6 報告
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聖女様のご乱心発言に戸惑っていた私は、回収に来てくれたレルリラのお兄さんによって救われた。
今はアルヴァルト殿下たちが乗ってきた馬車の中に入り、報告をしている最中だ。
ちなみにメンバーはアルヴァルト殿下、レルリラのお兄さん、聖女様、レルリラ、そして私だ。
思った通り騎士二人はこの場にはいない。
それにしても王子とレルリラのお兄さんが並んで座っている分には広々しているように見えるが、レルリラと私、そして聖女様の三人で座っている側はギチギチだ。
なんでレルリラこっちにいるのよ。って感じだけど口には出来ない。
火照る顔を冷やすために、少しだけ魔法を使うことを許してください。
「先ほどの続きをしようか。まず、結界が張られていたといったが、それはこの国全体を覆う物か」
アルヴァルト殿下は心当たりがあるのかそのように尋ねる。
そしてその問いかけに対し、レルリラは「恐らく」と曖昧に答えた為、私は「そうです」と断言する。
私が断言したことで、隣に座っているレルリラからチクチクとした視線が感じたが、知っている以上報告は正確に行わなくてはならないでしょう。
「殿下の仰る通り、結界はこの国を覆う程の規模の結界でした」
「その根拠は」
「結界の先にいた魔物の記憶をみたからです。ですが既にその結界は解除された為、証拠はありません。魔物も消えてしまいました」
私は殿下にそのように話した。
信じてもらえるかどうかなんて報告をするうえでは関係ない。
事実をはっきり伝えることが大切だからだ。
……でも相手が殿下っていうのはやっぱりそわそわするけどね。
「では結界はどういうものだったかはわからない、ということだな」
「いえ、少なくとも私が見た魔物の記憶では、人間を閉じ込めておくために張った結界でした」
「閉じ込める?」
「はい」
私は見た記憶をそのまま伝えた。
キュオーレ王国となる遥か昔にあった村の話を。
ユミという少女、そしてユミに命を救われた魔物のこと。
ユミに情を抱いた魔物はユミを殺した人間を憎んだ。
復習をしようとした魔物はその人間が既に殺されていたことを知った。
だけど魂を食べて力を得る魔物の中に、その人間の魂があることを魔物は知る。
欲深く、汚い人間が魔物から逃れられることがないよう、張った結界がユミが解除した結界だったのだ。
それを伝えるとアルヴァルト殿下は「なるほど」と呟いた。
「以前、聖女様に言われたことがある。“魔国の先に何があるのか”。
勿論魔国の森の調査は行っているが、誰一人魔国の森を超えようとは考えることがなかった。
閉じ込めるという目的であった結界の中にいたのなら、我々が魔国を超えようとしなかったこと、そしてできなかった理由がわかる」
実際に私も囮となって一人単独行動をしていた時、森を抜けようとは考えられなかった。
フロンも同じように思っていたからこそ、森の中をひたすら飛び続けていたと考えられる。
「それで、魂を食べる、という魔物の事だが、それが瘴気の魔物の正体なのだな」
「はい。その魔物の名前は魔魂食というようで、負の感情に満ちた魂を食べるとより力を得るそうです。
魔物の記憶では当時、死んでしまった人の亡骸は森に放置されていたらしく、沢山の人たちの魂が森の中にあったと考えられます」
「つまり、魔魂食という魔物は全ての聖女、そして聖女の魂だけを狙っているわけではなかったということだな」
「はい。昔の虐げられた聖女様が憎しみを抱いてしまったから、きっと魔魂食に狙われたのだと思います」
「そうか…。直近数百年で考えると瘴気の魔物の出現率は上がっている。それはつまり魔魂食が森の中に餌がないからということと考えられるな。
町に出て、汚れた魂を食べようとしているからこそ、出現率が増える」
ほぼ推測通りだなと口にする殿下の隣で、レルリラのお兄さんが尋ねる。
「それで魔魂食の倒し方はわかったのか?」
レルリラのお兄さんの問いに私は首を振った。
ユミも魔物もそのやり方までは教えてくれなかったからだ。
レルリラも私と同じように首を振ると、レルリラのお兄さんは不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「そこまでの記憶を見せてくれた魔物だったんだろう?他にも情報はなかったのか?」
「そうしたかったのですが、襲撃にあったのです」
「襲撃?」
レルリラのお兄さんは首を傾げて尋ねた。
「はい。魔国の先、つまり結界の外に出た私とサラは大きな穴を通じて、教会がある遺跡に辿り着きました。
そこでシルエットしかわからなかったのですが、毒矢を扱う人影に襲撃されたのです」
毒矢はこれです、と地面ごとえぐり取った矢をレルリラは鞄から取り出した。
いくら亜空間鞄といえども、ポーション等を入れている亜空間鞄に毒矢を保管しておくのはどうかと思う。
でもレルリラのお兄さんはなにも思わないのか、宙に浮いた状態の毒矢をまじまじと見ていた。
え、てかいつの間に入手してたの?
一緒に逃げてたよね?
「これは確かに猛毒のようだな」
「あぁ、しかも地面といっても岩の様に固そうだ。ただ弓矢で打っただけではこれほどめり込まないだろう」
「魔力を乗せて強化しているのか…技術面で見れば人間のようだが、具体的な特徴はわからないのか?」
「具体的な特徴といわれましても……」
私はそういいながらレルリラに視線を向けた。
レルリラも首を振ってみていないことをアピールしたが「そもそも結界の先にいたんだ。自国の者でも亜人族たちでもない事は明白だろう」と告げる。
「あの……」
そんなとき聖女様が恐る恐るといった様子で手を上げた。
「他国の人ではないでしょうか?」
「他国…、そうか、聖女様の世界では国は一つだけではなかったんだったな」
「はい。ハールさん達が踏み込んだ場所が他国の所有地であるのなら、不法侵入されたと思われ攻撃されたと考えられます」
聖女様の言葉に私はごくりと唾を飲み込んだ。
国の話とかよくわからないけど、攻撃されたことが当たり前の対応のように言っている為、私はそれほど重大なことをしてしまったのかと不安になってしまった。
ドキドキと嫌な汗をかきながら、「調査しますか?」と深刻な表情で指示を仰ぐレルリラのお兄さんを眺める。
「いや、今はいい。我が国以外の存在については父上にも報告したほうがいい内容だ。勝手な判断で襲撃を受けては溜まったものじゃない。それこそ領域内に入っただけで攻撃をしてくるような人種だ。慎重に動いたほうがいいだろう。
それよりも瘴気の魔物の件だ。正体はわかった、そして特性もある程度把握した。だがその倒し方についてはいまだにわかっていない」
「結局は聖女に頼ることになるというのか…」と呟きながら殿下は渋い顔を浮かべていた。
「その件でお話しが」
「…いってみろ」
レルリラは殿下の返事を待ってから話し出す。
「記憶を見せた魔物はこう言っていました。“結界が解除された今、瘴気に対応する術をもうお前たちは持っている”と。
結界が破られたことで、今他国の存在を考えられたように、私達の魔法にもなにか影響があった可能性があります」
殿下はレルリラの言葉に目を瞬かせた。
パチクリと目を大きく見開く。
「…それが事実ならとんでもないことだぞ。全て解決する可能性を秘めているじゃないか」
どことなく弾みのある声色に殿下だけではなくこの場にいた皆が希望をいだいた。
「ええ。そこで私に瘴気の魔物と戦わせていただきたいのですが、王宮、神殿、もしくは魔法研究所で瘴気の魔物を捕獲していませんか」
レルリラの言葉にアルヴァルト殿下は「確認してみなければならんが…」と前置きしながら答える。
「恐らく魔法研究所で数体捕獲していた筈だ。勿論大小は問わないだろう?」
「はい。瘴気を払うことができることを確認できればいいだけですので」
「ならこのまま魔法研究所に向かうか」
そういって、止まっていた馬車は動き出そうとする。
幸先明るそうなアルヴァルト殿下はニコニコと上機嫌な表情を浮かべていたが、私はそろそろと手を上げた。
「どうした?」と首を傾げるアルヴァルト殿下に、私は言いづらい気持ちを抱きながら答える。
「…あの、……狭いです」
レルリラと私、そして聖女様がぎゅうぎゅうと詰められた座席。
出来れば私を下してもらいたいものだけど、なんとなくそんなことは言えない雰囲気が漂っているために、不満を口にするだけに抑えておいた。
殿下は狭そうに座る私達を見て、「確かに」と呟いた後楽し気に笑ったのだった。




