13 優しいクラスメイト
■
結局レルリラが指導する早朝トレーニングに参加した彼女は早々にギブアップした。
ちなみにいつものトレーニングでは一緒に同じメニューをこなしているのだが、私が生半可な気持ちでやっていないことを証明するために、今回ばかりはレルリラに完全指導側になってもらった。
長距離の走り込みを私と金髪縦ロールの彼女が行う中、レルリラはカウントを取り、タイムを計る。
そして早々にバテた彼女にレルリラが軽蔑するような視線を向けてしまったみたいで、彼女は心に傷を負ったようだ。
でもそこは大目に見てもらいたい。ドレス姿で走り込みは流石に無理ってもんよ。
そして筋トレメニューだ。
有酸素運動よりは出来るだろうと思ったが、彼女は私のクラスメイトよりも鍛えていなかった。
回数を減らすも達成することが出来ず、レルリラは遂に言ってしまった。
『…今後トレーニングに参加するつもりなのか?』
と。
眉間に皺を作ったレルリラの表情と迷惑そうな声のトーンに、流石に自分に向けて言われた言葉でなくても、まじか。と思ってしまった。
そして罪悪感がつもる。
彼女も喜んでいたとはいえ、勝手にトレーニングに参加させたいと言い出したのは私だからだ。
『えっと、…大丈夫…?』
と声はかけたものの、私の言葉は彼女に届いていなかったようで彼女は涙を浮かべてその場から走り去った。
疲れていたんじゃなかったの?と思うくらい足早に去っていった彼女に私は目が点になる。
「………あれでいいんだろ?」
「え?」
私は思わずレルリラを見上げた。
レルリラは「手紙」と答える。
私はその一言で昨日の夜レルリラが私の手紙を読んだことを察した。
「なんだ、読んでくれてたんだ」
「ちょうど寝るところだった」
「でもなんで遅かったの?私少し早めに来てって書いたはずだけど」
「行ったけどいなかったから探してた」
その言葉に「あ」と私は口にした。
「…もしかして食堂前に、って私書き忘れてた?」
恐る恐る尋ねた私の言葉にレルリラは頷いた。
そして私は納得する。
入り口前で待っててもこない私を探していたんだ。
そう考えると、比較的早く表れたのは探知魔法でも使って食堂前にいると分かったからだろう。
「グッドタイミングだったよ!」と親指を立てると「今度からちゃんと書け」と返される。
はい、気を付けます。
「あ、そうだ。今回は急だったけど、今後もたぶんこんな感じでお願いすることがあると思うんだけど……」
「構わない。元々は俺が原因みたいだからな」
すぐさま承諾したレルリラに私は頷いた。
また呼び出されたことがあった際には遠慮なく頼もう。
■
「うちのクラスの皆さ、凄い優しくていい人ばかりだよね」
意図せず口から漏れ出してしまった言葉に私はハッとして口をつぐむ。
だけど、口に出してしまった言葉はもう戻せず、しかもレロサーナとエステルの耳にしっかりと届いてしまったようで、私は二人に不思議そうに尋ねられた。
「どういうこと?」
「もしかして、“また”なにかあったの?」
「ううん。なにもないよ。本当に」
私が嫌がらせを受けていることを知っている二人は心配そうに眉をひそめていた。
私は首を振って否定する。
今朝の金髪縦ロール女子とのことを二人に話していなかったのだ。
でもそれはしょうがない。
昨日の夜に呼び出しの手紙があったし、今朝には撃退したので話すタイミングがなかったのだ。
必死に首を振る私に、レロサーナとエステルは顔を見合わせる。
二人の間に言葉という会話はなかったはずなのに、テレパシーなのかなんなのかわからないが、二人は同じような目つきで私をみた。
白状させようとする、狙った獲物を見定める鋭い目つきだ。
そんな時アラさんの言葉を思い出す。
私のことを心配してくれる人たちに頼らず、そしてなにも話さずにいることは、心配かけようとする私の心とは裏腹に寧ろ不安な気持ちを抱かせる。という言葉を。
そしてアラさんの言葉が正しいことのように、私の目の前には不安そうに私を見つめる二人がいた。
「実はね……」
結局私は二人に昨日の夜から今朝にかけてのことを話した。
もう私的には終わった話だから簡潔に。
でも二人は初耳だから質問と返答を何度か繰り返した。
「それで、さっきの言葉に繋がるのね」
「うん」
さっきの言葉というのはクラスの皆が優しいという私の言葉だ。
平民と貴族の間にはどうしようもない身分差がある。
学園の中では平等だとか謳っているが、その言葉をまともに受け取っている人は少ないだろう。
私がいる魔法科のAクラスの皆が寧ろ異例ではないかと思ってしまう程に、皆は私だけじゃなくてマルコやキア、サーにも平等に接してくれている。
「…少しは自信を持ってもらいたわね」
「え?」
「そうね。自分たちがなにをしたかという自覚を持った方がいいわ」
「どういうこと?」
私は二人の言葉の意味がわからずに首を傾げた。
隣で本を読んでいるレルリラを見てもぽやっとした表情をするばかりであてにならない。
「一年の最初の頃、このクラスにも確かに貴族と平民に大きな壁があったことは覚えているかしら?」
レロサーナに言われて私は頷く。
そう言われると確かにあった。
だから最初の頃私はマルコたちの平民だけで行動していた。
貴族の人たちとは仲良くなれなさそうだったから。
「私達は男爵家で平民とは近い関係でもあったから、本当は気にせず話しかけてみたいとは思っていたの。でもクラスの中には男爵家よりも高い身分の貴族も多くいて、その人たちの目に入ったら…なんて考えたら関わるようなことはしないよう、寧ろ貴方達を避けていたの」
「この学園に入るのは皆優秀な人ばかりだから、嫁ぎ先にも婿探しに最適で、しかも成人になったら貴族は誰一人例外なく社交界に参加することになる。だから他の貴族の癇に障ることはしないよう気を付けるようにしていたの」
大人しく、問題も起こさずに卒業出来ればいい。そこで婿となる人の目星をつけられたらよりいいってね。と答えるレロサーナに私はなるほどと納得する。
そして制服を着ないのもその為だと聞いた。
そこはちょっと意味がわからないけど、今突っ込んで聞くところではないから一旦置いておく。
「だけど授業についていけないかもしれないと、そう焦り始めたときサラがマルコさんたちに教えているところをみて余計焦ったわ」
「家でもここまでのことを私達は習っていなかったから。先生も時間がかかる内容だとわかっているかのように生徒に時間を与えてくれていたしね」
「それなのに貴族でもない貴女が余裕そうな顔で出来て、しかも人に教えているんですもの」
エステルは笑っているが、普通そこは言葉がアレかもしれないが、嫉妬するところではないのか。
平民の癖に、と。なんで平民が自分達よりも早く出来ているのよ、と。
「それでね、勇気を出したわ」
「勇気?」
「ええ。他の貴族の子たちに目をつけられてしまったら、私達社交界に出てから爪弾きに合うかもしれない。それよりも前に今まで避けてきたサラ、貴方達に拒否されるかもしれない。今更利用しようとしないでと言われてしまうかもしれないって怖かったの」
「でも授業に着いて行けなかったら最悪退学になってしまうかもしれない。そう思ったらそれこそ将来が不安になるわ」
「だから、勇気を出して話しかけたの」
「結果はサラも当然知ってるけど、サラもマルコさんもキアさんもサーさんも、皆嫌な顔を浮かべることもなく受け入れてくれた」
「嬉しかったわ」
二人はそう言っているけど、教えて欲しいと乞う人を無下にしないのは当然のことだ。
そんなことを思っているのが顔に出ているのか、二人は苦笑する。
「貴族の私達にとって、知識を自分の物にするというのはとても重要なの」
「私達低位貴族にも家庭教師はいるわ。でも決して最高レベルではない。
社交界に出ても問題が起きないよう、最低限の教育を施されるのは当たり前の教育内容だけど、魔法についてはそうじゃないの。知識は当然教わるけれど、その知識を教えられても自身の力に出来るかは別問題」
「つまりね、契約内容にもよるかもしれないけど家庭教師は教え子が出来るようになるまで教えてくれないということよ」
「なにそれ!?」
私は憤慨した。
個人で個人に勉強を教えてくれるのが家庭教師であるのに、出来るようになるまで教えないなんて、そんなの教材をぽいっと与えて役割を放棄しているただの給料泥棒じゃないと思ったからだ。
でもだからこそ二人は、私達が渋ることなく受け入れたことに安堵したのだろう。
私からしたら当然のことが、二人の世界ではそうでなかったのだ。
「だからね、偏見や拒絶の言葉もなく、そして対価を求めることもせず、サラ達はあの日自然に私達を受け入れてくれた。とても嬉しかったの」
「私達はその時思ったの。人の目を気にして過ごすよりも、自分にとって大切になるだろう存在を大事にした方が、素敵な大人になれるんじゃないかって」
「だからサラと友達になった。友達になりたいと思ったの」
だから優しくていい人っていうのは貴方たちのことをいうのよ。とレロサーナに指さされて私は少し気恥ずかしくなった。




