3 わたしの日常
あれからおじさんは当然のように町一番の有名人になった。
だって私のお父さんを助けたんだからね!
この町の人たちは皆が互いを思いやっているから、何かあれば協力を惜しまないし、こういう時は皆でお祝いする。
だからお父さんを助けてくれてありがとうって、お礼を兼ねてご馳走を皆で用意した。
家だと狭いから、お母さんが働いているお店を貸切って、ううん。寧ろ店と店の前の通路を使って盛大にありがとうを伝えた。
「ね!ね!おじさんはこの町にずっといるの?」
お酒を飲んで少し顔を赤らませているおじさんに私と同じくらいの子供が尋ねた。
私も気になり近づいておじさんの返事を待っていると、おじさんは少し悩んだ後に頷いたのだ。
おじさんの返答に私は破顔する。
「は?!お前それ冒険者引退って事かよ!?」
知らなかったのか、おじさんの仲間の男の人が声を上げる。
おじさんは気にすることもなく、「そうだ」と答えた。
「俺は別に生涯を冒険者として過ごしたいとは思ってねーんだ。寧ろ最近は骨を埋める場所を探してたっていっても過言じゃねー。
……だがお前が冒険者続けて―んなら、そのまま続ければいいじゃねーか」
「おっまえ…!」
ぐびぐびと木のコップに入ったお酒を一気に飲み干すように煽ったおじさんに、男性は立ち上がった。
険悪な雰囲気の中、私は質問した女の子と「ほねをうめるってなに?」「わかんない。でもおじさんいっぱいウルフやっつけたから、そのほねをうめるってことかも」と話をしていた。
そんな私達に気付いた男性は「はぁ~」と深いため息をついて「勝手にしろ。俺も勝手にするからな」と告げて、一気にお酒をあおる。
「嬢ちゃんはあの時の嬢ちゃんだな。今日はありがとな」
「ううん!お父さんを助けてくれたのはおじさんだから、お礼をいうのはこっちだよ!ありがとう!」
「こっちもこんな旨い酒に飯を食べさせてくれてありがとうってもんだ!」
大きな手で少し乱暴に頭を撫でまわされるが嫌ではない。
私はへへっと口元を緩ませて笑った。
「なーなー!おじさんは冒険者なんだろ?でもこの町にずっといるってことはもう冒険しないってことなのか?」
「そうだな。もう冒険者は引退しようと思ってんだ。どうするかはこれから考えるさ」
そんなおじさんの言葉に、ギルド長が目を光らせて猛スピードで近づいてきた。
子供でも危険察知力は十分にあると思っているから、もっとおじさんと話したい気持ちを押さえて私達はおじさん……ううん、ギルド長から距離をとる。
「うわー、ギルド長はなしなげーからな」
「ね、勉強だってすっごくながったらしく話すから、ぜんぜんわかんないし」
「それそれ。つかまったらメンド―しかねー!」
アハハハ!と笑いあって、普通の食卓じゃ滅多に拝めなさそうな柔らかそうなお肉にまず手を伸ばす。
するとやっぱり美味しくて、次は…と他の料理に手を伸ばした。
どれもこれも美味しくて、口の周りにべたべたと付けることも気にせずに食べていくと、気付いたお母さんがやってきて口元を綺麗な布で拭いてもらう。
ちらりと横を見ると、他の子も同じように拭いてもらっていた。
■
「サーラ―!」
外から呼ばれた声に窓から顔を出すと、ギルドにいつも一緒に行っている女の子が私を呼んでいた。
ちなみに私が昨日一緒にいた子でもある。
名前は、ニーナ。
茶色の目と髪で、肩にかかるくらいの髪を二つに結っている。
いつも笑顔がで明るくて、一緒にいて楽しい、そんな子だ。
「すぐ行くよー!!!」
私は両親が共働きということもあって、ギルドにお世話になることが多くあった。
といっても、ギルドでは子供に対して文字の読み書きや計算方法等の簡単な勉強を教えているから、共働きの子供じゃなくてもギルドに通う子が多くいる。
ニーナは後者で勉強が終わったら家に帰るのだが、たまに私のお母さんが遅くなる時があってそういうときはずっと私と遊んでくれた。
「いってくるね!」
「今日はお母さん早く帰るからね!いってらっしゃい!」
斜め掛けができる鞄に筆記用具とお母さんが作ってくれたお弁当を入れて私は「はーい!」と返事して家を出た。
すぐそばで待っていたニーナと共にギルドに向かう。
ギルドはこの町では一番大きな建物だ。
ギルドに着いた私達は裏側に回ってギルド内に入る。
正面側は冒険者の為の窓口が並んでいるからだ。
お父さんのように依頼を探しに来る人や、逆に依頼を持ってくる人等多くの大人が出入りする。
そんな中にまだ小さい私達子供が入り込むと問題が起こることがあるかもしれないということで、裏側から入ることになっているのだ。
ギルドに入って少し広めの部屋に辿り着くと、がやがやとにぎやかな声が聞こえてくる。
扉を開けると他の子供たちが集まっていた。
「おう!サラ!」
最初に声をかけてくれたのはマイクっていう男の子。
家は近所だけど、いつも_
「…おはよう」
「おはようリクス」
眠そうに小さくあくびをしながら私達の横を通りマイクの元に向かうのはリクスっていう同い年の男の子。
リクスはああ見えてしっかり者で、好奇心旺盛なマイクが道に迷った時は連れてきて、元気いっぱいなマイクが夜遅くまで遊ぼうとしたところで止めてあげる。
変な感じだけど、同い年なのにお兄ちゃんみたいな存在だ。
だから家が近所のマイクはリクスと行動を共にすることが多く、たまに私と遊びはするけどニーナのように私は二人とは頻繁に行動を共にしていなかった。
時間になると文字の読み書きを教えてくれる先生がやってきて、私達は適当な席に着いた。
渡された絵本を手にして一緒に読み上げたり、絵本と同じ内容を別の紙に書いていく。
前はへんてこな字で先生みたいな綺麗な字ではなかったから「上手に書けたな」と言ってくれたお父さんがたまに「これはなんて書いているんだ?」と聞いてきたけれど、今はもうそんな質問はないくらい上達した。
その証拠にお父さんも私の書いた文字をすらすらと読めるからね。
そして読み書きの次は計算の勉強で、実際に果物を用意した先生はお題をだす。
今日は「美味しいミカンが売っていたので、先生は十個買いました。帰り道いつもお世話になっているご近所さんにおすそ分けで三個あげました。夜ご飯の後に二個デザートで食べました。ミカンは後何個残ってるでしょうか?」という問題を出された。
十本ある指を使って一本ずつ折り曲げたり、読み書きに使った紙を使ってイラストを描いたり、先生が実際に持ってきた果物を使ってみたりと、私達は答えを導き出す。
そんな感じで今日の授業が終わると、お腹の時計がぐぅ~と音を鳴らしてお昼を示す。
私はニーナと一緒にお母さんの作ってくれたお弁当を食べて、それから遊ぶために外に出る。
ギルドは町の外れにあって、森は近いけれどそれでも広い平原が広がっていたから十分に遊べるのだ。
お父さんの一件もあり、更に見回りは強化されているから安全性も保障されている。
「あれ!おじさんだ!」
そんな時おじさんを見つけた私達はおじさんに駆け寄った。
もう冒険者はやめたのか。なんでここにいるのか。私達と遊びに来たのか。と詰め寄る私達を宥めながらおじさんは説明した。
「ここのギルド長をやることになったんだよ。その手続きの為に来ていた」
だよな。と振り向くおじさんの視線の先にはフードを目深に被った、たぶん女の人がいた。
「だれ?」と顔を見合わせる私達に、「俺の冒険者パーティーの一人だよ。あいつもパーティーを抜けてここで暮らすことになったんだ」と告げるおじさん。
そういえば宴会の時も店の影になっていたけど、フードの女の人いた気がすると眺めていると、マイクが「じゃあ俺毎日おじさんのところいってもいいか?!」と目を輝かせて言っていた。
「俺のところ?またなんでだ?」
不思議そうにするおじさんに同意するように、私もニーナもリクスも皆首を傾げる。
だけどすぐに意見を変えざるを得なかった。
「俺、冒険者の話もっと聞きたいんだ!
だから教えてほしい!」
「冒険者の話!?私も聞きたい!」
家にあるのは聖女様のお話とか、王子様のお話とかばっかで冒険者の物語はないのだ。
勿論ギルドでも扱っていない。
もしかしたらまだ小さい子供たちに変な夢を見せて、危険な目に合わないようにさせているのかもしれないけれど、身近な職業に興味を持つのは当たり前のことだった。
それからおじさんは笑顔で「いいぜ」と承諾してくれて、私とマルコは目を輝かせて喜んだ。
後ろでニーナとリクスが困ったような、呆れているような顔をしている気がしたけど気にしない。
手続きが済んでいないからという理由で明日以降にと告げたおじさんに私達は手を振った。
「じゃあおじさんまた明日ね!」
「おー!」
それから皆で鬼ごっこしたりして遊ぶ。
マルコはともかくリクスも結構足が速かった。