10 属性魔法③
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一か月という期間をこんなに短く感じたことなんて、たぶんなかった。
それとアラさんが鬼畜だということを初めて知った。
小さい頃にアラさんから勉強を教わった時は感じなかったことを感じるようになったくらい、私達はアラさんに扱かれたと思っている。
扱かれすぎて『いい感じね』とお言葉を頂くと、誰もが涙を流して喜ぶほどだった。
属性魔法の発動は、まず水のある場所で行われた。
元素が多くあった方が発動しやすいし、威力もあがるというアラさんの教えはその通りだったと思う。
不思議と魔法の発動がしやすかったのだ。
「<オー_水>」
教えてもらった魔法陣を組み立てながら水の玉をイメージすると、簡単に水の玉が現れる。
気のせいかもしれないが、魔法陣を描くスピードも通常よりも早く感じた。
次に水が少ない場所での発動。
同じように魔法陣を描いて同じようにイメージしても、水の玉が歪に出来上がり、水の近くに比べるとうまく発動できなかった。
やっぱりアラさんの言った通り元素の力というものが関わっているのかもしれない。
それにしても何故アラさんはこんな事知っているのだろう。
そんな疑問が浮かぶがそれを尋ねる余裕はなかった。
それほど怖かっ、いや、凄かったのだ。
うまく発動できない場合支援魔法のように魔力を多く込めようとするとすぐに気付かれる。
『今どうやって魔力を注いだの?もしかして何のイメージもせずに、自分の魔力を注いだわけじゃあ……ないわよね?』
鋭い視線、そして冷たい眼差しに私達は身を震わせた。
空気中の水というものを意識に定着させて、それを少しでも自然に取り込ませる。
この考えを刷り込ませるところから始まった。
無駄な魔力を使わないようにさせるアラさんの実践向きの教えに、反発する者は誰もいなかったがこれが厳しさのレベルを上げる原因の一つでもあった。
あまりにも水の存在を刷り込ませられない者にはアラさんが生み出した水の中に放り込まれ、逆にうまく発動できるようになった者にはこれでもかというほど水属性の魔法陣を覚えさせ、そして更に氷への形状変化の特訓を始めていく。
もう一度言うが、一か月がこれほどまでに短いと感じたことは、初めてだった。
それくらい時間が足りないと思い込ませるアラさんも凄かったけど。
でもこの一ヶ月で私たちは結構成長したのではないかと、そう感じるのも事実。
「じゃあ、一カ月前にも言った通り試合するぞー」
約束の一か月が経ち、沢山のことを教えてくれたアラさん達は今この場にはいない。
勿論いてほしいと思う気持ちは強いが、これから他のクラスメイトと戦うため、もし負けたらと思うと鬼畜なアラさんがいなくてよかったという考えもほんの少しだけあることは内緒だ。
そして今私たちがいるのは訓練試合、そして昇級テストにも使われる闘技場である。
年に一度一般公開される闘技場はこことは別にあり、そちらは卒業試験限定で使用されている。
ちなみに規模も今いる闘技場よりも大きいとのこと。
だがこの闘技場も観覧席分が狭くなっただけで、作りとしては然程変わらなく、円状の会場を観覧席で囲んでいる。
そんな闘技場の中心部で先生が大きめの箱を抱え、私達をニコニコと笑って眺めていた。
「先生、それはなんですか?」
「これはだなー、くじ引きだ」
「くじ引き?」
ニコニコと箱に手を突っ込み、二つのボールを引き抜いた。
遠くてちゃんと見えないけど、名前が書いてるみたい。
「第一戦はクティナナとシェイリンだな。
雷と水か…。まぁ、頑張れ!」
と先生がエールと共にウィンクを送った先は、私と同じ水属性のリク・シェイリンだ。
確かに、雷と水と聞いたら圧倒的に雷の方が有利に感じる。
それに先生が担当していたのならば、レロサーナを高く評価するのも当然だろう。
だって先生が教えたんだから。
でも私たち水属性はアラさんに鍛えられたんだ。
属性が不利だからといっても、シャイリンにだって勝利はある。
が…
(レロサーナを応援したいけど、シェイリンも同じ属性として応援したい!!)
どうすれば…!と頭を抱えているとエステルが観覧席まで私を連れて行ってくれた。
ちなみに天気はとても心地のいい快晴だった。
★
一戦目に戦う二人と審判役の先生を残して私たち生徒は観覧席へと上り、そして先生の合図で始まった試合を、私を含め皆が凝視している。
というのもこの一か月間、他の属性と関わることが無かったために、成長具合がわからないのだ。
例えレロサーナ達が部屋に遊びに来てくれた時問いかけても「内緒」と、語尾にハートマークでもつけているかのようにかわいい声で返され全く情報を聞き出せなかった。
勿論マルコ達も同様だ。
「<オー_水>!」
「<トネ_雷>!!!」
ほぼ同時に詠唱を唱えたが、魔法の発動はシェイリンの方が先だった。
空に向けてかざした両手に、水の塊が生まれ、それは徐々に大きくなる。
「水を作っただけ?攻撃ではないの?」
「シェイリンは守りに出たんだと思うよ」
私の隣で二人の戦いをみるエステルの疑問に答える。
勿論本人の意思を聞いたわけではないけど、きっと合っているだろう。
だって私達水属性は一か月の間、アラさんの指導を共に受けた同志なのだから。
「水は雷に弱いでしょう?なのに守り?攻撃していたほうがよかったのではないの?」
「まぁそりゃあ攻撃は大事だし、水は雷に弱いっていうのも当たってる。…けど見ててよ」
エステルが二人に視線を戻すと丁度レロサーナの魔法が発動した。
手元で魔法が発動した途端、ピカッと一瞬だったが光った後はシェイリンに向かって伸びる。
本来ならばシェイリンの水を吹き飛ばすか、貫いてシェイリンを攻撃するはずのレロサーナの攻撃は、シェイリンの生み出した水にあっさりと取り込まれたのだ。
私はここにポップコーンがあれば完璧だったのにと思いながら口角をあげた。
「どうして!?」
エステルと同様に雷属性の人たちだけではなく、他の属性の子たちも驚き席を立つ。
私と同じ水属性のアコとメシュジは座ったままだ。さすが同志。
かなりの威力だと思われた雷が、そのまま水に取り込まれただけに終わる。
そのことがあまりにも不思議だったのだろう、観戦していた他の生徒達が口々に疑問を口にしていた。
「確かに属性だけを考えたら水は雷に弱いし、雷は水に強い。
でもこれは属性魔法だけの戦いじゃないんだよ。よくみて、エステル」
私はエステルにそう言いながらシェイリンを指さした。
「よく…?…もしかして、シェイリン様は水魔法の周りに防御魔法を使っているの?」
魔法を発動するには魔法陣を描くことが基本中の基本。
シェイリンの手のひらの上にある魔法陣が二重になっていることから、ただ水を発生させるだけの魔法陣だけではなく他の魔法もあるのだろうとエステルは考えた。
そして導き出した答えに私は頷く。
「たぶんね。でもそれが正解だと思う。防御魔法のお陰でレロサーナの魔法を受けても水が飛散することも貫くこともなかった。まぁシェイリンが生み出した水魔法が大きいからこそ防げたって感じだね」
よくシェイリンを観察すると、本人も防げるか微妙そうだったからこそ顔が強張ってるし。
あとシェイリンはまだ形状変化が出来ていないが、結構いい感じだ。
生み出した水はただの水ではなく、粘度も含んでいるのだろう。
遠目だからはっきりとはわからないから言わないけど。
でもレロサーナがあれより魔力を込めて雷を放っていたら、たぶん防げてなかったと思うよ。と告げると、エステルが唖然としていた。
うーん。そんな顔してもかわいい顔ってかわいいままなんだね。
「<インジェクション_射出>!」
エステル達同様驚きに身を固めてしまっていたレロサーナは、そのまま微動だにすることなく、シェイリンに次の攻撃を放たせてしまう。
ちなみにあれはアラさんに教わった戦い方。
通常、<オー_水>のように水を生み出すだけの魔法を射出させても威力は弱い。
威力を強くするためには形を変えなければならないが、レロサーナがすぐに我に返ってしまうことを考えたら形を変える余裕はシェイリンにはなかったのだろう。
だからこその戦法だ。
相手の属性を受け止め吸収した状態であれば、<オー_水>でも威力が強くなる。
つまり水が取り込める属性ならば、水属性の私達でも他の属性を含んだ魔法を使うことが出来るのだ。
更にいうと一度生み出した魔法を消し、新たに魔法を発動させるよりも、引き続き活用した方が魔力の消費も少ない。
実戦向きの戦闘スタイルを教えてくれたというわけだ。
まぁ火属性のように水が蒸発してしまうような属性を取り込むのは難しいけど。
でも協力関係にあるのなら、火属性と水属性の関係でも強力な一手を打つことができるとアラさんはいう。
さすが元冒険者でギルド職員だね。
「キャアアア!」
レロサーナが放った雷の魔法を取り込んだシェイリンの水魔法が、レロサーナに向かって一気に降り注ぐ。
逃げようと走り出すレロサーナだったが流石に逃げきれるわけもなく、しかもただの水ではない攻撃に、レロサーナの体はビリビリと感電した様子でその場に倒れた。
「そこまで!シェイリンの勝利!」
勝敗を告げた先生がすぐさまレロサーナに駆け寄り、レロサーナの体が光で包まれる。
私とエステルはほっと胸を撫でおろした。
回復魔法は、かけられた箇所が光で包まれるからだ。
先生の回復魔法のおかげでレロサーナはすぐに目を覚まし、最後は二人で握手してから試合を終えた。
暫くして観覧席に戻ってきたレロサーナが困ったように笑う。
「水属性を甘くみては痛い目を見るわね」
その言葉に私は「当然!でも次は勝てるといいね」と笑って答えたのだった。