26 騎士科との合同授業
「やっと会えましたね!ハールさん!」
騎士科との合同授業の為、私達魔法科が先生の魔法で転移されると、既に騎士科の人たちが待機していた。
その中で一人、まるで犬を連想させるような笑みで私に向かって走り出した人がいた。
頭一つ、いや二つ…は言い過ぎかもしれないけれど、それぐらい他の人よりも身長が高く、そしてレルリラの話通り“鍛え抜かれた肉体”の持ち主は目の前に立つだけで圧倒的存在感を感じさせる。
要は圧が凄いのだ。
なんだろう。
私の身長より頭一つ高いレルリラが目の前に立ってもここまで圧を感じさせることがないのだが。
これが筋肉の違いか。それともテンションの差か。
どうであれ、圧が凄いのは変わらない為、私は一歩後ずさり男性と距離を開けた。
「あ、あの、どこかでお会いしましたっけ?」
私の名前を知っていて、尚且つ“やっと会えた”ということは、私を探していたということと考えたが、こんな圧を感じさせるような知り合いはいない。
失礼だとは思ったが、もし間違えていたとしたら指摘してあげたほうがいいと思い尋ねると、相手は気を悪くすることなく笑顔のまま頷いた。
「はい!王都でお会いしました!
拾った学生証、覚えてますか?あれ、俺だったんですよ!拾ってくださったのに十分なお礼も出来ず、ずっと探していたんです!」
その言葉に私はやっと目の前にいる男性のことを思い出す。
一度しか顔をあわせていないとはいえ、学生証を拾い届けたのはあの時の一度しかなかったからすぐにわかった。
それにしてもあの頃の印象よりも更に逞しくなった気がする。あの頃はまだここまでの筋肉は持ってなかったはずだ。
相当な鍛錬をしていたのだろうと思った。
「あ、ああ!あの時の人ですね!
お礼なんて不要ですよ。助け合うのは当然のことですし、私は落とし物を拾っただけですので」
そんなに探していたのか、と申し訳なさを覚えながら遠慮していると何故か距離を詰められる。
そして何故かそのまま手を握られた。
(なんで?)
「いいえ!お礼させてくださいよ!
そうだ!サラさんはデザートはお好きですか?よかったら美味しいカフェを知ってるんです!
今度の休みに一緒に食べに行きましょう!いつにしますか!?」
「へ!?」
私は慌てた。
手を握られたことにも戸惑ったが、それよりも何故急に出かける約束にまで話が進んでいるのかわからなかったからだ。
しかも初対面、いや二度目ましての人と。
「困ってんだろ」
そんな時だった。
レルリラが相手の人の手首を掴み、私と男性の間に入る。
「……貴方は、あの日職員室にいた人、ですか」
「サラの手を離せよ。
女性の体に断りもなく触れていいもんじゃないだろ」
「っ…」
レルリラの言葉に理解を示したのか、握っていた私の手をそっと放した男性は私に対して頭を下げた。
「すみません、俺舞い上がっちゃって…。
急に手を握ってしまってすみません」
「あ、大丈夫ですよ。痛くなかったですし…。
あとお礼の件は本当に大丈夫なので、気を使わないでくださいね」
「サラさん……」
確かファミリーネーム呼び出った筈なのに、いつの間にか名前呼びになっている男性に私は苦笑する。
そういえば、名前聞いてないや。
学生証をみたといっても、一度見ただけ。しかもその後の関わり合いもないのに覚えてるわけない。
「あの、もう知っているかと思いますが、私はサラ・ハールといいます。
今後も騎士科と合同で授業を行うことがあるかもしれません、よろしくお願いします」
突然名を名乗る私に、自己紹介をしていなかったことを思い出してくれたのか、男性も名を名乗る。
「俺はユーゴ・ガストンといいます。気軽にユーゴと呼んでください」
「では、私のこともサラと」
もう呼ばれているけど一応伝えておく。
挨拶が済むと「サラ」と呼びかけられた私は、先程助けてくれたレルリラに顔を向ける。
いつもと変わらない表情だったが、少しだけ機嫌が悪いのかまとう雰囲気が重く感じた。
「戻るぞ。
……お前も戻れ、授業が遅れるだろ」
「わかった」
そうしてユーゴは騎士科の生徒が集まる場所に戻っていく中、私はレルリラに話しかける。
「ありがとう、レルリラ」
ユーゴに対して困っていた私を助けてくれたことに対する感謝の気持ちを伝えると、少しだけレルリラの纏う雰囲気が良くなった気がする。
「……ああ」
□
「よろしくお願いしますね!」
魔法科Aクラスの生徒は十五人、対する騎士科は五人。
その為魔法科が三人一チームを五組作り、その中に騎士科の生徒を一人ずつ加え、四人チームで実践訓練を行う流れとなった。
私はいつものようにくじで決められたメンバー、キアとマルコに加え騎士科のユーゴの四人チームとなる。
ニコニコ顔でキアとマルコにも手を差し伸べるユーゴに、二人は微妙な表情を浮かべ、私はそんな二人に首を傾げた。
「ちょっと、どうしたの?」
「いや……」
「流石に気まずいだろう」
何が気まずいのかと問うが首を振るばかりではっきりしたことを教えてくれない二人に、再度ユーゴが話しかける。
「俺は貴族だけど、気軽に話しかけてくれた方が性に合っているからよろしく!」
今度は言葉を崩したユーゴに、流石に二人も思うところがあったのか顔を見合わせ手を差しだした。
「俺はキア。よろしく」
「マルコだ。足手まといにならないように頑張るよ」
「キアにマルコだね。俺はユーゴ・ガストン。ユーゴと呼んでくれ」
「ああ」
「よろしくな、ユーゴ」
それぞれ紹介も終わった頃を見計らったのか、先生が各チームに一枚の紙を配布する。
私は飛んできた紙に手を伸ばし用紙を確認すると、今回の討伐対象である魔物の種類が書かれていた。
「なんて書いてるんだ?」
「ボナコン、だって」
皆に見えるように持ち直して読み上げると、キアが怪訝な表情を浮かべる。
「ボナコンって確か……」
「牛の魔物、だよな。そんなもんもいんのかよ」
マルコも表情を曇らせ、気乗りしない反応を見せるがその反応もわかる気がする。
何故ならボナコンは自分の排泄物で攻撃する魔物だからだ。
武器や魔法、体そのもので攻撃を仕掛けてくる魔物が多い中、自分の排泄物で攻撃する魔物は珍しいから、魔物の勉強していた時驚いた記憶が印象に残っていた。
「「じゃあ、サラよろしくな」」
「え!?私!?」
左右から肩に手を乗せられ私は振り返る。
「当たり前だろ。ボナコンは炎系の魔物なんだから」
「水属性のお前が一番相性がいいだろ」
「ええ~~!」
確かに相性で考えると私が一番相応しく感じられるが、そもそも排泄物で攻撃する魔物。
その排泄物は当たり前だが無臭ではない為、私に前線で戦うことを望む二人に私は抗議する。
「サラが一番効果的なんだよ!俺の風属性魔法は吹き飛ばせるけど炎を纏うクソを吹き飛ばしたところで被害が拡大するだけ!」
「俺も炎属性だからな。大した手助けは出来ない」
「燃やせたり出来ないの?!」
「灼熱の糞尿を瞬時に燃やせるのは、俺たちのクラスだとレルリラだけだよ」
「それならサラの魔法で凍らせた方がまだ被害が広がらないだろ」
「それな」
納得しあう二人に私は声を荒げたが、きっとこのまま私が前に立ってボナコンと戦うことになるのは確実だろうと思い肩を落とした。
「サラさん!俺も一緒に戦いますよ!」
「ユーゴさん…」
歯を輝かせて見せるユーゴに私は唯一の救いであるような、そんな気さえしてくる感覚に陥る。
魔物の名前を確認し私に全てを任せようとした二人とは大違いだった。
「ありがとうございます!凄く心強いです!」
そして私は心強い仲間と非情な二人を引き連れてエリア内に足を踏み入れたのだった。