5.最後の難関
◆
「なんで私こっちなのよ!?」
膝と手のひらを床につけた四つん這いの姿勢の私に、真顔でレルリラが静かに私を見下ろしていた。
「なんでもなにも…、ちゃんと踊れてないだろ?
あてられる授業時間が少なかったとはいえ前から指導されていたのに、……というか普通これだけ時間があったら多少なりとも踊れるようになってるはずだが」
「ううう……」
そう。苦手だとグダグダして流していた礼儀作法。
基本的な姿勢や挨拶から始まって、ダンス、音楽、刺繍、そんなんやってどうするのっていうくらい詰め込まれた。
勿論魔法科である私へ求められるレベルは高くない。
ある程度できるようになっていれば合格と判断される。
そもそも貴族社会へと放り込まれてもなんとかなるだろうレベルにさせる為、これは平民の為といってもいい学習内容なのだ。
だから「私も男爵家だから他の貴族より教育レベルは高くないから一緒に頑張ろう」とそういっていた筈のレロサーナやエステルは一発合格。
あの言葉は何なのだと、私は涙目で訴えた。
そうすると心優しいエステルやレロサーナは手を差しだしてくれた。
刺繍に関しては、手先が器用そうなエステルに教えを請いて必死こいて取り組んだ。
いくら幼い頃にお父さんの破れたローブをガタガタに塗っていたとしても、それは裁縫。しかも雑。
それでもお父さんは喜んでくれたから、課題を出された当初の私は刺繍なんてと余裕ぶっこいていた。
だけど刺繍は装飾性を求められる物なのだ。
全然うまく縫えないし、凄い時間がかかった。
与えられた作品が一作品だとしても、私はとても時間がかかってしまったのだ。
私の腕前を知っている先生は引き攣った笑顔を浮かべていたが、それでも合格は合格。
もう刺繍なんてやりたくないとも思いながら、エステルに感謝した。
音楽は、一つ楽器を選び一曲弾くこと。
出来るだけ初心者向けの楽器をレロサーナに選んでもらって、練習の末何とか形になった。
というか、朝と放課後はレルリラとのトレーニングがあり、授業の予習復習に加え、今後の人生に活躍しそうにもない作法をこなしていく。
どこにそんな時間があるのかってぐらいのハードコースを歩んでいた私を誰か褒めてほしい。
だが問題はダンスだった。
他の項目が時間はかかったが、それでも比較的早く合格点を貰えた為に、ダンスと聞いて踊れるようになればいいよねと思ったのだが、どうやら違うらしい。
貴族にとってのダンスとは、マナーやエチケットを学び、それを社交の場のコミュニケーションでいかす。
つまり、ただ単に踊るだけではなく、立ち振る舞い、テーブルマナーなどといったことも学ぶことになる。
そして面倒なことにダンスもステップというものが多くあるのだ。
しかも刺繍や音楽のように一作品だけといかず、何故かダンスのステップは複数が課題。
いつまでと期限を伝えられていなかった私は、ついつい自分の強さにつながる道のほうを優先して追い求めてしまった。
その為
「まさかこんなところで躓くとは!!!!!!」
幻影魔法とは言え、折角の魔物相手の討伐授業から帰った私は、先生にこう言われた。
『サラお前、まだ礼儀作法の合格してないらしいな。
それ終わらせないと授業に参加させられないから、とっとと合格点貰ってこい』
と。
絶望に打ちひしがれている私に、レルリラが膝をついて私に寄り添う。
ちなみにエステルたちは笑って見守っていた。ちょっと。
「……礼儀作法とか、そんなん受けても役立たないのに…」
「ないとは限らないだろう。もしかしたらパーティへ参加する者の護衛を任されるかもしれない。護衛の立場とはいえ、教育をしっかりと受け、知識を身に着けているだけでかなり違うものだ」
確かに教育を受けることでマイナスになることはない。
例え役立つ機会がなくとも、知識として持っておいて損はないからレルリラがいうことも一理ある。
でも
「…そういう護衛って…騎士団の仕事なんじゃ…」
「そうだが?」
首を傾げるレルリラに私は不貞腐れるように唇を曲げる。
(ほらね。やっぱり、小さい頃とはいえそんな煌びやかなところでのクエストなんてギルドでみたことないもの。
まぁ小さい町だからという事もあるでしょうけど)
ん?でも待って。
なんでコイツ騎士団の話を例えとして出すの?
私が答えを出す前に、レルリラによって私の体は起こされた。
「ほら、さっさと合格点貰ってこいよ。
それとも……出来ないか?」
明らかな挑発的な言葉に私は燃え上がった。
「できるし!こんなんすぐ終わらせるから!待ってなさい!!」
「…ああ、………待ってるから早く戻ってこい」
こんな安い挑発に乗るだなんて、と後から我に返った私は子供じみた自分の言動に羞恥でいっぱいになるが。
燃え上がっている今の私はドスドスと足を踏みしめながら教室を出たのだった。
◇
私と同じように合格点を貰っていない人_やはりというか平民仲間だったいつもの三人_達は練習場に立っていた。
先生の手拍子でリズムをとりながら、同じく授業を受けている男子と手を取り合ってステップを踏む。
ちなみに私はキアとペアを組み、マルコとサーは先生が作り出した人形……みたいなものと一緒に踊っている。
あんな魔法もあるんだなと思った私は後で図書室で調べてみようと考えながら、ステップに集中した。
「で?どうなんだよ?」
「どうって?」
足元を確認しながら何かを企む、いやこれは面白がっているのだろか、キアの声色に私は顔を上げた。
そしてあまり見ていて気持ちのよくない顔をしていることに気付く。
「レルリラと付き合ったんだろ?」
「は?」
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
なんで?どうして?どこから?
いや、どこからっていうのは、私たちをどこからみて、そういう解釈をしたのかって意味だ。
いつからという意味ではない。
「付き合ってないし。レルリラとは普通に友達」
「いや、でもアイツ……」
そう言いかけたキアは言いよどむ。
「なに?」
「いや、だから…レルリラから女子に話しかけるのってお前くらいだぞ?」
「友達だからね」
キアの言った通り、クラスメイトと話すようになったとは言え、レルリラが自分から話しかけるのは私くらいだ。
といっても私が知っている一部だけの情報であり、全てを知っているわけでもないが、まさかキアからもそう見えているとは。
………レルリラ、卒業したら交流関係築けるのかな。
いや、男子とはたまにとはいえ普通に話してるから問題ないだろう。
騎士団といえば男性が多いイメージだし。
「まぁ、そういうことにしておいてやるけど……」
そういうことにしておくっていうが、実際そうなんだよ。
「ていうか、アンタこそどうなの?好きなんでしょ?レロサーナの事」
にやりと笑ってやるとキアの顔が一気に真っ赤に染まった。
「な!なななな!」
「意外とわかりやすいよねキアは。でも本人に話しかけるのが恥ずかしいからって、私に話しかけてばかりじゃ気付いてもらえないよ?私と話しながらレロサーナをちらちら見ているだけじゃ気持ちは伝わらないんだからね!」
さっきの仕返しだとばかりに詰め寄ると、もう頭から湯気でもでるんじゃないかってくらい赤くさせるキアに、私は腹が痛いくらい笑ってしまった。
「そこ!真面目にやりなさい!」
注意する先生に背筋を伸ばし、二人そろって謝罪する。
「「すみません!!」」
そんな私達にサーとマルコが笑って、二人も先生に注意されたことは言うまでもなかった。
そして当分の間レルリラとのトレーニングをお休みした私は、その分放課後の時間を使ってみっちりと扱かれ、やっと合格点を貰ったのだった。