14.合格か否か
「さて。皆討伐訓練には慣れてきた頃だろ?
先生はそろそろ皆に学園の外にも行って貰おうと思っているんだ」
先生のその言葉に教室内はざわめきだつ。
学園内にあるエリアCでも苦戦を強いられている人たちは不安な表情を浮かべ、そうでない人は前向きな言葉を口にしていた。
だが仕方のないことだと思う。
学園内で私達が相手している魔物は学生たちのレベルに合わせ、学園側が作り出している幻影の魔物。
逃げ道が用意されていることから、私たちが命を落とすという危険があるわけではない。
幻影魔物で命を落とすような生徒がいるのなら、先生たちがその学生を進級させず退学させているだろう。
だから進級テストがある。
でも学園の外となれば本物の野生…といっていいのかわからないが、それでも学生たちが対処できるように調整された魔物ではない。
命が危ぶまれる危険性が高いのだ。
「だけど自信のない生徒もいるだろうから、お前らお馴染みの先生方に来てもらったぞ!
先生方に認められた者だけ学園外での活動に許可を出せるから、ちゃんと実力を見てもらえ。
ちなみに先生方をこうしてお呼びすることも今回が最後だから、そういう意味でも色々と教えてもらえよー!」
そう告げた先生の言葉で余計にざわめきを増したが、瞬時に私達を転移させたことによってざわめきを打ち消した。
しかも一切の質問を先生は受け付けなかった。
にこやかに手を振って魔法を発動させる先生の手際の良さもさることながら、今回で最後となるアラさんとの授業を悔いを残さない様にしようと心に刻みながら、お馴染みの風景が目に入る。
「はい。ヒルガース先生がお話した通り、私が受け持つ時間のは今回が最後なの」
マーオ町に戻ればまた会えるとわかっているのに、私もアラさんの授業が最後だと聞くと寂しく感じる。
でもそれも当たり前のことだよね。
卒業するまであと一年と少しだけど、学園内ではもうマーオ町にいた人とは会うことがないのだから。
てか、マーオ町のでの知り合いは学園に入学してからアラさんしか会ってない。
だから会えなくなるのが余計にさみしく感じられるのだと思う。
「では、早速皆さんにはテストを受けてもらうわ」
指を弾いて黙々した煙と共に現れたのは、大きな犬。いや、狼かな?
いきなり現れたそれに警戒しつつも、すぐに魔物ではないことを察し警戒を解いた。
白いふさふさした毛に顔を埋めたらきっと気持ちよさそうに寝ちゃうかもしれないと思わせる狼は、アラさんの契約している霊獣らしい。
霊獣かぁ。
お父さんとお母さんも霊獣と契約しているんだよね。
いいなぁ。私も霊獣と契約してみたい。
とアラさんの霊獣を羨ましそうに見つめつつ、アラさんの話をしっかりと聞く。
「これから一人ずつ私、もしくは私の霊獣と戦っていただきます。
そこで皆さんの実力を見させてもらいたいの」
にこりと微笑むアラさんだけど、私達水属性の生徒からは血の気が引く思いだ。
何故ならアラさんの熱血スパルタを知っているから。
アラさんが受け持つ時間が少ないとはいえ、レルリラがまだ優しい優しく教えてくれていると思わせられるアラさんの教え方に、私達水属性の生徒たちはやっとの思いで食らいついていた。
そんなアラさんと戦うってなった瞬間、逃げ出したくてたまらなくなるってものよ。
私を含めた四人は皆アラさんから顔を背けて、アラさんの霊獣の方へと歩を進める。
霊獣の戦いとか見たことないけれど、アラさんよりはまだ戦えると思ったからだ。
そんな私達の様子を見ていたアラさんは、なにやら意味深に笑みを深める。
「…戦闘は突然始まるものよね」
「へ?」
ボソリと呟かれた言葉に反応してアラさんの方に顔を向けると、手を伸ばすと届きそうなほどに近くに迫るアラさんがそこにいて、私は咄嗟に防御魔法を発動させた。
私の発動させた氷の壁にぶつかることなくそっと手で触れ、アラさんは魔法を発動させるために小さく口を開く。
「<エーグウィール・アー・グラセー_氷の針>」
(氷の針!?)
私が作った氷の壁からアラさんは無数の針を発射させる。
私は後退しながら水のバリアの発動とアラさんの手元にある氷の壁を消した。
魔法は発動させる瞬間に魔力を消費するが、その魔法を意図的に消すことでも魔力を消費される。
普通なら魔法に込めた魔力がなくなると自然にその魔法も消えてしまうから、意図的に消すようなことはしないのが一般的だ。
だから正直発動した魔法をわざわざ消したくはないけれど、私の魔力で作った魔法を利用するアラさんにはこうもいっちゃいられない。
「うっ!」
以前トレントの一撃で割れた水のバリアはやっぱりアラさんの攻撃でもあっさりと破れ、氷の針が私の体に突き刺さる。
痛い。痛いけれど制服とローブを着ているからか、突き刺さるだけで貫通することはなかった。
それでも十分に痛いんだけどね。
私は自身の身体に治癒を施しながら足に強化魔法を掛けて、アラさんの周りを走りながら氷の針を発射させるという攻撃を回避していった。
「ほらほら!逃げているだけじゃ許可だせないわよ!」
「それ!いかにも悪役っぽい台詞ですよ!」
だけどアラさんの言っていることもその通りで、私は手のひらをアラさんに向けて大きく叫んだ。
「エーグウィール・アー・グラセー!」
「<マー_壁>…え、?」
ニヤリと不敵な笑みを見せ防御魔法を展開させたアラさんは、ピキピキと凍る足に戸惑いを見せる。
私の魔法は不発していない。寧ろ成功している。
私が発動するつもりもない魔法陣を描きながら、アラさんにはっきり聞こえるように大きな声で言ったのは勘違いさせるためだ。
わざと大声いえば、氷の針の魔法を使うと思わせられ、アラさんは対策として防御魔法を発動する。
同時発動だってもうできるから、私は魔法陣だけを手のひらに描きながら、アラさんの足元に氷結の魔法を発動させた。
アラさんの足元を凍らせてその場から一瞬だけでも隙をつくことができればと思って仕掛けたものだったけれど、ここまでうまくいくとは思ってなかった。
「<ラーンス・ディー・グラセー_氷槍>」
今度はちゃんと言葉通り魔法を発動させてアラさんの周りを取り囲むに配置すると、笑ったアラさんは手のひらを見せるような形で両手を挙げた。
「ふふ、合格よ」
「よ、っかったぁ~」
気が抜けたからかその場に座り込む私に、アラさんが駆け寄り手を差し伸べる。
私はアラさんの手を取り立ち上がった。
「ごめんなさいね。傷を負わせるつもりはなかったけれど、なんだか楽しくなってしまって…」
「あ、アハハハハ…。大丈夫ですよ。それより他の皆は…」
「ビー君が相手をしてくれたわ」
ビー君?と一瞬疑問に思ったけれど、すぐに契約している霊獣のことだと察した私は視線を皆の元へと向けると、私と同じように地面に座り込んでいた。
シェイリンとメシュジは男子だからいいけど、アコは女の子なのに、と少しだけ思う。
あ、貴族なのに地面の上に座り込んでいいのかなっていう意味でね。
戦闘となったら男も女も関係ないと思うから。
まぁそれほどアラさんの契約霊獣は手ごわかったのだろう。
だって、契約霊獣はアラさんと同等で、第二のアラさんみたいなものなんだから。
アラさんは「ビー君」と呼びかけ、駆け寄る霊獣から皆の戦いの様子を聞いていた。
勿論契約霊獣の言葉は契約者しかわからないから、私には何をいっているのかどうかわからないけれど、グルルルルと霊獣が呻くたびにうんうんとアラさんが頷いているから、やっぱり会話になっているのだなと思いながら不思議な光景を眺める。
それにしてもアラさんとの実戦で学ぶことがあった。
まず同じ属性を持つ人に、形の残る魔法を使っちゃいけない。
その魔法を利用されるからだ。
いつもレルリラとばっかり相手してたから全然気にしなかったけれど、これから先は気にするようにしよう。
あと無詠唱魔法も、今は一部の魔法しか出来ないけれどもっとたくさんの魔法を無詠唱で出来るように頑張ろう。
さっきみたいに勘違いさせることが出来れば、冒険者になってから助かる場面がきっと多くあるはずだ。
あとは……防御魔法だよね。
今度物理攻撃にも対応できるようにレルリラに協力してもらおう。
そんなことを考えていると、アラさんが霊獣と話し終えたのかパンパンと手を叩いて皆の注目を集める。
「お疲れ様、皆。ビー君から聞いたけれど、皆合格よ。おめでとう。
皆なら問題なく学園外でもやっていけると思うわ。明日からは学園外での授業、頑張ってね」
にこやかに告げるアラさんに一瞬喜びの表情を浮かべる私達だけど、まだ授業時間が残っていることに気付く。
「あ、あの、まだ時間が残っていると思うんですけど…」
「あらそうね。
ん~~、……じゃあ最後に一番大事なことを伝えておこうかしら」
アラさんの言葉に皆がなんだろうと耳を傾ける。
瞬時に真面目な表情に切り替わったアラさんに誰もが真剣な眼差しを向けていた。
そして私達はこれからある意味大変な思いをすることになる。
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