16 閑話_マルコから見たサラとレルリラ
視点変更
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俺はマルコ・アルウェイ。
キュオーレ王国で常に一番の入学志願者数を叩き出すオーレ学園に無事入学出来た俺は、将来は王立騎士団に入団することが目標である。
貴族が多く通う学園でやっていけるのか不安な気持ちがあったが、実力重視の学園で身分を笠に着る人は少なかった。
他のクラスや学年ではわからないが、少なくとも俺のいるクラスにはそんな人間はいなかった。
勿論多少のギクシャクする時期はあったが、それでも二年になる頃には気軽に話せるようにまでになり学園生活は良好である。
白をベースとした制服を身にまとい、俺はいつものように登校する。
学園は朝八時から始まり、昼に一時間の飯休憩を挟んだ後、五時まで授業がある。
早く目が覚めた日は二度寝はせずに、そのまま学園に向かうのだ。
教室の扉を開けると一番に先生が立つ教卓が見え、少し離れた場所から三人が横並びに座れるくらいの長テーブルが床に固定されて、階段状に並べられている。
少し目線を上に向けると、もう登校している奴らがいた。
サラ・ハールとヴェルナス・レルリラ。
二学年のある日を境に二人の距離は縮まった。
といっても恋愛方面は全く持って縮まっていないことは自信を持って言える。
レルリラは教材を手にし、サラはというと隣で席に伏せっていた。
「おはよう」
そう声をかけると本から視線をずらして、レルリラが返す。
「ああ、おはよう」
去年までは全然答える素振りもなかったのに、授業でサラと戦ったあたりから人当たりがよくなったレルリラに、俺は笑みを向けながら二人に近づいた。
「おーい、サラ。寝てんのか?」
「…うう、寝てない…休んでるだけ…」
伏せている体を起こすことはせず、顔だけを器用に上げたサラはそう答える。
「なんで、そんな疲れてんだよ?」
「今日からレルリラトレーニングが朝にも追加されたからよ…」
ちらりと横を見ると、こくりとレルリラが頷いた。
「ハールは体力がないからな。放課後は魔法を、朝は体力面を鍛えることにした」
「アハハハ!そうだな!サラの体力は俺よりないからな!
もっと鍛えてやってくれよ!レルリラ!」
男女で差はあるといわれているが、まだ俺たちは十一歳の子供だ。
体の差はほとんどない。
魔法で世話になっているとはいえサラに勝てる唯一を、しかもサラが一方的にライバル視しているレルリラに指摘されているのを見て、俺は大きな声で笑った。
すると、じとりとした視線を感じる。
「な、なんだよ……」
「マルコ…、あんた実は羨ましいんでしょ」
「は?」
「レルリラ!マルコも一緒にトレーニングしたいって!いいよね!?」
勢いよく体を起こしたサラは、俺に人差し指を向けながら顔はレルリラに向けて、恐ろしい言葉を発していた。
レルリラのトレーニングは、ぶっちゃけよく知らない。
だが俺は知っているのだ。
魔法のトレーニングなのに、泥を体中に付け、疲労困憊状態で寮に帰るサラの姿を。
ちなみに寮の自室がある建物は男子と女子は分かれているが、寮の入り口と食堂、そしてフリースペースは共通だ。
しかも俺の部屋の窓から外を見ると、ちょうどよく寮へ帰宅する生徒が見える。
だから俺がサラをストーキングしているとか、そういうわけでは絶対にない。
「おま!変なこと言うなよ!?」
「別に変じゃないわよ。マルコだって王立騎士団に入るんだって言っていたじゃない。
私はレルリラのトレーニングで詠唱魔法で失敗する魔法が結構減ったし、メリットばかりよ。
…かなりハードだけど」
「その最後の言葉が怖いんだよ!」
俺は首を振って、すがる視線でレルリラを見る。
どうか察してくれ。と期待を込めて。
だが、レルリラの視線は隣のサラに向けられるだけだった。
俺の顔を全く見ない。
(そうだ、コイツこういうやつだ)
人当たりがよくなったとはいえ、サラが関わらないと話が続かない。
初めて俺がレルリラと会話した時もサラが関わっていた。
『お前、サラ・ハールと友達だろ』
『あ、ああ…そうだけ…、そ、そうですけど』
貴族と話すようになったといっても、この頃はまだレルリラと話したことがなく、しかも高位貴族の息子とあって、警戒し敬語で話すよう言い直す。
だがそれを指摘することはなく、レルリラは話を続けた。
『…アイツの好きなもん、知ってるか?』
正直なんでそんなこと聞くのかわからなかったし、サラの好きな物を知るわけもなかった。
そう答えたかったが、貴族に対して「知らん」なんて言ってはならないと思った俺は、なんとか絞り出す。
『サラなら、……暇あれば魔法の勉強とか言って先生に聞いたりしてるところみたことあるから、沢山書かれている教材とかいいんじゃないですか?』
ぶっちゃけ適当だった。
いや、サラが先生に詰め寄っているところをみたことあるし、早く起きた休日の朝、ふと外を見た時には走りに行くところをみたことあるから間違った情報ではないのは確実だ。
だけど、好きな物を聞かれて教材は流石にないなと思ったのも事実。
だがレルリラは顎に手をかけ、考え始める。
『魔法の勉強、か……』
悩んだ後「わかった」と呟き去っていくレルリラの背中を見つつ、俺は首を傾げた。
なにがわかったんだ。と。
だが、その答えはすぐにわかった。
レルリラがサラを呼び出し、そしてボロボロにくたびれて帰ってきたサラ。
雰囲気的に暴力を振るわれたとかではないとすぐにわかった。
ならばなんなのかとフリースペースに向かい、食堂にやってくるだろうサラを待っているとレルリラが先にやってくる。
『アルウェイ』
俺のファミリーネームを口にしたレルリラに内心感動しつつ返事をすると、礼を告げられた。
『お前のお陰でハールが喜び、俺にもメリットがあることを思いつくことが出来た。ありがとな』
『え?あ、いや…役に立ったなら…。あと俺の事マルコでいいです』
口端がじゃっかん上がっているかいないかの感じの笑みだったが、綺麗な顔しているレルリラの笑みに戸惑っていると、レルリラからも敬語はなしでいいと話された。
それじゃあ遠慮なくと敬語をとって話していると、濡れた髪のまま首にタオルをかけた運動着姿のサラが現れた。
『あれ、マルコだ。めずらしいね、この時間にここにいるの』
『…ああ、まあな。それよりもう九時すぎだけど、こんな時間までなにやってたんだ?』
そう尋ねるとサラは思いっきり顔を歪めて、レルリラに目線を移動させた。
『いきなりレルリラがトレーニングとか言い出して、走り込みからの筋トレ、その後は魔法の連続発動よ…。
もう本当疲れた……』
『あ、ていうか食堂しまっちゃうからまたね!』と言い残し、サラは食堂へと走り去る。
それを見送った後、俺はレルリラに聞いた。
『……もしかして、俺の意見を参考にサラにトレーニングを?』
『ああ。特に不満はなく受け入れてくれた』
頷くレルリラに俺は言葉を飲み込んだ。
てっきり教材を渡すのかと思いきや、トレーニングを付けるとか!
貴族の考え方はまったくわからん!
『ちなみに、なんでサラの好きなものを聞いたか聞いても?』
尋ねると少し目線を下げたレルリラは、呟くようにして答えた。
『……アイツにきついことをいったからな。
それにハールには忘れてしまっていたことを思い出すきっかけを貰った。
だからアイツの為になにかしてやりたかったんだ』
それが何故、トレーニングにつながったのかはいまだに謎だが、それでもサラが不満に思ってないならいいやと俺は言葉を飲み込んでニッコリ笑って頷いた。