3 二人の最後
【困った子ね。でも嬉しいわ。ここまで求められたことないから】
ユミは本当に嬉しそうな表情を浮かべながらそう口にした。
沢山の人に愛されていた筈のユミ。
それにも関わらずユミがそう言ったのは、生きていた時最後に見た光景が、自分を、ユミを本当に憎んでいると伝わる憎悪に満ちた表情でユミの首を絞めた兄の姿だったからだ。
だからユミは生を手放してでも傍にいたいと告げた魔物の言葉が嬉しかったのだと私は思う。
それほどユミは心に深い傷を負ったまま亡くなってしまったのだろうと感じられた。
時代を超えて、ユミを求めた魔物と自分を必要としてくれる存在に出会えたユミのことを、私は嬉しく思う。
魔物はユミに手を伸ばした。
ユミも魔物の手を取る。
ボロボロと朽ちていく魔物の体と、すぅっと消えていくユミの姿を見守りながら私は願う。
どうか、どうか二人が一緒にいれますように、と。
死んでいるユミには肉体がない。
そしてユミの魂は、今現代を生きている私、サラ・ハールに宿っている。
魔力だけの存在のユミと魔人がどのように一緒にいられるのかはわからない。
だからこそ、私は願った。
二人が離れてしまうことがないようにと。
そんな時だ。
『サラ――――!!!』
と私の名前を呼びながら飛んできたフロンが現れる。
私はフロンを見て驚愕した。
何故ならフロンは魔物とユミの姿を捕らえた瞬間、大きな目からボロボロと涙をこぼしていたからだ。
そしてフロンはふらふらと右の前足を伸ばしながら二人に近づく。
私の前を通り過ぎ二人に触れられると思えるほどに近づいたその瞬間、魔物はフロンを摘まみ上げてポイっと私に投げ渡した。
「フロン、どうしたの?なんで泣いてるの?」
『わからない、わからないけど無性に悲しいんだ…!』
ぐすぐすとフロンは涙を零す。
その様子は心が締め付けられるくらい悲しさが伝わってくるようだった。
それでもフロンは自分が何故泣いているのかわからない様子で、でも魔物とユミから一度たりとも目を逸らすことなく前足を伸ばしていた。
【…どうかしたのかしら?】
ユミはそんなフロンの様子を見て首を傾げながら魔物を見る。
魔物はユミの言葉に答えることなく、はぁと息を吐き出した。
「近づくな。それにお前にはそいつがいるだろう」
魔物はフロンが何故泣いているのかを知っているのか、そう告げた。
そしてそれ以上何も話すことなくユミに手を伸ばして、頬を撫でる仕草をとる。
「俺にはお前だけなんだ」
そう告げた魔物にユミは頬を赤らませ、嬉しそうに微笑んだ。
とても幸せそうな二人の様子に本来ならば嬉しく思うはずだけど、腕の中で泣いているフロンが気になり私はどうしても心から喜べなかった。
何故フロンが泣いているのか、もし理由を知っているのならば教えて欲しいと思うが、幸せそうな二人を邪魔できなかった。
それに魔物とユミの記憶を見た私も、二人とフロンが関わっていた記憶は見ていない筈だから、本当に何故フロンが悲しそうに泣いているのか全く見当もつかなかった。
【どうか、あなた達が幸せでありますように】
体の半分が既に消えていたユミは私達の方をみてそういった。
最後まで他人を気にする心優しいユミの姿に、私は私の魂の前の持ち主は素晴らしい人なんだと感じる。
__私と全然違う。
そんなことを考えていた時、ジャリという音が聞こえた。
「待ってくれ。最後に一つ教えて欲しい」
私の隣に立ったレルリラが口にした言葉にユミは首を傾げる。
レルリラはユミが何かを言う前に、口早に尋ねた。
「我々は瘴気の魔物を倒すために、異世界の地から聖女を召喚している。聖女に頼らない方法を知っていたら、どうか教えて欲しい」
レルリラの言葉に私はハッとした。
ユミの時代にも瘴気の魔物は存在していて、ユミはエルフ達と共に瘴気の魔物の対応をしていた。
そして瘴気の魔物の正体にも気付いていた様子だった。
私はユミの言葉を待った。
そしてユミと魔物は顔を見合わせてくすりと笑う。
【聖女なんていう特別な存在なんて必要ないわ】
「ユミが結界を消した今、瘴気を消すために必要な力をお前達はすでに持っているだろう」
ユミと魔物はそう口にした後、完全に消えてしまった。
二人の言葉の意味を理解する前に二人はこの世界から消えてしまい、聞きたくても聞けない状態になる。
それでもユミは言った。
聖女なんて特別な存在は必要ないと。
魔物も瘴気を消すために必要な力を既に持っていると伝えてくれた。
具体的な方法はわからないが、それでも二人の言葉を信じてもいいのなら、聖女を召喚する必要はもうないということは確実だ。




