2 魔物の最後
目の前の魔物は私の提案に目を瞬いた後、豪快に笑い声をあげた。
決して私の提案がおかしかったからということではないことを私は知っている。
私が魔物の立場であっても、今私がいった提案が面白くもなく、そして楽しくもないことを知っているからだ。
冗談にしては質が悪い。思わず高威力の魔法をぶっ飛ばしたくなるほどの冗談めいた提案だ。
だけど私は本気だったし、それが出来ると確信していた。
だからこそ、笑いながらも私を嫌悪の眼差しで見る目の前の魔物を冷静な気持ちで見ることが出来ていた。
魔物はゴクリと唾を飲み込んだ。
緊張しているのか、唾を飲み込む音が異様に大きく聞こえる。
そして小さく呟くような声が聞こえた。
「……本当、か」
私は魔物の問いを聞き逃すことなく答えた。
「本当よ」
「…ならば……ならば会わせてくれ!ユミに!早く!!!」
魔物は声を荒げた。
必死な想いが魔物の余裕をなくしていたのだ。
私の後ろにいるレルリラは魔力を漏らす目の前の魔物に思わず身構えていたが、私は気にすることなく魔物に近づく。
「わかった」
一歩二歩と近づく私に魔物は躊躇した。
先程迄は攻撃の意を見せていた筈なのに、近づく私に戸惑う姿がなんだか不思議だった。
でもこれはどうしようもないこと。
だってユミという少女の欠片は、魔物の中に眠っている。
私はそれを起こしてあげるきっかけなのだから、堂々と構えていて欲しいものだ。
魔物は手を伸ばす私に戸惑いながら、一歩だけ後退したがそれ以上後ろに下がることなく胸を張ってその場にとどまった。
私は魔物の胸のあたりに手を置いて、そして自分の魔力を注いだ。
波長の合う魔力はなんとも心地よい。
私はよかったと安堵した。
先程迄見ていた魔物から流れてきた記憶の中で、ユミという少女の願いが最後に伝えられていたのだ。
ユミの力を“持っている”存在が、ユミを強く求めていた場合、私の魔力でユミの残滓を起こしてほしいという願い。
魔物がどれほどユミを求めていたのか、魔物の記憶を見た私にはよく伝わってきた。
魔物の気持ちをわかっていたつもりだ。
それでも魔物に会いたいか尋ねたのは、魔物の気持ちが変わっていないことを確認する為だ。
何故私がきっかけなのかまではわからないけれど、それでも魔物にユミを会わせることが出来るのであれば、そのきっかけになりたいと思い目を覚ました。
激しい頭痛。
あんな二人の人生を見せられたら、そりゃあ頭が勝ち割れる程いたくなるだろう。
それでもその痛みを抱えながらでも、魔物に会わせてあげたかった。
だからこそ、私はレルリラと魔物の間に割り込んだ。
私が魔力を流すと、魔物の体から一人の女性が姿を見せた。
向こうの景色がみえるくらい半透明な体をもった女性は、魔物を見ると微笑みを浮かべる。
【貴方が、私が最後に助けることができた命ね】
広い空間、それも半分は外にも関わらず反響しているかのように二重に聞こえる女性の声ははっきりいって聞き取りづらかった。
それでも魔物は嬉しそうに表情を和らげて女性を見上げる。
「あぁ、そうだ」
【会えて嬉しいわ】
魔物は青白い頬を赤らませる。
照れているのか上気させる頬を隠すように手で押さえていた。
【アナタが私の生まれ変わりね】
「え?」
ユミという女性は私を見て微笑んでいた。
聞き取りづらい女性の言葉に私は首を傾げて聞き返そうとするが、ユミはニコリと微笑んだまま私の問いには答えなかった。
【素敵な人生を送れているみたいで嬉しいわ。……でも、もう消えなきゃ。死んだ人間が姿を見せるのはよくないことだもの】
ユミはそう言った。
まだ全然魔物と話していないのに、あっさりと消えようとしていたのだ。
【……あ、でも消える前に結界を解かなきゃね】
なんの結界なのかと私は不思議に思ったまま、ユミが指を鳴らす。
満足そうに口角を上げたユミの表情を見る限り結界はうまく解除出来たのだろう。
だが今私がいる空間には変化がみえないことから、結界はこの周辺のものではないことは確実だ。
「待ってくれ、俺はまだユミといたい。どうしても消えるというなら俺を連れて行ってくれ」
今後こそ消えようとするユミに縋り付くような様子で魔物が言う。
ユミは少し困った様子で眉尻を下げた。
【どうして?せっかく生きているのに】
「お前がいない生などただの地獄だ。そんな生を選ぶのならば死を選んだほうがマシだ」
【私の姿は消えても私の生まれ変わりがいるのよ】
「あれはお前であってお前じゃないだろ」
ユミという女性と魔物が話す。
二人の言葉に私は引っかかるものを感じた。
(……あぁ、そうだ。私がユミの生まれ変わりなんだ)
聞き取りづらかったユミの言葉が今更ながらに理解できて、私はふと納得する。
ユミの記憶の中に出てきたお父さんの存在。
最後の最後までユミを気にかけてくれた男性に、姿かたちは違うがそれでも既視感というか、見覚えのあるような不思議な感覚をずっと抱いていたのだ。
(レルリラは、私の、ユミのお父さんだったんだ…)
今までずっとレルリラが何故私の面倒を見てきたのかわからなかった。
同じ貴族ならば使い道があるのだろうが、平民の私の面倒を好き好んでみるレルリラの行動がわからなかった。
もしかしてライバルという切磋琢磨できる存在が欲しいのかと、一時期は思ったりもしたが、なんとなくそれも違うのではないかと後から急に湧き出てくる疑惑。
でも何が正解なのかはわからなかった。
しかもそれをレルリラ本人に尋ねることまでは出来なかった。
だからこそ、今までずっと何故私の面倒をみてくれていたのか気になっていたのだ。
その問いの答えが、今わかった。
(……前世の心残りがそうさせているんだ)
それならばやっぱり、私はレルリラとは友達のままいた方がいい。
気持ちなんて伝えない方がいい。
その方が、互いに幸せになれるだろう。
そんなことを考えながら私は、ユミと魔物の成り行きを見守る。




