4.実践訓練
「…本っ当にごめんなさい…」
頭を下げるレロサーナに私は一つため息をついた。
「レロサーナは最初の討伐対象だからって飛ばしすぎなのよ。
あんなに威力の高い魔法をつかうだなんて…」
あれから私達は消火活動を終え先生の待つ学園まで戻る途中であるが、レロサーナの謝罪で先程の火災事件を思い出し、エステルと二人でジト目_この場合は呆れ_でレロサーナを見る。
だって短時間で討伐できたことは喜ばしいけれど、その後の処理が大変だったのだ。
私の水魔法やエステルの土魔法だけでは、手入れされていない森の火災の広がりは対処できず、半ギレ気味に展開した広範囲魔法でなんとかなったレベル。
私が魔力操作にも磨きをかけ、魔力を広範囲に広げられるようになるだけじゃなく、その全ての範囲に魔法陣を描けるようになっていたからこそ、火災事件にならずに済んだのだ。
あと火事場のバカ力ってやつだね。
…まぁここは学園の敷地内。
先生には筒抜けだと思うけれど_説教が長引かなければいいが…_それよりも重要なことは私の魔力不足だ。
カタカタと指先が震えている為、ここで他の魔物と遭遇してしまったらどうしよう。
火事の心配がないエステルに任せ、レロサーナは補助に撤してもらうしかないが、一番いいのは行きと同じく魔物に遭遇しないこと。
…あとはどうしても無理な場合は学生証を一度手放す手段もあるけど、これはあまりしたくない。
こう見えて私にもプライドっていうものがあるのよ。
私はふぅと息をはきだしてからレロサーナに向き直る。
「…まぁ、次から気を付けてね。
私達もあそこまで一気に火が広まっちゃうだなんて思ってなかったし、レロサーナだけに任せてしまったのも今回の結果よ。悪かったわ」
「サラぁ~~~~!ありがとう!!!」
「はいはいはいはいはいはいはいはい」
「はいが多いわ……」
初めての実戦ということもあり、先生から出された内容は一匹の虫系魔物の討伐。
それが済んだら戻るように言われていた為、学園へと向かっている中ふと思い出した。
「そういえば、全然躊躇しなかったね」
最初の頃は学園や寮の至る場所に展示されている魔物に対して声を上げていたレロサーナとエステルだったが、今では悲鳴をあげなくなったといっても体はまだビクついている時がある。
だから虫系の魔物でも同じような反応を見せるのではないかと、そう思ったのだ。
だが実際には二人とも怯えることなく立ち向かっていた。
レロサーナは笑って胸をはり、私に答える。
「当たり前よ。毎日のように驚かせてくる魔物の横を通って学園に通っているのだから」
「それに私達が驚いているのは音に対してなのよ。
魔物が暴れるたびになる檻にぶつかるあの金属製の音と魔物の鳴き声が、とても頭に響いてしまうの」
確かにそうか、と私も納得する。
私も怯えることはないけれど、たまにあの大きな金属製の音に驚いてしまうからだ。
レルリラとのトレーニングが終わると空も暗くなる。
しかも寮の近くにも魔物を設置されている為、真っ暗な道を歩いている時にあの音が突然聞こえると凄く驚くのだ。
いつものことだと思っていたとしても、音だけは未だに慣れない。
ちなみにめちゃくちゃ疲れている時は完全スルーだ。
驚く元気もないから。
「あ、そういえば知ってる?」
「なにが?」
「?」
突然レロサーナが思い出したのだけど、と前置きし話始める。
「最近聖女召喚を試しているって噂よ」
「あ、それ私もお父様に聞いたわ。
なんでも王都の教会で聖女召喚をし始めたらしいわね」
どうやら知らないのは私一人だけらしい。
貴族が情報を持つのが速いだけなのか、私が疎いだけなのか、それとも貴族だけに情報があるのか。
それにしても、エステルの言葉に不思議に思った私は首を傾げた。
「先生も聖女っていってたけど、聖女ってお伽話の中の存在じゃないの?」
聖女というのは昔私が小さかった頃お母さんがよく読んでくれた絵本に登場してきた人物だ。
黒い髪の毛をしていて、国の皆を守ってくれた女の人。
だけどこの国を守る特別な力はあっても戦う力はないから、常に守られている。
そういう設定だったはずだ。
「あら。サラでも知らないことがあるのね。いいわ、私が教えてあげる」
なんだかいつも教えてもらっているから立場が違うと新鮮ねとかなんとか言いながら、話始めたレロサーナはとても機嫌がよさそうに見えた。
【昔昔、人は笑顔で暮らしていました。
ある人は歌を歌い、ある人は踊り、またある人は楽しそうに笑っていました。
ですが、突然とっても強い魔物が現れたのです。
勇気ある人たちは突然現れた魔物に立ち向かいました。
ですが神が人に与えた魔法を使っても、その魔物は倒れることがありませんでした。
通常の魔物は人間の放つ魔法で退治することが出来ましたが、一部の魔物、黒い靄を全身に纏わりつかせた魔物はどんな致命傷を負っても消滅することはありませんでした。
時がたつにつれ、黒い靄を纏わりつかせる魔物が多くなり、人間は絶滅する手前まで追い込まれました。
人々はこのまま魔物に滅ぼされてしまうのではないかと恐怖しました。
ある人は悲しみ、泣け叫びます。
またある人は理不尽な未来に怒り出しました。
魔物は数を増やし、人間を襲います。
それでも人たちの中で諦めなかった人たちは沢山の研究を重ねて、遂に魔物に滅ぼされない未来を掴むため、召喚魔法といわれるものを作り出したのです。
召喚魔法によって美しい一人の女性が現れました。
黒い髪と真っ黒な瞳を持った美しい女性でした。
王国の民は最初、空から舞い降りて来たその女性を怪しみます。
ですが、女性が放つ魔法は民の使う魔法とは違っていたのです。
女性が祈りそして手を向けると、消えることがなかった魔物が浄化するかのようにキラキラと輝きながら消滅しました。
その様子を見た民や、国の王様も、女性に乞いました。
「どうかこの国を救ってください」
女性はその願いを受け入れました。
女性は魔物の前に立ち、両手を合わせて祈り、魔物を払います。
するとたちまち魔物が苦しみ始め、そして遂には倒れました。
その瞬間国中に歓喜の声が響き渡りました。
興奮を隠し切れない人たちの様子に、女性は微笑みました。
そして国中の人たちに向けて言いました。
「これからは私が皆を守ります」
後に女性は”聖女”と呼ばれるようになりました。
聖女は人々を纏め国として納める王様の息子であり、次代の王となる王子と結婚し、王宮で幸せに暮らしました】
「と、こんな感じね」
わかった?と聞かれたので頷くと満足そうに微笑まれる。
というか、私が小さい頃お母さんから読んでもらってた絵本に少し手を加えたような内容だった。
「で、その絵本の話がなに?」
「もう!これはただの物語じゃないの!本当にあった話!」
「え!そうなの?」
思わずエステルの方に顔を向けてしまうが、これはレロサーナが信じられないということではない。
レロサーナは不満そうだが、エステルにも意見を聞きたいからだ。
「ええ。そもそもサラも知っている絵本の発行元は王家だもの。そして、この話に出てくる”黒い靄”は所謂瘴気ね。
この瘴気を帯びた魔物は今でも現れているの、それも不規則にね」
「不規則なんだ…?ちなみに前に現れたのはいつ?」
「大体百年前かしら?」
「百年前か、なら…」
「でも短いときでは数年と聞いたことがあるわ」
「それは短すぎない!?」
思わず突っ込んでしまうくらい間隔がバラバラすぎる。
というより、それが本当ならば何故もっと国民に浸透されていないのだろうか。
瘴気の魔物なんて聖女じゃなけれは対処できないような魔物の存在、私は初めて聞いた。と思わず訝し気にみてしまう。
マーオ町だから聞かなかったとか?
それとも前に現れたのがエステルの言う通り百年前だから?
冒険者として他の町とか言っていたギルマスとか、アラさんとか、後お父さんとか、お母さんとかどうなのだろう。
知っていたりするのだろうかと、疑問に思った私は後で両親に手紙を出して聞いてみようと思いながら、二人の話に耳を傾ける。
「でもきちんとした期間は決まってはいないわ。あくまでも短かったときは数年だったらしいだけで、長い時には数百年単位で瘴気の魔物が現れなかったときもあるらしいの。
でも最近着たお父様の手紙には魔国の近くの町で発見されたと書いていたわ。
だから聖女を召喚して、魔物を払ってもらって貰おうとしているのよ」
「ええ。だから父様から校外授業が始まったら気をつけろと言われていたことを思い出したのよ」
お伽噺だと思っていたことがまさかの現実に起きていたことにも驚きだが、今まさにその魔物が現れていて、しかも聖女召喚の真っ最中だとは驚愕以外ない。
聖女しか倒せないというところが信じられないところだけど、私もこれから冒険者になって色々な経験を積んでいくのだ。
国中の瘴気の魔物を聖女が倒すとなってもそうとうな時間がかかるだろう。
もし私が力になれることがあれば…。
そう思った私はもっともっと力をつけるために頑張ろうと思った。
「なんだか気合を入れているところ悪いのだけど、とにかく気を付けてねって話だからね?
…まぁ卒業する頃には聖女も召喚されて、片付いてるかもだけれど」
これ以上情報を持っていなかったのだろうレロサーナは話を終わらせた。
疲れたねとかなんとか口にしながら歩いていると、祈りが通じたのか他の魔物には遭遇せず、私達は無事に学園へと到着した。
だけどレロサーナとエステルと話した会話の内容が不思議と残り続けた。




