18 進級テスト
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キャッキャッと騒ぐ声に、私はまたかと頬杖をついて窓の外を見下ろした。
もしかしてと、槍でも降る可能性を捨てきれなかった私だったが、あれからもレルリラの態度は軟化したままでクラスの人とも話をする機会が増えていった。
短い言葉でも返事をするレルリラに、クラスメイト達は_特に女子_は本当にうれしそうで私も微笑ましく思っている。
そう思っているのだ。
だが今の私は非常に面白くない。
別にクラスの皆がレルリラと仲良くしているところを見ても微笑ましく思うだけなのだが、他のクラスや学年がこのクラスにわざわざやってきて、レルリラの姿も見えないのにキャーキャー騒いでいるのだ。
もうこれ本当何なの。
私達二学年の教室は二階にあるから見上げなければ教室内は見えない筈なのに、窓の外では私達のクラスを見上げて騒いでいる。
本当に何なの。
そして当の本人は我関せずだ。
いや、もしかしてこいつ自分自身が騒がれていることに気付いてない線もあると、私は頬杖をついて隣に座るレルリラを見つめる。
レルリラはすぐに私の視線に気づくと目を通していた本を降ろして「なんだ?」と首を傾げた。
一年前では想像もつかないほどに態度がぐにゃんぐにゃんに軟化したレルリラは確かに人気も出るだろう。
家柄もよし、成績もよし、将来性もよし、容姿もよしとなれば当然の結果だ。
だけどアンタら貴族だよね?品格っていうやつどこに置いてきた?と疑問に思うほどの騒がしい光景に、最初は目が点になったのを覚えている。
ちなみに今は不愉快だ。
私の返答をじっと待つレルリラに「なんでもないよ。ただ見ただけ」と返すとレルリラは本を読み続ける。
(思えば一年の頃は勝手にライバル視して、対抗意識バリバリだったなぁ…)
今では放課後に一緒に鍛錬を行うくらいの仲である。
本当人生何が起こるのかわからないものだ。
「今日も凄いわね」
「ねー、朝からよくやるわ」
何がというと、外で繰り広げられている光景だ。
私は登校してきたレロサーナに「おはよう」と言いながらそう返すと、何故かジッと見つめられる。
「……なに?」
レロサーナに問うと、なんでもないと首を振られる。
私は少しむっとしながらレロサーナを見るがレロサーナは首を振るだけで口を開かない。
いったいなんなんだ?
「それより今日は三年への進級テストね。
一学年の時は授業内容も魔法陣が主だったから、試験も予想がついたけれど…今回はどうなのかしら…」
「さぁ…、正直学んだ内容が多いから……わからないね」
進級テストとは、学年が上がる前に行われる試験の事で、基本的に一年を通した復習である。
レロサーナが言ったように、二学年になってから魔法の内容も幅を広め、更にポーション作成等の魔法以外も行ってきた。
どのような内容が試験に出されるのかと不安に思うことにも理由があって、この進級試験に合格しないと学年が上がらないだけではなく、退学になってしまう可能性もあるのだ。
勿論二度チャンスは与えられるが、二度目の試験にも合格できなかった場合は問答無用で退学になる。
「正直、薬草についてがまだあやふやだから自信ないのよね。
サラは何か不安に思ってるところある?」
「ん~、私は………」
基本的な魔法は魔法陣を描く発動方法も、詠唱による発動方法も問題ない。
それにレロサーナが不安を抱いている薬草だって、お父さんのお仕事について行って実際に採取した経験があるから自信がある方だ。
あの当時は薬草の見分けは出来ても名前までは知らなかったから、エステルにおススメの薬学書も教えてもらった今の私は昔よりもグレードアップしている。
属性魔法も魔法発動の範囲もレルリラトレーニングで苦戦することもなくなったし、不安はない。
ただあげるとしたら……。
「……治癒魔法、かな」
不安な点として思い浮かぶのは支援魔法の一つである治癒魔法である。
「え?どうして?」
「…ん~、よくわからないんだけど、なんか他の魔法を発動するのと違うっていうか…、魔力操作がうまく出来ないんだよね」
「でも魔法自体は出来ているじゃない」
「そうなんだけど……」
無機物にかける分には問題なく発動できる。
でも、植物や人間相手にかける場合は、つまり命があるものを対象にする場合は何故か”魔力を多く消費しすぎてしまう”のだ。
治癒魔法は発動者の魔力を使って対象者の治癒能力を補うものであるから、魔力の相性が大切な魔法だ。
相性が合わない人だと治癒魔法で魔力を多く流しすぎてしまうとかえって症状を悪化させることにもつながるため、治癒魔法に関しては特に魔力操作が重要といわれている。
ちなみに治癒魔法にも種類がある。
先程もいったように魔力を使って治癒能力を補う方法が一般的だが、自分の魔力で損傷している個所を的確に判断し、損傷部分を自分の魔力を持って生成するという方法だ。
ただこれは人体の構造を正しく理解しなければいけない。
いくらオーレ学園のように凄い学園で学んでいるからといってできるものではないのだ。
だからこそ、医者という専門の職業がある。
つまり私には相手の治癒能力を高める治癒魔法しか使えないのだ。
幼い頃からのお母さんの特訓に加えてレルリラの猛特訓で魔力操作も自信があるにも関わらず、治癒魔法に関してだけは何故かうまく出来ない。
今のところ具合が悪くなった人がいないし、魔法自体も発動できているから問題にはなっていないが、それでもやっぱり不安に思う。
「ハール、お前治癒魔法が苦手なのか」
レルリラが私とレロサーナの話を聞いていたのか本を置いて尋ねる。
私は素直に肯定した。
「……じゃあ今から_」
「おはよう、レロサーナ、サラ」
レルリラが何やら考え込み、口を開いたと思った時エステルがやってくる。
登校したばかりのエステルは狙ったわけではなかったとしても、言葉を遮られたレルリラとしてはいい気分ではないかもしれない。
だけど、以前と比べて態度が軟化したレルリラは言葉を遮られても怒ることはなかった。
「おはよう、エステル」
「おはよう」
私達もエステルに挨拶を返すと、タイミングよく予鈴がなる。
レルリラがタイミングを逃したようで、ちょっとだけ可哀そうに思わなくもないがこればかりは仕方ない。
先生が来ても話すような真似は流石に出来ないからだ。
「さあ!やってきたね!進級テスト!」
どんな気持ちで教室にやってきたのか、異様にテンションが高い先生が両手を天井に向けながら叫ぶ光景に私達生徒は無言で対応する。
当たり前だ。退学がかかっているんだから。
だけど、そんな微妙な雰囲気の中何事もなかったように両手を降ろし、顔を真正面に向けた先生の目元にはくっきりとクマが描かれていた。
心配の声も上がったが今日が進級テストな為にそんなになるまで準備した内容のテストがどんなものなのかと不安になる生徒の方が多い。
「今日は、君たち一人一人に対戦をしてもらうよ」
対戦?と私達は首を傾げる。
「あの…、個人の対戦ならば授業でもやってきましたわよね?」
「あー、違う違う。今回は先生が作ったゴーレムに対してだ」
「「「ゴーレム?」」」
一部の生徒が口にした瞬間、先生の指パッチンの音に合わせて転移させられる。
最初の頃は場所を覚えさせるために生徒の足で移動していたのだが、今では場所を覚えたと思われているのか、こうして先生の転移魔法によって移動させられることが多くなった。
本当にこの学園の先生は、高い技術を持っていると再認識させられた。