4 逆らってはいけない先生②
先生が魔力をフラスコに注ぐと、緑色だった液体は水色に変わっていく。
その見慣れない光景に私達は感嘆のあまり息をついた。
「これが普通のポーションです。
ではここから、魔力を送り続けますのでよく見ておいてください」
先生が魔力を送ると、水色だったポーションの色が青色、紫色、と変化しそして最終的にはキラキラと輝いている状態になった。
汗をかいているわけではないようだが、先生が額を拭う振りをしながら一息つく。
「……ふぅ。このように質のいい薬草を使用すると、最高峰のエクスポーションが製作可能となります。
逆にとても質の悪い薬草を使用すると、“通常の”ポーションか、…ただの効果のない草汁となります。
またポーションの効果については、……そうですね、最初作って見せた水色のポーションは大体2割ほどの回復。
次に青色のハイポーションは、約半分の回復。
紫色のメガポーションは、8割程度の回復。
最後にエクスポーションといい、ほぼ全回復できるほどの効果が見込めます」
では皆さんも魔力を注いでみてください。という先生の言葉に私達は目の前にある薬草の液体に手をかざした。
「先程も言った通り今回使用している薬草は質がいい為、エクスポーションが製作可能ですが、…最初からハイポーションやメガ、エクスポーションを目標にしなくても構いません。
まずはポーションにすること。出来た人はそのまま待っていてください」
自分の手のひらから魔力を液体に降り注ぐイメージを繰り返していくうちに、先程先生が見せてくれたように薄緑色の液体が水色に変わった時点で手を止めた。
(思ったより簡単ね)
といってもつい先ほどまで治癒魔法の授業で魔力の殆どを使ってしまっている為、一本のポーションを作るだけでもじんわりと汗がかいてしまうが…。
それでも自分でポーションを作ることは出来そうだから安心した。
ここからエクスポーションになるにはどれぐらいの魔力量が必要か、今は魔力が足りなそうなため実験することが難しいことが残念だった。
「…皆さん出来てますね。
では、出来たポーションを実際に飲んでみましょうか」
自分で作ったポーションだからか好奇心が前面に出ている人たちが出来上がったばかりのポーションを口にしていく。
私も皆に習ってポーションに手を伸ばした。
「うえええええ!!」
「ヴッ!」
「ガハッ!!!」
「げぇええぇえ!」
が、突如上がる汚い悲鳴に持ち上げてポーションを口に近づけていた手が止まる。
ちらりと周りを見渡すと、口を押える者や喉を抑える者でいっぱいだったのだ。
皆共通して顔色が酷い。
「せ、先生…これ本当にポーションなんですか?」
思わずそう質問してみるのも無理はなかった。
なんだこの地獄絵図。
「ええ。正真正銘のポーションです。
ですが一般的に市販されているポーションと違うのは、飲みやすさの違いですね」
「の、飲みやすさ…?」
「そうです。ポーションは薬草と魔力のみで作ると、思わずこのような反応をとってしまうほどに不味いものに仕上がるのです。
ですので、”味付けは大事だよ”という意味を込めて最初に作ったポーションには敢えて味の調整を行わずに、皆さんに体験してもらいました」
「「「「………」」」」
パァと輝く笑みを浮かべる先生に、私たちは距離を取ったことに違いない。
心の。
「さぁさぁ、皆さん水を飲んでください」
優しそうな笑顔を浮かべる先生は、苦しんでいる生徒たちの前に水の玉を生み出した。
それを口に含むと生徒たちの表情は少しだけ落ち着く。本当に少しだけ。
……どんだけ不味かったんだ。
(そういえばお父さんも買った方がマシって……)
もしかして味付けをせずに、薬草と魔力だけで作ったポーションを飲んだから、…なのだろうか。
そういえばお父さんがキッチンに立つ姿は見たことがなかったことを思い出す。
そして私の受験のために王都へ来た時、お母さんの荷物がめちゃくちゃ大きかったのは、ポーションの為の味付け調味料だったのか。
「では、こういうポーションを作ってはならないと身に染めてわかった皆さんには、次に味付けの方法を教えましょう」
最初にそれを教えろよ、と決して口に出してはいけない言葉を思い浮かべながら、私達は先生の言葉に頷いた。
そしてまだ飲んでいなかった私を含めた生徒は、そっと手にしていたポーションを机に戻す。
ほっと肩から力を抜き、油断していると
「………おや?まだ飲んでない方がいらっしゃいますね」
という悪魔のような言葉に、私を含めた一部の生徒がびくりと体を跳ねる。
「他の皆さんもちゃんと飲んだんですから、貴方方も飲まないと…」
ね?と先程と同じ優しい笑みを浮かべているはずなのに、何故か影が差し、先生の表情がとても恐ろしく見えたことはきっと気のせいではない筈だ。
そして、逆らってはいけない先生として、私達魔法科二学年Aクラスの脳内にアルノ・リスカールという名前が刻まれたことはいうまでもない。




