6.Bクラスとの対戦
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「あー、……はぁ……」
遂に礼儀作法を合格した私は、やっと皆と共に討伐実践の授業に取り込めると意気揚々として先生を待っていた次の日。
いつもは元気な先生が、背を曲げ、肩を落とし、如何にも良くないことがあったという雰囲気を醸しながら教室へと現れた。
「…先生?何があったんです?」
先生のその雰囲気に声を掛けざるを得なかった前列席に座っていたサーは、クラスを代表して先生に話しかける。
先生は話しかけたサーを見つめると、じわりと目に涙を溜めた。
私含めて皆がぎょっとする。
「ああああああ!!!面倒くさい!!!」
「へ?」
涙を流すことはしなかったが代わりに突然声を荒げた先生は、教卓に顔を伏せ、次々と愚痴を漏らした。
「あいつだあいつ!エリシアンの野郎!!
本当に面倒くせーの!自分のクラスの生徒の方が優秀だの、そっちは平民もいるんだろみたいな感じでグチグチいってきやがって!!平民も貴族も今は関係がないくらい優秀な生徒はゴロゴロいるって言い返しても、あいつ根っからの貴族の考えしてるから、なら勝負してみましょうかとか何とか言ってきてよ!しかもそれを他の先生方がいるところでいうから他の先生もノッてきてこっちも断れなくて!!!」
まるで子供のように声を上げる先生は随分うっぷんが溜まっている様子であることは誰でもわかっただろう。
大人がこんな子供みたいになるだなんてと思っていると、メシュジが先生に尋ねる。
「あのエリシアンって、四学年魔法科Bクラスの担任、ウィリル・エリシアン先生ですよね?」
「そうだ!」
「で、勝負っていうことは今日はBクラスの人たちと合同授業ってことですか?」
「そうだ!だが負けられない試合になる。アイツは高位貴族しか認めんからな!
ということで、うちは敢えて平民から選ばせてもらうぞ!
自分たちが見下している平民に負けたとあったら、すぐに尻尾巻いていくだろうからな!!!」
ワッハッハッハッハ!と今度は高笑いし始める先生に私は思わず顔が引き攣った。
入学してから他の学年どころか他クラスとも関わり合いがなかった私達は、もしかして先生たちの交流関係の影響だったのではと少しだけ思ったことは内緒だ。
それにしても同じ学年で魔法科のBクラスといっても、交流がなかった為どれほどの実力を持っているのかわかっていない。
しかも属性魔法を教えてくれるアラさんのような臨時の人たちも、クラスごとで違う。
Aクラスの水属性魔法はアラさんが教えてくれたけれど、Bクラスは違う人が教えているのだ。
「というわけで、サラとサー!頼むぞ!」
パチッと片目を瞑り、私とサーへ指をさす先生。
内心指名されるのではないかと思っていた私は思いっきり息をはきだした。
でもこれもいい機会。
対人戦なんてほぼレルリラとしかやってきていなかったから、他の人とも戦ってみたかったところだ。
それにしてもサーとペアを組むなんて初めてだと、私は戦いに向けて考え始めると隣に座っているレルリラが手を挙げる。
「先生」
「ん?どうした?」
「勝負に勝ちたいなら俺とサラが組んだ方が確率が増します」
「それだとなにも変わらないだろう。お前は公爵家の息子なんだから」
はぁと先生がため息をつきながらレルリラに答えるが、レルリラはあまり納得していない様子だった。
それでも先生の意思が変わらないことを悟ったのか、レルリラはそれ以上言うことはなかった。
だけど、少し落ち込んでいるというか、悲しそう?いや寂しそうにするレルリラに私は小さく囁く。
「レルリラ、私の試合見ててよ。でさ、足りない部分指摘して」
そういうと、レルリラは少し表情を明るくさせて、少しだけ笑った。
◇
「来ましたね、ヒルガース先生」
合同授業として練習場Aについた私達は先に待っていたであろうBクラスの面々に出迎えられた。
といっても迎えているのは先生だけっぽい。
私達生徒には眼中もないくらい先生を見つめているエリシアン先生をみてそう思った。
あまりにも熱い視線にこれは新たな扉が開き始めているのではないかというくらい。
まぁ変な方向に考えすぎかと私はエリシアン先生を観察するのをやめる。
というか私達の先生ってヒルガース先生っていうのか。
一度も自己紹介をされたことがないから、先生の名前も知らなかった。
でもヒルガースってファミリーネームだと思うから、今度名前も聞いてみようかな。
教えたくないからいわなかったかもしれないけれど。
「授業ですから」
「その余裕いつまで持ちますかね」
「いつまでもなにも、これが俺の普通ですよ。
さ、それより今日は試合形式でしょう?さっそく始めましょう」
意味深な笑みを浮かべるエリシアン先生に、クールな態度を貫き通す先生。
私達の前では色々な表情を見せているだけに、こんな先生は不思議な感じだ。
「Aクラスからはサラ・ハールと、サー・サユスクが挑みます」
ヒルガース先生の言葉に前に出る私とサーに視線を向けたエリシアン先生は眉をひそめる。
「平民の生徒ですか。私のクラスからはリッケル・ランドールと、ヨリス・ロールが出ましょう」
前に出てきた生徒は土属性っぽそうな茶色の髪をした人と、雷属性っぽそうな金髪というより黄色の髪をしている人の二人。
どっちがどっちかわからないけれど、敵対心バリバリの二人の視線を感じ取る。
だって睨みが凄いんだもの。
担当の先生が違うだけで、クラスの雰囲気はここまで変わるのね。
私の先生がヒルガース先生で本当に良かったし、クラスメイトが皆で本当に良かった。
ちなみに前にレルリラとのトレーニングに参加した金髪縦ロール女性の姿もあった。
Bクラスの生徒だったんだね。
それにしても試合形式なのに、なんで闘技場じゃなくて練習場Aでやるのかと思ったら土属性の人がいるからかと納得していると、私とサー、そして対戦相手の二人を残して邪魔にならない様に練習場の端による。
「よろしくお願いします」
「いい試合にしましょう」
私とサーが対戦相手にそれぞれ言葉をかけると、何を思ったのか対戦相手の二人は鼻で笑う。
その態度に私とサーはピシりと固まった。
は?こっちは普通に気持ちのいい試合にしようっていってるだけなのに、なんで鼻で笑われなければならないの?
「いい試合?俺たちに?自信過剰じゃないか?」
「それどころか俺たち高位貴族に勝手に話しかけるなよ。常識を知らないのか?」
これだから平民は、とかなんとかいって私達に背を向けて歩き出す二人に、私とサーは相手から目を逸らさずに言葉を交わした。
高位貴族?ハッ。
「サー、アンタどっちがいい?」
「前方に決まってんだろ」
「奇遇ね。私も同じなんだけど」
「俺の方が魔法範囲狭いんだからサラは後方で防御に回ってくれよ」
「魔法範囲はどれぐらいなの?」
「瞬時に発動できるのは十メートルちょいだ」
「じゃあ近づかないと話にならないね」
自分の周囲から魔法を発動すれば距離など関係ないが、発動した魔法が相手の元に到着するまでの時間はかかる。
意表を突く為にも出来るだけ魔法発動範囲は広い方がいいのだ。
そうすることで、離れている相手の頭上に魔法を発動させ気付かせなければ、命中率を上げることもできる。
サーは十メートル程先ならば発動できるらしいが、この練習場は意外にも広い。
直径四百メートル程はある広さの中、すでに私達と対戦相手の二人は五十メートルは離れている為、十メートルは短いと感じられるだろう。
「じゃあ私がサーを守ってあげる。勿論攻撃もするから、私が声を掛けたら避けてね」
「お前、…防御だけじゃなくて攻撃もする気か?……どんだけトレーニングしてんだよ。いや、お前とレルリラの対戦試合みてるけどさ…。
けどありがてぇな。これで攻撃のみに集中できるし、サラも加わるならアイツら容易に叩き潰せる」
そう告げるサーはニヤリと楽しそうに笑った。
私もどう料理してやろうかと想像するだけで楽しくなる。
さぁ。遠慮せずにぶっ放してやろう。