10 浄化
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ほぼ一年ぶりの魔法研究所の前に私達は辿り着く。
もう空は真っ黒に変わっていたが、アルヴァルト殿下は気にする素振りも見せずに中へと突き進んでいった。
中を進むとアルヴァルト殿下は躊躇することなく先に進み、一度も間違えることなくヘルムートさんの研究室へとたどり着く。
(半年いた場所でも、約一年経った私はもうヘルムートさんの場所忘れたのに、王子の記憶力凄い!!!)
これが王族かと震えていると、話はどんどん進んでいた。
まずアルヴァルト殿下が働くヘルムートさんに瘴気を纏わせた魔物はいるかと問う。
最初研究にのめり込んでいたヘルムートさんは殿下に気付くことなく、無視をしている形となっていたが、殿下は気にすることなく頭を叩いた。
そして殿下の存在に気付いたヘルムートさんは殿下の要望通り、瘴気が纏った魔物がいる場所へと向かう。
瘴気は防御結界も通過することを既に知っていたのか、魔力阻害効果のある部屋へと案内された私達はレルリラだけを残して部屋を出た。
なにかあればすぐにでも部屋に突撃しようと、扉の近くに場所をとり、ガラス越しでレルリラを観察する。
そしてレルリラは炎の属性魔法を魔物に向けて発動してみせた。
一気に炎を覆われ、黒い靄は確認できなくなったが、魔物は絶命することなくレルリラに向かって突進する。
ひらりと避けたレルリラは指を鳴らして、自分が放った火属性魔法を解除した。
炎が魔物の体から消え去り、そこには真っ黒に焦げただけの魔物が倒れる。
「…え、倒した?」
瘴気の魔物は聖女の浄化か、聖水でしか効果がないといわれているのに、レルリラの火属性魔法であっという間に倒れたことに皆が驚いた。
扉近くにいた私を押しのけるようにヘルムートさんが興奮気味に入り、それからレルリラのお兄さんであるラルク様とアルヴァルト殿下が入室する。
私と眞子さんは最後に部屋へと入った。
「何!?どういうことなの!?」
興奮した様子でヘルムートさんがレルリラに尋ねるも、レルリラは距離感を無くすヘルムートさんを防御結界で遠ざけたまま、ラルク様とアルヴァルト殿下の元に向かう。
「思った通りでした。聖水の作り方と同様に魔法を発動してみましたが、うまくいきました」
私はレルリラの言葉で、ただの火の魔法だけではなく治癒魔法も同時に発動していたことを知る。
だけど、私が聖水を作ったようにキラキラとした浄化の光がないことに首を傾げた。
「そのようだな。……だが聖女の子孫の他に、彼女とヴェルナスだけが特別という可能性もある。もう少し検証したいところだな」
「そうですね。ですが、何故浄化が出来たのかわからない…」
そのように疑問を口にするレルリラのお兄さんに、レルリラは自分の考えを話す。
「恐らく国全体に張られていた結界が解除されたことで可能になったのだと考えられます」
勿論、兄上たちにも試してもらいたいとは思っていますが、と続けながら更に口を開く。
「そして現在神殿にいる聖女の子孫たちには、聖女の血が混ざっていることから結界の影響を受けなかった。ということが考えられます。
聖水の製作に著しかったのは、結界の影響と魔力コントロールが乏しいのではないでしょうか?」
「確かにそれなら辻褄が合う気がするな。もっとも結界が解除されたことで、それが本当かの検証はもう出来ないが」
レルリラの推測に対し、アルヴァルト殿下が答えた。
確かにユミと一緒に消えた魔物は“結界が解かれた今”といっていたことから、結界がなにかしらの影響を私達に与えていたと考えられる。
それが閉じ込める為だけじゃなくて、瘴気の魔物の正体でもある魔魂食という魔物から逃げられなくなるような、レルリラが言ったように本当は出来たはずの浄化の力を抑え込むような効果もあったかもしれない。
そして聖女様は異世界人ということから魔法が使えないとされているが、この世界の人と結婚し娘、息子として生まれた子や孫には影響しないと言われている。
だからこそ聖水を作り出せるのだから。
でも聖女の血が混ざっていることから、なにかしらの干渉があり、結界の影響を少しでも受けなかった者だけが聖水を作れたと言われたら納得できるんだけど……。
「……私は?」
私がそれに当てはまるのかがわからなかった。
今でも私は聖女の子孫(仮)とは自分でも思っていないのだ。
「お前は別枠だ」
「別枠?」
「ああ」
「別枠って何?」
「………」
私は首を傾げ、レルリラを訝し気に見る。
レルリラはもう答えることはなかった。
何も答えようとしないレルリラに、私は腕を組んで考え込む。
別枠ということは聖女の子孫という事ではなかったということだ。
なら何故結界が解除される前に聖水を作ることが出来たのか。
私が知っていることといえば、魔物が好きになったユミの生まれ変わりという事だけ。
ユミだって、聞き取りずらかったけど、私が生まれ変わりだと言っていた。
だからこそ、私と魔物の中に残された魔力がきっかけとなり、ユミを魔力の塊と結果になったが蘇らせることが出来たのだ。
じゃあそのユミは一体何者だったのか。
皆の為に命を賭して守り抜いた姿勢。
殺された直前にも、父親が大切に守っていた村の平和を願っていた。
まるで私が知っている聖女様のようなユミの姿に、私は点と点が繋がったような、そんな気持ちになる。
「…まさか、聖女様の生まれ変わりだっていうの…?」
私はそう口にした。
一人息を飲んだのは、この場で加わったヘルムートさんだけ。
他の皆は私の言葉を聞いて大して驚いた様子も見せない。
いや、レルリラだけはなんだか不機嫌そうだ。
でもそう考えれば納得する。
何故結界の外にいけたことを殿下たちは言及しなかったのか。
普通知らなくても心当たりくらいは尋ねるだろう。
でもそんなことを誰一人口にはしなかった。
でもおかしい。
聖女様はちゃんと召喚されている。
私が聖女なんてありえない。
そう思って私は、私に良く似ている山田 眞子さんを振り返る。
「………まさか、誤召喚_」
パン!
そこまで口にした瞬間、アルヴァルト殿下が手のひら同士を思いっきり合わせて、高い音で私の言葉をかき消した。
そして
「根拠もない推論はそこまでにしようか」
と怖い表情で笑っている。
「そ、そうっスね!もう夜だし、ぼ、僕も研究に戻りたいし、皆さん帰ったほうがいいっすよ!」
そして引き攣りながらなんとか雰囲気を変えようとしているのか、ヘルムートさんが尋常じゃない汗を流しながら笑う。
全然笑えてないけど。
そんなヘルムートさんにアルヴァルト殿下は何かを耳元で囁いた。
何度も首を縦に振るヘルムートさんに、アルヴァルト殿下がニコリと微笑み、そして皆揃って魔法研究所からでたのだった。




