3.やっと制服着用!
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「それにしても、随分歩きにくいわね」
わざとなのか整備もされていないエリアAの森の中、草木が生い茂り、木の根も地上に盛り上がっていれば森に慣れた人にとっても歩きづらいだろう。
私はレロサーナとエステルの三人でチームを組み、課題として手渡された一枚の地図をもって移動していた。
ちなみにいうとエリアAはスライムや昆虫系の比較的倒しやすい魔物がいて
エリアBには鳥や素早い動きが特徴の動物系
そしてエリアCには大きな動物系や植物系の魔物がいる。
今まで使っていた練習場という名前からして違うように、ちゃんと区別されているらしい。
「サラはこういう場所は慣れているの?」
「ううん、お父さんの仕事についていってた時もあったけど、基本的に町の中だけだったから。
だからこういう魔物の討伐は初めてなの」
まぁ幻影なんだけど。
「あら、意外」
「意外って…、私のお父さん心配性だからね、危険がなさそうな仕事しか連れていかないよ」
「そうなのね。サラのお父様だから、そういうところは積極的に連れて行ってるのかと思ってたわ」
「ないない!お父さんがそういう人だったら、私この学校に入ってなかったもの」
そう笑う私に二人は首を傾げる。
何故私がこの学園に通うことがないと言い切れたのかが不思議らしい。
「私ね冒険者になりたいって両親にいったのよ。
ほら、冒険者って子供でも登録すればなれるような職業でしょ?
小遣い稼ぎ程度なら当時の私より少し大きいくらいの子供でも冒険者登録してたから、私もすぐ冒険者に登録できると思ってたの。
でも、お父さんもお母さんもいい顔しなくて…、で、冒険者になるための条件としてこの魔法学校に通って卒業することって言われたのよ」
口にしてみて思ったが、冒険者になるということを家族以外に口にするの初めてだと気付いた。
まぁ冒険者も平民の間には多いし、そんな驚かれることもないだろうと思ったが、どうやら二人にとっては違ったらしい。
「え!?サラって冒険者になりたかったの!?騎士団は!?」
「成績も上位をキープしているから、てっきりサラは騎士団を目指しているんだと思っていたわ!」
思わず歩きを止めるほどに驚いたらしい。
ついでにガッとレロサーナに勢いよく掴まれた腕と肩が痛いです。
ちなみに騎士団といっても魔法使いが大半を占めている。
騎士…と言ったらややこしいからここでは剣士といったほうがいいかもしれない。
その剣士と魔法使いがいる団体みたいなものが騎士団だ。
だが一般的に騎士団といえば国に仕え、花形と言われている職業でもあるため人気が高い。
ちなみにもっというと、この学園には騎士科があり、そこを卒業すると自動的に騎士団へと入団することができるらしい。
しかも王立騎士団にだ。
なにその優遇制度と思われるかもしれないけど、剣士はそれくらい狭き門らしい。
「昔、魔物に襲われたときあったの。
その時助けてくれたのが冒険者でね、最初は感謝ばかりでありがとうって気持ちでいっぱいだった。
でも冒険者の人は子供だった私達に沢山のお話を聞かせてくれた。
辛かったことも悔しかったことも、仲間とのケンカとか勿論いろいろあったらしいけど、それ以上に広がるたくさんの世界を見れたこと。知らないことを知る喜びが味わえたのだといっていた。
私もおじさんみたいにそういう知らない世界を見たいと、それから冒険者に憧れてきたの。
だから私はおじさんみたいに人助けしたり、知らない風景とかみたり、とにかくたくさんの経験をしたくて、冒険者になりたいと思っているの。
そのためにもお父さんやお母さんを安心させるほどに強くなりたいと思って、今必死こいて勉強してるわ」
へへと笑うとなんだか気恥ずかしくなって、私は誤魔化すように二人にも卒業後のことを尋ねる。
「二人はなにか夢とかあるの?それとも二人とも騎士団に?」
問いかけると先にレロサーナが答えてくれた。
「私は騎士団への入団よ。家にいても嫁がされるだけだもの。それならいっそ騎士団に入ってやろうと思って、この学園に来たわ。
だけど一人娘だからと可愛がられてきたから、剣も兄様達より本気で扱かれたことはなくて、だから魔法科を選択したの」
そういえばレロサーナの家は剣一筋の男一家だと前に言っていたことを思い出した。
授業ではレイピアはないけど、それでもレロサーナは女子の中での断トツに剣の扱いが上手だ。
そんなレロサーナら家では貴族令嬢としてゴテゴテのドレスばかり着ていたのだろう、以前街へと出かけた際自分の好きな服を選んでいたレロサーナはとても楽しそうにしていたことを思い出す。
「私は、実家の事業の手伝いをしようかなと思ってるわ」
「騎士団には興味ないの?」
「実家って確か、ポーション事業だったよね」
「ええ。本当は嫁入り先を探すために入学したんだけど、でもやっぱりポーションに関わることが一番楽しいなと、授業を通して改めて感じたの」
「そうなのね…」
そう呟くレロサーナはどこか寂しそうだった。
私もエステルも騎士団への入団が目的じゃないとわかったからだろうか。
夢をあきらめるつもりがない私は掛ける声を見つけられず、内心気まずい思いでエステルの方を向く。
「じゃあ私が冒険者になったらエステルのポーション買いにいくから、友達割引よろしくね」
「ふふ。勿論よ」
「っ!…なら、私にも融通お願いね!」
慌てて便乗するレロサーナに、エステルはくすくすと笑う。
「あら、騎士団はもう既に御懇意にしているお店があるんじゃない?」
「私個人で買いに行くわ!」
「そしたら沢山用意しておかないとね」
そんな他愛無い話に花を咲かせていると、あっという間に目的地にたどり着いた。
といっても、幻影とはいえ魔物は生物でありその場にとどまることはないから、これから先は魔物探しになる。
あくまでも生息地として示されているだけで、必ずしもここに対象がいるわけではないのだ。
「それにしてもここまでの道で一匹も魔物に会わないなんてね」
「そういう仕組みなのかしら?意外にも整備されているのね、森の状態は悪いけれど」
「ええ。場所はここで合ってるのよね?」
「ちょっと待って、もう一度地図出して確認するから…」
確認の為に配布された地図を広た瞬間、粘り気がある水滴が地図に落ちた。
それは、じわりと滲み地図に染み込んでいく。
「え、地図が…」
「サラ!!!」
「上よ!」
襟元を掴まれ後ろに引っ張られたすぐ後、頭上を空を切る素早い太刀筋が過ぎ去った。
反動で「ぐえっ」と喉を圧迫した為咳き込むが、先程までいた場所の真上には巨大なタランチュラが涎を垂れ流し木から垂れ下がっていることに気付く。
もしかして、いや、もしかしなくてもあの蜘蛛のあの涎が落ちてきていたのか。
サーと血の気が引く感覚を覚える。
魔法で出来ているといっても、それは確かに本物で。
涎が体に落ち、そして伝る感覚は忘れることは出来なかっただろう。
地図に落ちてよかった。
本当に。
「ごめん!油断した!」
「大丈夫!それより態勢を!」
「私たちの討伐対象はあれで間違いない?!」
「うん!タランチュア!難易度一だけど毒効果が強い!そして弱点は火!」
出したばかりの地図を乱暴にポケットに突っ込みながら魔物の情報を告げると、レロサーナがニヤリと笑みを浮かべる。
「私は火属性じゃないけど…、”焦がす”のは得意よ!」
頼もしいよレロサーナ!と熱を上げる私とエステルの二人の声援の下、レロサーナが手のひらをタランチュラに向ける。
「<トネ_雷>!」
手のひらの魔法陣から雷が伸び、タランチュラに当たると雷に包み込まれたかのように光を帯びる。
「「おぉ~~~!!!……………………えッ」」
エステルの二人で拍手を送りながら眺めていると光が消え、そこには丸焦げになったタランチュラがいたのだが、森の木へと広がる火の勢いに拍手していた手が止まる。
放たれた魔法は、どれほど魔力を込められていたのか。
以前魔力量はそれほどないとレロサーナ自ら言っていた筈なのに、私たちの体の倍以上大きいタランチュラよりも、更に大きい雷が直撃した。
だから当然…
「ああああ!!!エステルそっちお願い!!!」
「待って!私まだこっちの対処やっている途中なの!そこまで手が回らないわ!」
「本当にごめんなさい!私はどうすれば…!」
「レロサーナは防御魔法で火を食い止めていて!!」
「サラ!逆方向にも広がってるわ!!」
「あああああ!もうっ!!雨降らして一気に消すから、魔力足りなくなったら私をおぶってよね!!」
広がる火災に慌てて水の属性の私と土の属性のエステルは消火に追われるが、尋常じゃない火の燃え広がりように焦った私は思った以上の広範囲で魔法を発動させてしまい、結果魔力の枯渇で地面に膝をついたのだった。
学園が管理しているといっても訓練用の森。
わざと手を加えずにいた理由がこういう事態も起こりえるのだと学ばせるためとはと、私は理解したのである。