう臭いや刺激に耐えられそうにない。
幾重にも飛んでくる尿や糞を避けつつ、距離を詰めた私はボナコンの足元に魔法を発動させた。
ピキピキッと氷がボナコンの足元を凍らせていき、私は歓喜したがすぐに破られる。
あの尿が凍らせた足元の氷を溶かしてしまったのだ。
「なやほれはほーよ!(ならこれはどうよ!)」
私やボナコンよりも大きい氷の塊をボナコンの頭上に生み出し、そしてすぐに落下。
【グェッ】という潰れた声と共に、ボナコンは体を地面に打ち付ける。
ボナコンが起き上がる前に私は氷の針を無数に生み出し発射した。
グサグサとボナコンの体に刺さる物や、地面にそのまま突き刺さる物と様々だったが、灼熱の排泄物を撒き散らすボナコンだからなのか、ボナコンに突き刺さった氷の針がみるみると溶けていくため、私は「ユーゴ!!」と名を叫ぶ。
「ああ!任せろ!」
名を呼んだ瞬間いつのまにそんなに近づいていたのか、現れたユーゴが剣の柄を握ったその瞬間、鞘から抜かれたその剣がまるで光を帯びたように輝く。
ユーゴが剣を掲げ、振り落としたその動作はまるでスローモーションのように流れて見えたような気がした。