4 付与魔法
そして翌日。
今日は最初から属性ごとに別れ、教室には向かわずにそれぞれ指定場所に向かう。
私たちが向かったのは、以前と同じ練習場だ。
「久しぶりね、皆」
ふわりと優しい笑みを浮かべ微笑むアラさんに、私達水属性の生徒はそれぞれ喜びの言葉を口にする。
すっかり人気者のアラさんである。
「アラ先生!今日は属性魔法を使って剣を使うって聞いてるんですが、具体的に何をするのですか?」
「付与魔法についてよ」
「付与魔法?支援魔法のことですか?」
一人のシェイリンが手を挙げて質問する。
ちなみに三学年にもなるとクラスメイト全員が詠唱で魔法を難なく発動できるようになっていた。
「うーん、カテゴリーとしては支援魔法に入るけれど、……同じようで違うともいえるわね。
でも難しく考えないで。属性魔法と同じようなモノだと思っていいわ」
「支援魔法なのに、属性魔法と同じですか?」
「ええ、防御魔法も属性を加えるだけで威力があがるでしょ?
それと同じようなことが剣にもできるの。
…<ダーシセメント_硬化>…これは支援魔法でただ硬度が上がっただけの状態よ。勿論剣にもこの岩にもかけたわ。よく見ていてね」
アラさんは剣を取り出し硬化の魔法を掛け、続けて岩にも同じように魔法をかける。
アラさんの魔法で硬度が上がった剣と岩は一瞬光を帯びて元に戻った。
その剣を思いっきり岩に打ち付けると、キーンと甲高く耳に残る悲痛な剣の音に、私たちは思わず耳を塞ぐ。
「この通りただ硬化の魔法を掛けただけだと剣は無事だけど、岩を切ることはできないわ。逆も同じね。
だけど、今度は硬化を掛けた岩はそのままの状態で、剣の方にだけあることすると不思議なことが起こるの」
「不思議な事?」
「よく見ていてね」
アラさんは今度は魔法を使わないのか、剣をただ見つめた。
だけど剣の周りに薄い水色のもやっとした魔力がまとわりつくことで、私はアラさんが剣に魔力を流していることを知る。
アラさんの魔力が宿った剣は、本当に薄らだが色が帯びているように見えた。
そして先程剣をはじいた岩にアラさんが再び剣を振り下ろすと、今度はスパッと、まるで柔らかいものでも切ったかのように真っ二つに岩が割れる。
硬化の魔法を掛けたあの岩が、だ。
「ちなみに今のはただ水属性の魔力を流しただけで、形状変化させた魔力を流すともっと面白いわよ」
アラさんはそういって笑った。
そしてモヤッとした水色のモノが鋭くなり、今度は剣が凍り付いたように見える。
その凍り付いた剣で先程二つに割った岩の片方に剣先を向け突き刺すと、今度は粉々に砕け散り”地面”にクレーターが出来た。
そう、地面に、だ。
「どう?流す魔力の性質によって効果が違ってくるの。面白いでしょ?」
にこやかに笑みを浮かべるアラさんに私達は思わず拍手を送る。
何故か女子のアコは興奮からか頬に赤みを帯びているが、男子の二人の方は顔が引きつっていたが。
でも仕方ない。
視線はアラさんと地面のクレーターの往復だったのも仕方ない。
だって久しぶりの強烈な存在感を見せつけるアラさんに、戸惑いなんか隠せないもの。
アラさんは照れたように笑って私たちの指導に精を出した。
「だから付与魔法って先生いったんですね」
「ええ、そうよ。他にいい名前が思いつかなかったから」
確かに剣に性質の違う魔力を宿すだけという意味では、付与魔法といってもいいだろう。
木剣も真剣も伝導率は異なるらしいが、付与魔法を習得するうえでは支障はないらしい。
寧ろ木剣の方が伝導率が低い為、修練するにはうってつけといっていたくらいで、私達はアラさんの指示の元剣に魔力を流すという付与魔法を練習していった。
ちなみに私は木剣。
さすがに真剣は重くて自由に振り回せない為、木剣を借りていたから結果的にはよかった。
「よし。まず、水属性の魔法を試してみよう」
一人一人十分な距離を開けて付与魔法を試す私達をアラさんが一人で見守る中、私も皆と同じく水属性の魔力を木剣に流す。
アラさんがみせてくれたように、薄い水色の膜のような魔力が私の木剣に纏っているように絡みつく。
うん。木剣の方が修練にうってつけといっていた意味がわかったかもしれない。
少しでも集中力を切らすとすぐに魔力が流れなくなって、普通の木剣の状態に戻ってしまう。
だけど、集中力なら自信がある。
これで集中力が持たないとか言っていたらレルリラに笑われちゃうし、トレーニングメニューも増やされてしまうもの。
私は木剣に魔力を流した状態で軽めに地面に向かって振り落とすと、地面に切れ目が入った。
「あ……」
うん。怖い。
ちょっとというか、だいぶ自分が怖くなった。
だってまるで豆腐でも切ったかのように、手ごたえなんてないくらいあっさりと地面に切れ目が入ったのだもの。
けれど魔物の中には甲羅のように物凄く硬い外装で覆われている魔物もいるので、これくらいで怖がってはいけない。
寧ろ喜ぶべきだろう。
フルフルと頭を振っていると、アラさんがニコニコと微笑みながら近寄ってきていた。
「サラちゃんイイ感じね」
「アラ…先生!はい!でも思った以上に威力が出るので怖く感じちゃいますね」
「ふふ。今使っているのは木剣でも剣だからね。
でもこれはなにも剣だけに効果があるわけじゃないの。そこらへんに落ちている石や木の枝でもなんでもいいわ。
同じように軽く属性魔力を流すことで強力な武器になるから、習得しておくに越したことはないからね。
人生何があるかわからないもの」
アラさんにいったい何があったのだろう。と思わず疑問に思うが口には出さない。
「…アラ先生がいうととっても説得力がありますね」
「これでも元冒険者だからね」
「そういえば私アラさんが元冒険者って事初めて知りました。ギルドで働いていたイメージだったので」
「あら?でも確かに当時は町の皆に慣れていなかったから、私フードを目深に被っていたのよね。
勿論私はサラちゃんのこと小さい頃から知ってるわよ」
今のギルドマスターがお父さんを助けてくれたお礼に食事会を町の皆で開いた時に、フードの冒険者がいた。
あの人がアラさんだったんだと私は気付くことが出来たけど、それでもやっぱりギルドで色々教えてもらっていた記憶から、アラさんが冒険者ではなくギルドの職員だというイメージの方が強かった。
そんな感じで二人で談笑していると他の生徒がアラさんを呼び、アラさんは先生として私に手を振って生徒の元に向かった。
私はアラさんを見送りつつ、今度は氷魔法を発動させる時と同様に魔法をイメージして木剣に付与させるべく両手で握りしめて集中する。
私の手から魔力が伝わり、木剣を覆う。
もやもやした魔力が鋭くはなったが、アラさんがやってみせたような凍った感じにはならずに私は首を傾げることになった。
「おっかしいな…、確かにイメージしたんだけど…」
ただ形状変化の魔力をイメージするのではなく、今度は剣を凍らせるイメージで魔力だけを流し込む。
「あちゃあ……」
すると今度は木剣自体が凍ってしまった。
もうこれはアラさんにコツを聞いた方が早いのではと周りを見渡すと、三人も躓いている状態で、とてもじゃないが声をかけるのは気が引けてしまった私は自分だけの力で乗り切ろうともう一度前を向いた。
「…もしかして、イメージが足りてない…?」
氷とは水が低い温度になった時固体に変わる状態をいう。
だけどそれだけのイメージだと、さっきのように剣が凍ってしまうだけになるのは目に見えていた。
ならなにが足りないのか。
「付与…の意識が足りてない…とか?」
付与魔法とは一般的に身体や物体に魔力をかけることでその性能を向上させる魔法の事。
私の強化魔法だって付与魔法の一種。
力や速度を高める為、筋肉を強化するイメージをもちながら手足に魔力を流しているのだ。
つまり剣への付与魔法だって強化後の武器をイメージしなければうまく発動しないのではないか。
水魔法よりも氷魔法で付与魔法がうまくいかなかったのは、形状変化後の剣の強化イメージをちゃんと明確にできていなかっただけではないかと私は考えた。
氷魔法で実際に攻撃するときのように、私はイメージをしながら魔力を剣に纏わせる。
すると、アラさんが見せてくれたような凍っているように見える状態へと剣が変化した。
触ってみると実際に凍っているわけではないことがわかる。
だって冷たくないからだ。
先程と同じように軽く地面に剣を振り落とすと、ドンっと大きな音を立てて地面がへこむ。
「やった…」
成功だと喜んでいると、何故かアラさんと一緒に三人に教える側に回ることになった。




