10.詳しい説明はちゃんと行うべき
「セファルド、サラ」
先生が転移魔法で駆け付けてくれたようだ。
私はほっと安堵し、手を止め先生を見上げる。
先生の後ろにはマリアがいて、私に対してもう大丈夫と伝えるかのように笑みを浮かべていた。
先生がセファルドの横で膝をつき、なにやら制服の中をごそごそ…探っている様子に首を傾げる。
すると薄らと目を開いたセファルドが私から先生へと目線を移した。
「目を覚ましたか。ほらポーションだ。ゆっくり飲め」
セファルドの体を起こしてポーションをセファルドに飲ませる先生に、私はやっと体から力が抜けた気がした。
応急処置でやった行動だったけれど、本当に応急処置になっていたかどうかわからないから、毒消しのポーションを飲ませてくれたことでやっと安心することが出来たのだ。
「ハール、ありがとう」
顔色がよくなったセファルドは、微笑みを浮かべながら私へ告げる。
「ううん。元気になってくれて本当よかった。
それに私だけじゃないよ。マリアも一人で先生を呼びに行ってくれたの」
「シティシス嬢も、ありがとうございます」
「いえ…私のほうこそ、守っていただきありがとうございます。
セファルド様が守ってくれていなければ、今頃私が倒れていました」
マリアは丁寧に感謝を告げると深く頭を下げた。
その様子にセファルドが体を起こそうとしたところを、マリアが止める。
(そっか、セファルドは男爵家だけど、マリアは侯爵家。
私にも気軽に接してくれるからあまり気にしたことなかったけれど、こういうところを見るとうちのクラスでも貴族の上下関係ってちゃんとあるのね)
ちなみにマリアが止めたのは身分関係のない平等の立場というよりも、セファルドの体を心配してのことだろう。
先生からポーションを飲ませてもらってたけど心配だもんね。
「……この雰囲気の中言いにくいんだが……」
そして空中でなにやら操作っぽい動きをしていた先生が言いにくそうに私たちに話しかける。
私たちは不思議そうに首を傾げた。
「セファルドはもうなんともないぞ」
「え?ええ…先生の毒消しポーションのお陰ですわ。本当にありがとうございます」
「いや、そうじゃなくて…」
「「??」」
ガシガシと頭を乱暴にかき上げながら、先生は持っているものを私たちに見せる。
学生証だ。
私は渡してないから私の学生証ではない。
そこで先程セファルドの体をごそごそと探っていた先生の様子を思い出す。
「これはセファルドの学生証だ。
授業前にも言ったが、戦闘を休戦したい場合は学生証を手放すこと。そうすれば魔物から攻撃を受けない」
あ、前にそう言っていたことを思い出す。
あれ、そうなると私がマリアに防御魔法かける必要なかった?
「更にいうと手放すことで受けたダメージも一時的に解消されるんだ」
「え、っと、…」
「つまり毒にやられた場合すぐに手放せば、毒の効果はないってことだ」
私とマリア、そしてセファルドは互いの顔を見合わせる。
「俺がセファルドに飲ませたのはただの回復ポーションだ。
学生証を手放したことで毒の効果はなくなったが、毒に侵されたと錯覚した時に脳が疲労を訴える。その消耗した体力を回復させるために飲ませただけだ。
そして学生証もなにもしなければ、再度学生証を持ったとき再びダメージ効果が出てしまうが、それは先生の方で取り消した。
セファルドには悪いがな」
「あの、どうして俺には悪いんですか?」
「実戦の履歴が残ったままだと学生証を手放したときの状態に戻るからだよ。
しょうがないこととはいえ実戦のデータを消したんだ」
成る程と私は納得した。
いや、わからないところは勿論あるよ?
幻影の魔物だとしても攻撃はちゃんと通るわけだから、学生証を手放しただけでなんで毒の効果が消えるの?とかさっぱりわからない。
でもそういうものなんだと思わないとこの世にある全ての魔道具に対してもそうなって、使いこなせなくなる。
だから私はそういうものなんだと納得した。
だけどさ……
「そういうことはちゃんと教えてくださいよ!!!」
「そうですわ!ダメージも消えるだなんて重大なこと教えてもらっていません!」
私とマリアが詰め寄ると先生は慌てたように後退する。
「し、質問がなかったからあれで理解したんだと思うだろう?!」
「全くの説明不足ですわ!」
流石にまずいと思ったのか、みんなの前でもう一度説明するといってくれた先生に私たちは落ち着きを取り戻す。
そんなわたしたちを見た先生は安堵した様子でこほんと咳払いをした。
「……とりあえず、このまま続けるか?」
先生の問いかけにセファルドは私たちに縋るような眼差しを向けた。
仕方ない状況だったとしても、せっかく倒した魔物討伐の実績データを消されてしまったのだ。
一人だけデータがないことで、また振り出しに戻ってしまったセファルドは私とマリアに悪いと思ったのだろう。
だけどどうしてそうなったかということを思い出してみてほしい。
セファルドが、身を体にして守ってくれたからだ。
そんな行動をとってくれたセファルドに、どうして私たちが拒否するだろう。
たかが授業、されど授業。
データは成績に関係するが、経験はデータの量なんて関係ない。
マリアに視線を送ると、マリアはニコリと微笑んだ。
「先生。どうせなら私のデータも消してください。
同じチームを組んでるので、一緒に初めからやり直したいです」
「……シティシスも同じ意見か?」
「ええ。異論はありません。
それに私、守られただけのデータなんて不要なんです」
一瞬呆気にとられた先生は、すぐに面白そうに笑う。
「じゃあ、希望通りに」
そうして私とマリアのデータも消した先生は転移魔法で消えていき、私たちはもう一度やり直したのだった。




