19 最後に互いの気持ちを
「すまなかった」
第二王子は眞子さんの前で立ち止まると頭を下げた。
そしてその体制のまま話を続ける。
「一方的に呼び出した君に、私は更に聖女の役目を押し付けていた。そして力が使えなければ声を荒げ、君に恐怖を与えてしまっていた。
召還した者として、一番寄り添わなければいけないはずだったのにも関わらず、自分の事ばかりで君の状況が見えていなかった。
本当に、申し訳ない」
「いえ、私も…出来ない帰りたいというだけでなにも知ろうとしていませんでした。
エルフォンス殿下にはエルフォンス殿下の事情があったというのに……、私の方こそ申し訳ございませんでした」
眞子さんも第二王子と同じように深く頭を下げた。
二人ともいつ頭を上げるのかと見守っていると、間にアルヴァルト殿下が割り込む。
「私としてはとりあえずの問題が解決したところだし、次の問題について外務大臣に任命されたエルと、異国の知識をもった眞子嬢と話し合いたいところなのだがな」
アルヴァルト殿下の言葉に第二王子と眞子さんがポカンとした表情を浮かべる中、王女様が第二王子の前に立つ。
「ちょっと!それは後でもいいんじゃないの?!今はエルお兄様をよしよしする時間なの!」
「よしよしって子供じゃないんだよ」
「子供時代にちゃんと子供らしさを送れなかったのだから今するべきっていってるのよ!」
「そもそも王族として生まれた以上子供時代であっても_」
「情緒というものが人間いちばん大事なのよ!」
言い合う王女とアルヴァルト殿下を見て、戸惑いに包まれていたはずの室内は徐々に薄れ、少しずつ立ち去る貴族が増えてきた。
私も帰っていいのなら帰りたいと思っていると口から出てしまったようで、レルリラが肯定する。
「いいんじゃないか」
そうか、帰っていいのか。まぁ流石にこの後は宴が催されると聞いているから、家に帰ることは出来ないが、それでもこの謁見室から立ち去ることはできるだろうと踵を返したところで、盛り上がる中から抜け出した者が引き留めた。
「ちょっと待ってくれ」
どこか焦りがみえる声色に私は振り向いた。
「誕生祭にいたのは君だろう。あの時はすまなかった」
そうして頭を下げる第二王子に、私は首を左右に振る。
「あ、いえ。とんでもございません。謝られなければいけないことでもないですし……」
そもそもあの時だけを考えたのならば、第二王子は何も悪くない。
浄化の力がない聖女を、実力者であるアルヴァルト殿下に預けたのならば、なにかしら成果はあるだろうと力を証明してほしいと願うのは可笑しくないほどの期間が過ぎている。
しかもあの時は私の八つ当たり的なアレで、予想以上の浄化をしてしまったわけだけど、あれぐらい見事な浄化を目にしては今すぐ瘴気の魔物討伐に向かうべきだというのは本当に普通の反応だ。
全ては誤解から、第二王子を変な視点から見てしまった私の落ち度。
謝るべきなのは、私なのだ。
「いや、謝らせてくれ。……いまだに君が何故あの時聖水を作れたのかはわからないが、それでも一般市民である君を危険に晒してしまう結果となったのは事実だ。申し訳ない」
頭を下げる第二王子に私はたじろいだ。
聖水を作れた理由を、いってしまったもいいのだろうかという疑問と心から謝罪の言葉を口にした第二王子。
私は唾を飲み込みながら、言葉を濁していると第二王子は下げた頭を上げて、私の手を取った。
「……それでなんだが、もしこのあとのパーティーでのエスコート役が決まっていないのなら_」
「すみません」
第二王子の言葉途中でレルリラが被せるように言葉を口にする。
そして第二王子に掴まれていた私の手を、奪い取るような形でレルリラがとった。
勿論、これは私は勝手な主観だ。
恋人同士でも婚約関係でもない私に、レルリラがそんな行動を取る必要はないから。
それでもドキドキと心臓の音を高鳴らせている私としては、レルリラの行動には思うところがあるわけで…
「彼女のエスコート役はもう決まっていますので」
更にこう言って第二王子の前から連れ出されては、なにも期待するなという方がどうかと思う。
◆
私達はパレードが行われて、式典の前までいた控室へと移動していた。
部屋の中には私とレルリラだけで、他の人たちはきっといまだに謁見室か、次に行われるパーティーの為の支度にとりかかっているのだろう。
「ちょ…、ここはもう使用できないんじゃないの?式典は終わったんだし、控室として勝手に使うのは_」
「さっきのはどういう意味だ」
「え?」
私は首を傾げた。
レルリラのいう”さっき”というのがわからなかったからだ。
そんな私の考えを見越してなのか、レルリラは私の言葉を待つことはせずに話し出す。
「”兄を大好きな女と結婚することが”と言っていたが、それはどういうことだ」
その言葉に私は息を飲む。
少し怒りの感情を入り混ぜたレルリラの声。
絶対に自分の婚約者を悪く言われて怒っているのだろうと思ったから、私は自分の失言をわかってどうレルリラに言えばいいのかと悩んだ。
「……私は、王女様を悪く言ったわけじゃ_」
「俺には婚約者も、婚姻を約束している女もいない」
「………え…?」
私はレルリラの発言を聞いて、いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げた。
「父上も母上も、俺の婚姻相手については好きに選ぶことを承諾してくれた。
俺が幸せであることを願ってくれた。
だから、王女が俺の婚約相手ではあり得ない。
王女相手では俺は幸せになれないから」
レルリラの言葉は”王女様の他に好きな人がいる”とでもいっているように聞こえて、私はいつの間にかレルリラを観察するかのように凝視していた。
だってこの流れは。
でも私の都合のいい勘違いかもしれない。
だって私とレルリラは友達で、だからレルリラが私を好きなんて…
そうは思っても私の心は勝手に期待する。
だからレルリラが次になんていうかを待ってしまっている。
「サラ・ハール、俺は、お前以上の存在を知らない。この先の生涯、生きていきたいと思うのはお前だけだ」
それからはわけがわからなかった。
抱き締める温もりに感覚。
それだけでも意味がわからなかったのに、耳元には”好きだ”と囁くレルリラの声。
本当に現実なのかと疑ってしまうほどわけがわからなかった。
それなのに”私も”と、勝手に口が動いてしまう。
レルリラは私の消えそうなほど小さく呟いた私の声を聞くとバッと体を離して私の顔を見た。
「……本当、なのか?」
宝石のように綺麗な瞳が、不安げに揺れている。
私はコクリと頷いた。




