25 食事問題?
いつもの朝。
レルリラとの鍛錬の後、私は迎えに来てくれたエステルとレロサーナが浮かない顔をしていたことに気付き、汗を拭きながらどうしたのかと事情を聞くと、二人は思いっきり眉間に皺を作る。
「どうしたの、じゃないわ…」
「ええ…、授業の事を考えると……」
「はぁ」と小さく息を吐く二人に、私は「授業?なにか嫌なことあったっけ?」と首を傾げる。
今迄も魔物との討伐授業は数えきれないくらい行ってきたため、二人が憂鬱になる理由がわからないでいると、今度は大きなため息をつかれた。
「食事の面よ。もう先生から携帯食料の持ち運びは禁止されてしまったでしょう?
それでエリアの中で自分たちで調達するしかなくなったのだけど……」
「あぁ、食べ物に困ってるってこと?」
「ええ。最初はダイエットにも良さそうだしと採取できそうな木の実を食べていたのだけど、魔力回復が上手くいかなくて……」
「ふーん」
木の実だけだと魔力回復に時間がかかるのかと、私は着替えを続けながら話を聞く。
この世のものには全て魔力が存在している。
それを魔法として発動できるかどうかは個体差があるが、その保有魔力量がレロサーナがいった魔力回復に大きく影響しているのだろうと考えた。
だって、最初から私はエリア内にいる動物を捌いて食事面を解決したから魔力回復を気にしたことがなかったからね。
木の実より動物の方が保有している魔力量も大きいということは簡単に想像できる。
だから、木の実だけを摂取したことで魔力回復が追い付かなかったのだろうと私は考えた。
「エステルも同じ?」
「私は……」
どこか言いずらそうに目を泳がせたエステルに再度問うと、少し時間をかけて頷かれた。
「前にチームを組んだクルオーディ様とだけはまともな食事ができたわ、…けれど…その時の解体シーンが……」
「あぁ~」
うっと手で口を覆うエステルに私は苦笑する。
そうだよね。お嬢様だもの。
エステルが言ったクルオーディはアコ・クルオーディといって、私と同じ水属性の魔法使いだ。
水属性の生徒はアラさんから教えを受けたわけだけど、他の皆はそうはいかないはず。
「もしかして、サラも解体できるの?」
「あはは、うん。でも私とアコだけじゃなくて水属性の人たちは皆できるよ。アラ先生に教えてもらったからね」
「それで……」
どこか遠い目をするエステルに私は床に置いていた鞄を持ち、練習場を出て教室にいこうと告げる。
何故か互いに顔を見合わせたエステルとレロサーナに、私はどこか居心地が悪く感じながら先頭を歩く。
(そう言えば、レルリラは食事どうしてるんだろう?)
教室に辿り着くまでの廊下を歩きながら、ふとそんなことが疑問に思った。
◇
教室に着いた私はエステルとレロサーナと分かれ、さっそくレルリラに尋ねてみた。
するとなんの躊躇いもなく、「丸焼き」とだけ答えたレルリラに私は絶句した。
「え?皮は?内臓は?」
「皮は焼く前だと上手く剥がせなくてな、焼いた後切り落としてる。
内臓は気にしなくていい腕や脚を食べてるんだ」
流石に食べる部分が少なくなってしまうが、と続けたレルリラに再び私は絶句した。
ゴクリと唾を飲みんでから、恐る恐る尋ねる。
「…捌き方、教えよっか?」
「不要だ。授業以外で披露することなんてないだろ」
確かにそうかも。と納得した私はそれ以上話を続けることはしなかった。
森に引きこもるのならば必要になってくるだろうけれど、小さな村や町にだって物流が滞っていることはない。
それに物流が仮に滞ったとしても、いくらでもいる魔物は食料にも出来る。
森から発生するとしかわかっていないが、それでも世界的な干ばつなどの飢饉があった頃でも魔物がいなくなったなんて話は聞いたことがない為、今後も食糧不足になることはないし、私のお父さんも採った動物や魔物を解体しているところをみたことがあるから、平民の間で解体できる人は半数はいるだろう。
いや、もしかしたらそれ以上いるかもしれない。
そんな中で食材が手に入らなくなって自分の手で捌くことになる可能性の方はもっと低いだろう。
(それにレルリラは高位貴族なわけだし)
捌き方を伝えたとしても、授業以外に腕前を発揮する機会なんてないだろうと私は思った。
「おーい、皆いるなー?」
そういいながら皆を見渡し、全員いることを確認した先生は「重大な話がある」と告げる。
「重大な話って何だろう」と近くの者と話す皆に、更に雰囲気を作り出すためか教室内を暗くする先生。
初めて行われる謎な演出に、先生は私も含めて生徒達の視線を集めた。
「実は……」
ごくりとつばを飲み込み、先生の言葉を聞き逃すことが無いように意識を集中させると、パッと明るさが戻り「騎士科の生徒と合同で授業を行うことになりました」と元気よく告げられる。
「え?」
「騎士科と?」
「何故騎士科と合同授業をするのです?」
それぞれが疑問を口にする。
基本的に他のクラスとの交流がないまま四年が経過した今、_以前Bクラスと試合が行われたがBクラス担当のエリシアン先生による挑発で行われた一戦だけで、合同授業と呼ばれるほどのことは行っていない_騎士科との合同授業を行われることを伝えられたからだ。
「……もしかしてまた対戦形式ですか?」
Bクラスとの対戦試合を思い出してか、ベジェリノが手を上げて質問する。
「いや、今回は違う。
皆も知っている通り校外授業が見送りとなった今、利用する施設にも制限があるんだ。
そこで他クラスと合同で授業を行うことで、その問題を解決することと共に皆にも新しい刺激を感じてもらえるようにと企画された」
ちなみに合同授業をBクラスと行わないのは、恐らく先生がBクラスの担任であるエリシアン先生を好ましく思っていないからだろう。
前の対戦の時も子供のように騒いでいたことを思い出す。
質問したベジェリノは先生の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
その様子を私は不思議に思い、隣の席に座っているレルリラにこっそりと尋ねた。
「ねぇ、騎士科ってそんなに危ないの?」
「………そんなことはない。
だが騎士科は魔法科と違く、魔法ではなく武技を習得するクラスなんだ。
魔法科は魔法で対戦するところを、騎士科は武技で対応する。無詠唱魔法ができない魔法使いにとっては相性がかなり悪い相手だ」
「武技?」
「武術ともいう。人によっては剣だったり、短剣だったり、槍だったりと使う武器は様々だが、肉体と精神を鍛え上げることで武器との共鳴が出来るとされているんだ。
武器との共鳴が出来れば少ない魔力量でも、優れた魔術師以上の力が手に入ると言われている。
対戦相手だったら厄介な相手だが、味方なら接近戦も任せられる心強い存在とも言えるな」
「そうなんだ」
毎日朝と晩でレルリラのトレーニングがあるから、寮が一緒でも騎士科の人たちの事をみたこともなかった。
(肉体を鍛え上げて、か)
私も毎日頑張っているが、どれぐらい違うのか興味が湧いてくる。
それに無詠唱魔法じゃないと相手にならない、ということもだ。
「合同授業、楽しみだね」
そう返した私に、レルリラは答えることなく前を向く。
少し眉間に皺が寄っていたのは気の所為だろう。




