1.四学年
そんなこんなで私は四学年になれた。
「さて四学年になったお前らには実際に魔物と戦ってもらうようになる。
といっても先生たちが作った幻影だけどな」
「幻影、ですか?」
不思議そうに尋ねる私達に先生は頷く。
「その通りだ。お前らは実戦経験がないだろう。その状態で本物の魔物と戦わせられないし、かといって一人ずつ戦う様子を俺が見守るのも非効率だ。
そこで幻影魔法だ。だけど当然攻撃もするし、当たれば怪我も負うし血もでる」
えっ、なにそれ。とビクつく私達に先生は構わず話を続ける。
「それを可能にしてるのが学園内に施されている巨大な魔道具とお前らがもつ学生証だ。
学生証にはお前らの魔力が登録されていて、身に付けるとその行動が学園側に伝わる仕組みになっている」
勿論プライバシー保護のために音声機能とかはないぞ?とおちゃめにいうのを先生は忘れない。
「それでも気になるやつはいると思うから言うが、実際にどんな行動が伝わっているかというと、主に魔力に関してだ」
「魔力?」
「ああ。どんな魔法を使ったのか、それが伝わることで学園が用意した幻影魔物に誰が挑んだのかわかるシステムになっている。だから、人任せはできないという事だな。
そして相手する幻影魔物が強く討伐が見込めない場合は、学生証を手放すか、もしくは自分以外の人に渡すことで戦闘を回避できる。
勿論その分のデメリットとしては、評価がつかないという点が挙げられるがな」
さて、ここまでで質問は?と尋ねた先生に質問したい生徒は手を挙げる。
最初に指名されたのはアコだ。
「魔力以外は伝わりませんの?」
「いいや。この中に学園の割引制度を利用して買い物した者がいると思うが、どんな買い物をしたのかという情報は伝わる。
ただし詳細ではなく大まかにだ。書物なら作品名やジャンルはわからないし、衣類もどんなデザインのものを購入したかまでは伝わらない。
あくまでも大まかなジャンルが伝わるっていう感じだな」
次にセファルド。
「学生証を他の人に預けっぱなしだとどうなるのですか?」
「持ち主が捜索依頼を出さない限りは何も起きない。
ただし魔物討伐などの授業が受けられないのは当然だし、学園側はお前ら生徒の魔力を登録しているから、捜索願が出されれば誰が持っているのかすぐにわかる」
次にベジェリノ。
「戦闘を再開するのはもう一度学生証を手にすればいいのですか?」
「その通りだ。誰にだってタイミングが悪い時はあるだろうからな。
治療中や食事中、靴紐を結んでるときとかに戦闘ふっかけられちゃ迷惑だろ。
勿論社会に出ればそんな理由は許してもらえない可能性があるが、お前らはまだ学生で将来も決まっていない」
他は?と問う先生に質問はないのか、それとも思いつかないのか手を挙げない私たちを見て先生は一度そこで説明を終えた。
「じゃあ次だ」
そう言った先生の背後で勝手にチョークが動き、図形と文字を記し始める。
「まだ先のことだが…お前らが幻影との訓練に慣れてきたと判断した後には学園外での活動を予定している。
勿論その時にも話すが、知識として覚えておいて貰いたい。
この世界はキュオーレ王国の他にも、魔物が発生しやすいと言われている森、通称魔国とよばれる森と、エルフやドワーフ、そして獣人等の俺たちのよう人族ではない亜人と言われている者たちが暮らしている亜人の森があるというのは知っているだろう」
簡単な円や楕円形、そして”コ”のような図を描いた先生は、中央部の丸い円にキュオーレ王国、丸い円を囲むように書かれたコの字に魔国、そして魔国とは逆側に数個書いた小さな楕円形に亜人の森と記し、チョークが置かれる。
「魔国はさっきも言ったように魔物が発生しやすい。
国内で見かける魔物の殆どはこの魔国から移動してきているとされている。
国でも調査の為、騎士団を派遣しているが全体像がいまだに見えない入り組んだ森と言われている。
その為魔国がどのような場所なのかがいまだに解明できていない」
魔国の部分に大きく×を魔力で描く先生は、続けて亜人の森に具現化された魔力をあてた。
「次に亜人の森。遥か昔は人種関係なく暮らしていたことが発掘された遺跡などからわかっているが、今では人族と亜人たちの交流は全くと言っていいほどない。
交流どころか険悪な状態がずっと続いている。
理由はこれまで人種の違いの為だろうと考えられていたのだが、それでも近頃では少しずつ人族の国に他の亜人たちの姿が見えるようになっているのは皆も気づいていると思う」
先生の話に皆も思い当たる人がいるのだろう。
それもそのはず。アラさんの服装は人族と何ら変わらないけれど、その外見はエルフとはっきりわかる美貌なのだ。
しかも耳が長い。
私のお母さんはほんの少し耳が尖ってるくらいだけど、アラさんはそうじゃないからエルフだとはっきりわかる。
王都の街でアラさんやお母さん以外の亜人を見かけたことはないけど、きっと私が見ていないだけで他にもいるのだろう。
「その者たちの協力もあり、昔何があったのかが知ることができた。
我々人族は亜人の者達を隷属として扱っていたのだと、亜人にはそのように伝えられていた」
「え……」
声に漏れてしまったのは私だけではないだろう。
想定外すぎる話に私も皆も驚いている。
いや、中には知っている者もいたのか、特にレルリラは変わらない様子だ。
でもレルリラが驚く姿は全然見ないし想像つかないから、ただ反応が薄いだけかもしれない。
だけど、公爵家という高位貴族なら皆が知らないことも伝わってる可能性もあるからなんとも言えない。
でもそんな過去がありながらエルフのアラさんは懇切丁寧に私達、といっても水属性の生徒にだけだがそれでも教えてくれているのだ。
しかもお母さんからもそんな話は聞いたことないし、町の人達とお母さんの関係は良好だ。
でも確か昔、お母さんから魔法を習う際にエルフであることは内緒だと、そう言っていた記憶がおぼろげながらに思い出す。
「隷属って…奴隷ってことですか?」
「奴隷にしていたのに、謝罪は致しませんの?」
「でも何故そんな過去がありながら人族の国に…?」
そう口々にする生徒達に対し、先生は首を振った。
「まず隷属は奴隷という意味で合っているだろう。そして今は謝罪は行わっていない…というより昔、我が国からの謝罪を行った為、改めての謝罪は行わないといったほうがいいな。
………とはいえ、傷つけられた亜人族達は未だにキュオーレ王国の人族を恨んでいるものが多くいるんだ。
だからこそキュオーレ王国の国民が被害に合わない為にも、亜人の森には立ち入り禁止区域に認定されていることを覚えておいてもらいた」
「じゃあ魔国と亜人の森に囲まれたキュオーレ王国の人たちはどこにも行けないということですか?」
先生の記した地図では、キュオーレ王国が魔国と亜人の森で包囲されている為、そのように感じてしまうだろう。
でもそうじゃないことを私は知っている。
何故なら描かれている尺度がおかしいだけで、キュオーレ王国は広大な土地に恵まれているからだ。
それに実際亜人の森は、もっと小さいとされている。
実際に過ごしたことのあるお母さんが言っていたからだ。
もっとも、エルフの里だけの話かもしれないけれど。
「“どこにも行けない”っていうのは適切じゃないな。
国民含めキュオーレ王国は亜人たちに引けを取らない魔法を取得しているし、劣らない知識もある。
それ例えに"聖女”が狙われても、追い返せるほどの戦力はある」
先生がそう諭して、私達は頷いた。
正直、エルフ等の亜人族に対して奴隷のように扱ってきたという事実には受け入れがたい。
受け入れがたいけど、それが真実ならどうすればいいのだろうか。
そしてアラさんもハーフエルフであるお母さんも、どうして敵国で、憎らしく思っていた筈のキュオーレ王国にいるのかが気になった。
昔の話とはいえ、仲間が奴隷として扱われてきた国なのに、もしかして今は違うのだろうか……と。
だけど亜人の森が立ち入り禁止区域に設定されているのであれば、いまだに関係は改善されていないのだろうと思いなおす。
今先生がこの話をしたのは、四学年から組み込まれる実戦訓練に向けてが理由だ。
勿論最初はまだ学園の敷地内に留まるが、すぐに学園外での実戦も行われるからこうして注意事項として話をしたのだろう。
ちなみに学園が保有する土地といっても、学園自体が王族所有の為、森自体もかなり広大である。
しかも”学生が討伐不可能な”危険な魔物は存在しないし、対応策もある。それが先程先生が言った学生証と学園が誇る幻影魔法だ。
だからこそ存分に授業ができるというわけだ。




