14 レルリラの話
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試合から数日たったある日のこと。
それは突然前触れもなく起こった。
前にも言ったかもしれないが、キュオーレ王国は一年を通して気温が然程変わらない国である。
緑も多く空気もすんでいる為晴れている日は勿論、雨が降っても趣のある光景が楽しめる素晴らしい国だ。
この日も雲一つないよく晴れた天気の下、私はいつも通り寮から学校へと登校し既に登校していたクラスメイト達に声をかけながら自分の席に腰を下ろした。
鞄から今日使用する教科書等を取り出していると、肩に手をかけられる。
「ハール、おはよう」
入学して初めての事だった。
表情が変わらないのは当たり前で、他の_レルリラ程ではないがそれでも身分の高い_男子生徒が声をかけようが、可愛い顔した女子や綺麗な顔した女子が話しかけようが、睨みを利かせ、そしてその後は存在自体をスルーするかのような態度で人と関わってこなかった、一匹狼と言われていたあのレルリラが初めてクラスメイト_この場合は私_に挨拶をしたのだ。
私だけじゃなく、衝撃的な光景を目の当たりにしたクラスメイトの皆ももれなくレルリラの変化に戸惑う、というより石化に近い状態でいると、レルリラは眉をひそめて首を傾げる。
「ハール?どうした?」
「あ、いや、ううん。…なんでもない。……おはよう」
私がなんとか挨拶を返すと満足した様子_といっても表情に大した変化はない_で席に座るレルリラに、石化が溶けたみんなが一斉にレルリラに声をかけ始める。
今迄は近寄るなと目と醸し出す雰囲気で訴えていたのに、今日は皆にも_「ああ」とだけだが_返していた。
(え!?なに槍でも降るの?!)
魔法でも使わないとそんなことは起こりえないのだが_そもそも空から槍を降らせるなんて魔法、今の私は出来ないし知らない_思わず窓に駆け寄り、空の様子を伺ってしまうほどの衝撃だった。
というか、まず私の名前というかファミリーネームを知ってたことに驚きだ。
ちなみに私が試合の時に使った魔法はあくまでも私の魔力が及ぼす範囲内。
空から降らせるなんて芸当は今の私では逆立ちしても出来ない。
窓から空を見上げ、いつも通りの青空で槍なんて危ないもの振ってこなそうな空模様に私は安堵しつつ席に戻る。
「ハール」
「うぇ!な、なに?」
「今日の…昼休みか放課後、時間とれるか?」
特に先生から頼まれていることもない私がすることと言えば、復習に予習、体力強化の為の走り込みに筋トレくらいなわけで、時間をあけることには問題なかった。
それにあのレルリラが私に話しかけているのだ。
それだけでも嬉しく思うから私はきっと用があってもレルリラを優先すると思う。
それくらいライバルと思っていた人に認識され、話しかけてもらえていることが嬉しかった。
「私はいつでも大丈夫だけど…」
「なら放課後、話したいことがある」
「…わかった」
短い会話だったが、レルリラが人と話していることに衝撃を受けたのはちょうど登校してきたマルコ達も同様で。
レルリラがいないタイミング、そして短い休憩時間にも何があったのかを何故か私が問い詰められ、本人に聞けとあしらっておいた。
そして放課後。
先にエステル達には用があると話をしていた為、帰り支度を終えた後レルリラと共に教室を出る。
レルリラと並んで、お互いになにも話すことなく歩を進めると、着いた場所は数日前に使用した訓練用の闘技場だった。
闘技場内に躊躇することもなく入っていくレルリラに対して、私は慌てて声をかける。
「え!?ね、ねえ、勝手に入っていいの?」
学園の設備施設は基本的に個人で使用する場合は別途許可が必要だ。
破った場合は罰があると聞かされているが、具体的な内容は知らない。
だが罰則なんて怖くないのかわからないが、臆することなく入ろうとするレルリラの袖を掴んで留まらせようとすると、逆に手を取られてしまった。
「問題ない。許可なら取ってる」
ぐいっと手を引っ張られて二人で中に入る。
しかも意外なことにレルリラの手は大きかった。
私と身長大して変わらないのに、だ。
空が赤く染まり、まだ陽が落ちきってはいなかったが、それでも観客席が影を伸ばし会場内が暗く感じる。
私はどことなく居心地悪さを感じてキョロキョロと辺りを見渡す。
やっぱり許可を得ていたとしても、授業以外施設を使用したことがない私はどこか落ち着かなくなるってものだ。
「ここに連れてきたのは、きっかけがここだったからだ」
「きっかけ?」
「ああ。……お前には話を聞いてもらいたい」
まっすぐな瞳で私を捉えて離さないレルリラに、私も逸らすことなく頷いた。
そしてレルリラが話した内容は、私にとっては非現実のような出来事だった。
公爵家の三男として産まれたレルリラは、三男とはいえ公爵家の方針で幼い頃から英才教育を受けていた。
礼儀作法に勉学、体術、剣技、そして一番に力をいれていたのが魔法だった。
恋愛結婚だったレルリラの両親は、それはもういい関係を築き家族の仲も良好で、レルリラも幸せな日々を過ごしていたという。
だけどレルリラ公爵家が治める領地に魔物の襲撃があった。
それもただの襲撃じゃない。魔物の大群が一斉に移動すると言われるスタンピート。
被害は酷いもので壊滅した町がいくつもあったらしい。
レルリラの父親は治める者として魔物を討伐する為の騎士や、復興作業を整えるために優秀な人材を率いて長期間家を空けることになったのだ。
そしてその時、レルリラの父という当主がいない間を支える者としてやって来たのが前当主。
レルリラの祖父だ。
だが祖父が一人来ただけではなかった。
祖父は大勢の使用人を引き連れ、いつの間にか公爵家の屋敷を仕切るようになったのだ。
最悪なことにレルリラの祖父はレルリラの母親の事を本心から認めていなかったのだ。
ただレルリラの父が当主になってほしいがために、レルリラの祖父は首を縦にしただけで、公爵家の妻としての能力がレルリラの母にはないと、ずっと長い間思っていたのだそうだ。
それはなにもレルリラの母に能力がないという話ではない。
レルリラの母が子爵家の令嬢だったということで、公爵家に釣り合う高い身分でなかったから、そのように思っていただけの話。
そしてレルリラの父がいない公爵家でレルリラの母を守るものは誰もいなかった。
レルリラの母を……、もう母と父、そして祖父でいいだろう。
母を祖父だけではなく、祖父が連れてきた使用人たちまでもが母をターゲットにし、小さな嫌がらせから始まったそれは、傷害事件といってもいいくらいの物に迄なっていった。
明らかに計画的に行われていたであろう。
この頃レルリラは祖父からの魔法指導を受けていた為、あまり母との時間は取れなかったらしい。
他の兄弟はというと、今のレルリラのように既に学園に入学していた為に、母の状況を知るものはいなかったのだ。
つまり母がどのような扱いを受けているのかも、母が助けを求めることも、誰一人知るものはいなかったのだ。
レルリラを除いて。
そして幼いながら火属性魔法を使いこなす程のレベルになったレルリラに、母が屋敷から出て行ったことを祖父から告げられた。
何故いなくなってしまったのか、どうして何も言わず出て行ってしまったのか、わからないまま悲しむレルリラに祖父は涙を流しながら告げる。
<あいつは外に他の男がいたんだよ>
<ヴェルナス、お前の持つ風属性が、他の男がいたことの何よりの証拠なんだ>
<レルリラ一族は火属性の一族。それは妻として受け入れる嫁にも当てはまる>
<あいつはお前を通して、別の男を常に思い浮かべていた>
<だが、あいつにとって大事なのはお前じゃない。外にいる別の男だったんだ>
<だから愛している男の子ではないお前たちを置いて出ていった>
幼いレルリラは祖父の言葉を信じてしまった。
愛し合っていた両親の姿を見ていたレルリラだったが、そんな母は父に隠れて男を作っていた。
その男の子供が自分なのだと。
愛しているのはレルリラやレルリラの父ではなく、その男なのだと。
だから父を捨て、レルリラを捨てて、レルリラの兄弟を捨てて、別の男の元に行ってしまったのだと。
そんな祖父が考えたデタラメを幼いレルリラは信じてしまったのだ。
レルリラはこの日から”風”の属性魔法を使わなくなった。
レルリラ一族ではない”他人”の属性魔法なんか使わなくとも、レルリラ一族である”火”の属性魔法を極めれば、このレルリラ家の為になるのだと。
レルリラはそう告げる祖父の話を信じてしまったのだ。




