9 縮まらない差
魔法授業では定期的に試合が行われているが、学年が上がるごとに生徒達の間に実力差が顕著に出始めたことで、三学年になった今ではほぼ決まった相手との試合となっていた。
当然私の前には赤い髪の男、レルリラが余裕そうな顔で立っている。
レルリラとの差は縮まった気がしないけど、友達でも師匠でもある前にコイツは私のライバルでもあるのだ。勿論ライバルというのは私が心の中で勝手に決めたことだけど。
本人にはいってない。
言われない自信は仲良くなってから持つことが出来るが、少しでも「お前の実力でライバル?」とか思われたくないからだ。
「<レンフォーセメント_強化>!」
私は足に強化魔法を掛け、レルリラの背後に回るとすぐに魔法を発動させた。
「<ラーンス・ディー・グラセー_氷槍>!」
自分の周りにいくつもの氷の槍を生み出しレルリラに向けて発射させるが、レルリラに近づいた氷は蒸気を上げて溶けていく。
つまり、仕掛けた魔法を簡単に、そして綺麗に打ち消されたのだ。
それならばこれはどうだと、さっき作り出した氷の槍よりも大きな氷を生み出してもじゅうっと音を出して溶かされていく。
ならば水魔法のままならどうだと魔法を発動させても、私の魔法はあっという間に打ち消された。
火と水なら火が優勢だとわかっているけど、ここまで簡単に打ち消されるとショックとしかない。
(もうこうなったら属性魔法じゃなくて支援魔法だけで挑んでみる?)
そんなことを考えながら地面に膝と手を着けた四つん這い状態の私に、人影が射した。
誰の影かだなんて考えなくてもわかる。
先程迄私の試合相手だったレルリラしかいないからだ。
「どうした?」
「…毎回負けてる。…放課後の特訓も欠かさずにやって、しかも今じゃレルリラと同じぐらいの魔力量だってあるのに。属性魔法も魔法の規模によるけどタイムラグ無しで出来るようになったし、新しい魔法も少しずつだけど覚えていってるし、魔法陣の数だって増えてるのに」
「で?」
「なのになんであっさり打ち消されるの!?」
場所が教室ならば机に拳を振り落としているだろう。
だがここは闘技場なので、地団駄を踏むことでこの気持ちを分かってほしい。
ちなみに剣については、やはり幼少期から教育を受けている貴族の男子生徒に優位な様子で、私はクラスで中の下、よく言っても中の中くらいといった感じぐらい。
どうも小回りの利いた対応ができないのよね。剣の扱いが難しいというか。
ちなみにレロサーナは流石剣の家系だけあって扱いがうまかった。
『私はレイピアじゃないと重くってうまく扱えないわ』とかいいながらも、その腕前に構わなかった男子生徒が多くいたくらいである。
でも魔法に関してはめちゃくちゃ頑張っているというか、レルリラに追いついてるんじゃないかって思っていたのに、全く手も足も出ないほどだとは思っていなかった。
くそ。せめて属性魔法が一緒だったら…。
「経験の差だろう」
「は!?」
「聞け。俺は小さい頃から火の属性のみだが教育を受けてきた。
そして学園では風属性をメインで習っているが、火属性だって時間を見て教えてもらっているんだ。
幼い頃から教育された俺は、火属性だけじゃなく風属性も少しなら無詠唱でできる」
「無詠唱!?」
やっぱりさっきの無詠唱だったのか!聞こえないように呟いたのかと思っていた!
というかこの歳で二つの属性を無詠唱で魔法を発動させることが出来るだなんて!
子供の頃でしかもマーオ町限定の記憶だけど、無詠唱できるような人、大人でもいなかったというのに!
あ、お母さんは別ね!
「お前は平民で俺のような教育は受けているわけもなく、この学校から本格的に習っているんだろう?なら俺の方が出来て当たり前だろ」
それをいえるのはレルリラだからで、私がいうとただの言い訳にしかならない事にこの男は果たして気付いているのだろうか。
そんな言葉は飲み込んでおくに限ると、喉まで出かかったところでグッとこらえていると、レルリラが少し考え込む仕草をする。
「……無詠唱はお前ならそのうち出来るようになると思っている。
だがどうせなら複数同時発動や防御の徹底、あとは発動距離を強化すればいいんじゃないか?」
「?」
私が首を傾げると、レルリラは膝を曲げ地面に着いたままの私の手を取って立ち上がらせる。
ついでに膝についていた土もほろってくれた。
「さっきのお前の攻撃、俺じゃなくてもお前を見失わなければ対応出来る。
でも俺の注意をひきながら、お前の周囲から発動するんじゃなく俺の死角から発動していれば対応が遅れたかもしれない」
「…わかった」
確かに自分から離れた場所での発動は時間がかかるからあまり使っていなかった。
詠唱魔法で魔法を発動させてはいるけど、ひとつひとつの魔法陣に対して詠唱しているわけじゃない。
だから注意をひくための魔法と死角に魔法陣を描いて攻撃ならいけるかもしれない。
うまくいけばレルリラにも勝てるかもしれない。と私は希望を抱く。
まぁ、この作戦はレルリラから教えてもらっているわけだけど。
「ちなみに俺も同時に複数の魔法を発動している。さっきも風魔法で、火魔法の強化をしていたから、ハールの氷もすぐに溶かせるんだ」
「え!?そうだったの!?」
「ああ。火は空気中に含まれる酸素が必要なのは基本中の基本だろ。
魔法で生み出した炎でも、空気を送り込むこと、つまり風魔法が加わることによって威力に幅が出来るし、それに大規模な魔法よりも使用する魔力量が抑えられる。
ハールも一つの魔法で対応することにとらわれるんじゃなく、いかに最小魔力で且つ有効的に使うかを考えたほうがいい。効率を考えないといざというときに動けないからな。その為には複数同時発動は必要だ。
……ハールはまだ魔力欠乏を起こしていないが、これから先何があるのかわからないってことを覚えておいた方がいい。
あとこの際だから言うがお前の強化魔法、そもそも魔法で応戦するんだから肉体戦やらねーだろ。
相手の背後に回って隙を狙いたい気持ちもわかるが、さっき言ったように発動範囲を広げること複数同時発動を身につければいいだろ。
そして何があっても対応できるように防御に力いれろ」
ビシッと指をさされると同時に私の体は跳ね上がる。
なんか、……凄いダメ出しされているけれど、否定できないくらい正論だ。
私は素直に受け止めた。
今レルリラに言われたところを直していかないと、そもそも冒険者としてやっていけないもの。
私がアドバイスを貰っていると、ひょっこりと一人現れる。
「なんだ?またサラはレルリラに教育してもらってるのか?」
「せ、先生!」
ひょっこりと現れた先生に私は驚いたが、レルリラは冷静に頷くだけだった。
さっきの熱血先生はどこいったんだ。
ノリがいいのかわるいのかわからない。
ちなみにアラさん達属性魔法を教えてくれる先生方は、今はもう学園に来ていない。
本業もあるから仕方ないんだけどね。
またね。といっていたからきっとまた来てくれるんだろうけど、次はいつ来てくれるんだろう。
「ええ。こいつには強くなってもらわないといけないので。それに……戦いのクセを知っている俺の方が適任かと」
「ハハハ!今から囲っておこうってわけだな!まぁ、レルリラなら今のままでも騎士として活躍できるぐらいの力はあるし、指導側としても間違いないだろう。
サラ、レルリラのもとで頑張れよ」
ハハハー!と他の生徒の様子を見に行ってしまった先生は一体何しにきたのだろうか。
思わず先生の後姿をじっと見つめてしまうのも仕方ないと思う。
そして私が先生を見送る時間は決して長くなかったはずなのに、背後から低い声がかかった。
これは機嫌が少し悪くなっている気がする。
「ハール」
「…はいはい。えっと防御魔法を鍛えるんだよね。
じゃあレルリラ。私が防御魔法を使うから、強そうな魔法ぶつけて」
防御を徹底させるんだから、ただの<マー_壁>ではなくマー・デオー_水壁>がいいだろう。
手をかざして魔法陣を組み立て、そして厚めの水の壁を発生させる。
そうするとレルリラからの要望が入った。
「次は薄めで何枚も作ってみてくれないか?強度と消費魔力について確認しよう」
「わかった」
入学の時と比べ大分成長したと思ったけれど、まだまだだなと改めて思わされた。
やっぱり、レルリラという目標は高い。
私は自分の目標がいかに高いかを改めて実感したのだった。




